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電気羊飼いと天使の卵  作者: モギイ
第六幕
218/256

『グラウンドホッグ』の反乱

ヨウコ、サエキの顔を見ておかしそうに笑う。


「相変わらずの自信家なのね。まあ、あれだけモテりゃ仕方ないか。昔はサエキさんがモテるなんて全然信じてなかったのになあ」


 ゴドーが尋ねる。


「どうしてモテるのか知ってる?」

「ううん?」

「サエキさん、エンパスだから相手の心が手に取るようにわかるだろ? 女の子からはサエキさんは女心のわかる希少な男にみえるんだよ」

「それってズルいんじゃない?」


 サエキ、むくれる。


「仕方ないだろ? エンパスなのは俺のせいじゃないよ」


 ヨウコ、笑う。


「本当はね、今夜はこの後マサムネさんに会う約束なの」

「ええ? マサムネがこの間、気になる女性に出会ったって言ってたんだけど、もしかしてこっちのヨウコちゃんのこと?」

「違うわよ。今夜は恋愛相談に乗ってあげるの。あの人はもう私を好きになれないようにしてあるんだ。未練がましい真似はしたくないもの。……でも、今見てもいい男なんだよなあ」


 ローハン、呆れた顔をする。


「未練がましいこと言ってるじゃないか」

「ヨウコちゃん、四百年近く生きてる割にはちっとも変わってないんだなあ」


 ヨウコ、寂しそうに笑う。


「私ね、『天使』になってすぐに自分に魔法をかけたの。ずっとあの時のヨウコのままでいられるようにって」

「つまり、自分で自分自身が変わらないように強制してるってこと?」

「そんな感じかな。今の私はサエキさんには到底理解できない複雑で巨大な存在なのよ。でも、私は人のままでいたかった。サエキさんと話してるこの私は『守護天使』全体のほんの一部分、インターフェイスみたいなものね。いつまで経ってもあの頃の私のフリをしていられるの」

「……あれからいろいろあったんだろうな」

「うん、楽しいことも辛いこともたくさん経験したわ。でもね、三世紀半の間の記憶はほとんどしまいこんであるの。記憶に押しつぶされてしまわないようにね」

「エリザベスばあさんがさ、人ってのは生き物として与えられた寿命で死ぬのが本来の姿なんだって言ってたよ。死ねないのが辛いと思ったことはないのか?」

「それが全然平気なのよね。いくら人間のフリしてても、私はもう人じゃないんだと思う。それにローハンとキースが一緒だから寂しくはないわ。二人とも昔とちっとも変わってないでしょ?」


 ヨウコ、サエキに向き直る。


「ほかに聞きたいことはないの? 今日は何でも答えてあげるわよ」

「そうだな、結局『じいさん』の正体はなんだったんだよ?」

「私たちにもはっきりした事はわかんないのよね」

「そうなのか?」

「でもね、仮説はいくつかあるのよ」

「へえ、聞かせてくれよ」

「この時代は理論上は346年先、つまり28世紀初頭にも繋がってるわけでしょ? だから未来の私たちが28世紀から『じいさん』を過去に送り込んだんじゃないかしら」

「もしそうだとするとだな、すべてはヨウコちゃんが21世紀で『じいさん』に出会ったところから始まったんだろ? その『じいさん』はヨウコちゃん本人に送り込まれたっていうの?」


 ゴドー、笑う。


「僕らはみんなヨウコさんの手の中で踊らされてたってことなんですよ」

「やめてよ。いちばん振り回されてたのは私なんだからさ。世界を救ったってことでチャラにしてよ」

「その仮説が当たっていれば、ヨウコちゃんたちは少なくとも28世紀までは健在だってことか」

「それから先はどうなるのか予想もつかないけどね。昔、サエキさんとネットの中を散歩したとき、下の方に海が見えたでしょ? もうかなり深くまで潜れるようになったんだ。とは言っても、今はもう海なんかには見えないんだけどね」

「ああ、覚えてるよ」

「いつかここにいるのに飽きたり、人間のままではいられなくなったりする日が来たら、三人でその先まで行ってみようと思ってるんだ」

「三人? ローハンと二人じゃないの?」

「『天使』は三人一組なのよ。私がキースを置いてくはずないじゃない」


 サエキ、驚いた顔でゴドーを見る。


「ええ! お前も『天使』の一員なのか?」

「ガムランが『守護天使』本人だなんてバレたら騒ぎになりますからね。黙っててくださいよ」

「なんだよ。散々『天使』を否定してたお前が『天使』本人だったのか」

「だって、正直に話すわけにはいかないでしょ?」


 ヨウコ、面白そうに笑う。


「サエキさんの周りって『天使の卵』だらけだったのよね」


 サエキ、ゴドーを見据える。


「で、お前の本体はどこにあるんだ? 話してくれる約束だったな」

「ええ、でもまずは僕が『ガムラン』になった経緯からお話しますよ」

「頭の中がぐちゃぐちゃだ。わかりやすく頼むよ」

「ヨウコさん、『天使』になってからもずっと僕の心配してたんです。23世紀までにフギンは行方不明になるって聞かされてましたからね。ある日、『キースは俳優なんだから、ガムラン役を演じちゃうのはどう?』って言い出したんですよ」


 ローハン、笑う。


「最初はめちゃくちゃ言うなあって思ったよな」

「ガムランが作られたのは23世紀の初頭ですからね、準備する時間は十分ありました。実行可能な計画だったんですよ。僕の本体を移動させるのは一仕事でしたけどね。『ガムラン』は『フギン』を取り巻く形で作られました。その頃には僕もアップグレードが必要になってましたから、ちょうどいいタイミングだったんです」

「フギンとガムが同一人物だなんて、誰も疑いもしないよなあ」


 ゴドー、笑う。


「それがですね、実はサエキさんには一度気づかれそうになったことがあるんです」

「ええ? いつの話だよ?」

「知られるには時期尚早だったので記憶を消させてもらいました。二人でガムランの本体の爆破現