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電気羊飼いと天使の卵  作者: モギイ
第六幕
219/256

エピローグ

 24世紀 ヨウコとローハンとキースの三人が古ぼけたオープンカーで広大な農地の中の直線道路を走っている。農地の終わりまで来ると、車は大きなゲートを抜けて鬱蒼とした森に入る。


 ローハン、助手席のヨウコに話しかける。


「ここから先の森は自然保護区なんだ。ヨウコは初めてだろ?」

「うん。濡れた土の匂いなんて久しぶり。気持ちがいいね」


 後部座席からキースが声をかける。


「ローハン、スピード落として。この先を鳥が横切ろうとしてる」

「了解」


 ローハンが車をとめると、子連れの巨大な鳥が森から姿を現し、道路を横切っていく。


「うわ、何よ、あれ? 鳥にしてはでかすぎない?」


 キースが笑う。


「あれはモアって言うんだよ。肉眼で見るのは初めてだろ?」

「大昔に絶滅したんじゃなかったっけ?」

「『会社』で15年前に復活させたんだ。あれは復元した五種類の中でも一番大きなジャイアントモアだよ」

「そういえばそうだったわね。子供を連れてるところをみるとうまく繁殖してるんだ」

「絶滅した動物を蘇らせて生態系に戻すなんて僭越だって意見もあったけどね。モアの場合は人間が滅ぼしたわけだから、まあいいだろ、ってことになった」

「こっち見てるけど、つつきに来たりしないかな?」

「おとなしいから平気だよ」


 モアの親子が道路を渡り終えて反対側の森に消える。ローハン、車を発進させ、ヨウコに話しかける。


「ねえ、ヨウコ、そろそろ『守護天使』をおやすみしない? 三世紀の間、働きっぱなしだろ?」

「おやすみって?」

「せっかく身体を作ってもらったんだからさ、しばらく自分が『天使』なのを忘れて人間として暮らしてみないかってこと」

「しばらくってどのくらい?」

「ヨウコが飽きちゃうまでだよ。だって俺たち、少なくとも28世紀までは存在してるんだろ? 時間はたっぷりあるんだから、違うことをしてみてもいいんじゃない?」

「それも面白いかもね。でも『天使』が休暇を取ったらみんなが困らないかな?」


 キース、笑う。


「『ガムラン』に任せておけばなんとかなるよ。世の中も安定してきたことだし、そろそろ人類に乳離れの練習をさせたほうがいいんじゃない?」

「そうね。それじゃお言葉に甘えちゃおうかな。私はやっぱり人間でいるのがあってるみたいだし」


 後部座席からキースが乗り出してヨウコの顔を覗き込む。


「ねえ、ヨウコさん、普通の人に戻るんだったら、僕の子供を産んでよ」


 ヨウコ、無表情でキースを見つめる。


「……ヨウコさん、どうしたの?」


 ローハン、ヨウコの顔を見て笑う。


「驚いてるんじゃないの?」

「……今から? 子供を産めって? 私が?」

「ヨウコさん以外に産ませたら僕が殺されちゃうだろ? せっかくだから、また家族を作ってにぎやかに暮らそうよ」

「で、でも……」

「……子供たちを思い出しちゃう?」

「ううん、子供たちはいいんだ。あの子達は自分たちの人生に満足してたからね」

「今、21世紀に行けばまた会えるんだよ? 堂々と会う訳にはいかないけど、草葉の陰からこっそり覗くぐらいなら構わないだろ?」


 ヨウコ、首を振る。


「私の役目はあの子達の子孫を見守っていくことなのよ。もう過去には戻らないって決めたの。言ったでしょ?」


 ローハン、笑う。


「それなら問題ないじゃないか。俺のDNAパターンも残してあるから、俺の子も作っちゃおうよ。かわいい女の子がいいな」

「そういや、あんたとは女しか出来ないんだったっけ?」

「男がよければ変更するよ」

「僕の子が先ね」

「俺は夫第一号なんだけど?」

「最初に言い出したのは僕だよ」

「ちょっと、喧嘩しないでよ。これ、ニセの身体なんだし妊娠なんてできないでしょ? 『会社』で育ててもらうの?」

「ヨウコさんのその身体、本物だよ。リュウに撃たれて死んだ時に、オリジナルの身体から細胞をもらってクローンを作ったんだから」


 ヨウコ、驚いて自分の身体を見下ろす。


「げ。作りモノだと思って乱暴に扱ってたわ。人の死体で好き勝手やんないでよ」

「本物って言っても手を加えてあるから頑丈だよ。でも子供は産めるよ。自分で産みたければの話だけど」


 ローハン、嬉しそうな顔をする。


「『会社』で人工子宮を借りれば、一度に五、六人だって育てられるしね」

「そんなにたくさんどうするのよ?」


 ヨウコ、疑わしそうに二人の顔を見る。


「どうしてそんなにせかすわけ? 突然言われても簡単に決められることじゃないでしょ?」


 ローハンとキース、意味ありげに笑う。


「せかしてなんかないよ。ヨウコの好きにすればいいさ」

「そうだな、一世紀以内に決めてもらえればいいかな」

「怪しいなあ。あんたたち、なにか企んでるでしょ? 今日だってどこに連れてこうっていうのよ?」

「さあね。ついてからのお楽しみでいいだろ?」


 車が森から抜けると急に視界が開け、海が見える。


「うわあ、自分の目で海を見るのなんてひさしぶり。こんなに青かったっけ?」

「この先、自然保護区を出たところに小さな集落があるんだ」


 車が再びゲートを抜けると古びた街並みが現れる。ヨウコ、車から身を乗り出して通りを眺める。


「素敵なところね。避暑地なの? 画廊がたくさん並んでる」

「元々は保護区で働く人たちの居住区だったんだけど、いつの頃からか芸術家が集まるようになったんだって」

「週末のマーケットには街から日帰り観光に来る人で賑わうんだよ」

「昔の建物もずいぶん残ってる。懐かしい感じのするところだね」


 家並みを過ぎると前方に岬が見え、その手前に古い大きな家が建っている。ローハン、車を玄関の前につける。


「ついたよ」

「ここが目的地? ずいぶんと古風な家ね。誰が住んでるの?」

「すぐにわかるよ」


 ドアが開き、サエキとハルノとリュウが出てくる。


「サエキさん? ハルちゃんも?」

「いらっしゃい。遅かったのね」

「景色を見ながらのんびり走ってたんだ」


 ヨウコ、サエキの後ろのリュウに目をやる。


「あれ、リュウはお休みじゃなかったの?」

「ええ、休みなので遊びに来ました。掃除をして風を通しておきましたよ」


 サエキ、笑う。


「こいつ、休みの意味がよくわかってないみたいなんだ」


 ヨウコ、リュウの着ている法衣を見る。


「まだそのワンピース、着てるのね。教団にはもう通ってないんでしょ?」

「ええ、真実を知ってしまいましたからね。本物のヨウコさんがここにいらっしゃるんですから、似ても似つかぬ『似姿』はもう必要ありません」

「……似ても似つかぬ?」

「いえ、つまり本物のヨウコさんの方が、あの……」


 リュウ、言葉に詰まって赤くなる。


「ええと、現実的なお顔立ちをしてらっしゃいます」

「表現を変えても言いたい事はわかるわよ」


 リュウ、慌てて付け足す。


「それに、教団を抜けましても、一生涯ヨウコさんにすべてを捧げてお仕えするという誓いは忘れておりませんのでご安心ください」


 サエキ、苦笑いする。


「とんでもない誓いを立てちまったもんだなあ。まるで呪いだ」


 リュウ、悲しそうに法衣に触れる。


「これはお嫌いなのですか? 動きやすくて楽なので、休日には愛用しているんです」

「じゃあ、普段から着ればいいのに。ここは21世紀じゃないんだから、好きな格好してもらっていいのよ。いつだってボディガードみたいな服着てるでしょ?」

「わ、私はボディガードなんですが……」


 ローハンが申し訳なさそうにリュウに話しかける。


「リュウ、気にしなくていいよ。いつもの事だろ?」


 ヨウコ、家を見上げる。


「ここ、サエキさんとハルちゃんのお家? いつからこんなところに住んでたの?」

「違うよ。俺達は21世紀勤務だろ? ここはヨウコちゃんの家だよ」

「はあ?」


 ローハン、微笑む。


「ヨウコ、俺達とこの村で暮らさない? 交通の便は悪いけどいいところだろ?」

「そうか。私に黙って物件まで見つけてたってわけね」


 キース、すました顔で笑う。


「たまには夫達にも決定権があってもいいんじゃないかと思ってね」

「ヨウコが好きそうな家だろ? 気に入らないの?」


 サエキ、ヨウコに話しかける。


「ここ、いいじゃないか。俺とハルちゃんも、そのうち厄介になろうかと思ってるんだけどなあ。飛べば『会社』も通勤圏内だしな」


 キース、サエキに笑いかける。


「それじゃ、サエキさんはこれからどうするか決めたんですね?」

「ああ、ハルちゃんと話し合ったんだ。俺たちはやっぱりこの時代の人間だからな。いずれはこっちに戻るよ。今まで通り、お前らとも会えるってわかったしな」


 ローハン、嬉しそうに笑う。


「サエキさんはどの部屋に住みたい? 引っ越してくるまで開けとくよ」


 ヨウコ、苦笑する。


「なんだ、私抜きでどんどん決まってっちゃうのね」


 サエキ、キースの顔を見る。


「お前らは俺がどちらに残ることにしたのか知ってるんだろ?」

「もちろん知ってますけどね。サエキさんとハルちゃんの未来は二人で決めて貰いたいんですよ」


 ヨウコ、家の中を覗き込む。


「しかし、でっかい家だなあ。一体何部屋あるのよ? サエキさんたちが同居してもまだまだ余裕がありそうね」


 ローハン、笑いながらヨウコを抱き寄せる。


「だから、子供はいらないかって聞いたんだよ」

「なるほど、そういうことだったのか。……高齢出産になっちゃうけど、おとうさん達が子育てに協力してくれるんだったら考えてもいいかな」

「ほんとに?」


 キース、ヨウコの手を掴むとローハンから引き離す。


「僕の子が先だからね」


 ヨウコ、二人の顔を見て笑い出す。


「それじゃ、公平に一人ずつってことで、双子にしたらどうかしら?」

「双子か。それは考え付かなかったな」


 ローハン、笑う。


「俺はそれで手を打つよ。双子を三回産めば六人になるもんね」

「だから、そんなにたくさんいらないって言ってるでしょ? 余分に欲しけりゃ、どっかで産ませてきなさい」

「ええ?」


 サエキ、ヨウコの顔を見つめる。


「ヨウコちゃんにはこれからも長い人生が待ってるんだなあ。怖くなったりしない?」


 ヨウコ、笑顔でローハンとキースを見上げる。


「ううん、平気よ。私はもう一人じゃない。この先何が起こっても、この二人とならどこまでだって歩いて行ける、そんな気がするのよね」





 ……そしてそれからはみんな幸せに暮らしましたとさ。





  電気羊飼いと天使の卵 -完- 


最後までお読みいただきありがとうございました。


番外編もぼちぼち追加します。

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― 新着の感想 ―
[良い点] なんと高度な生殖技術なのでしょう! [気になる点] 決して戻れない時代だった…。 [一言] 「解けない宇宙」から導き出される評価
2024/03/04 18:27 退会済み
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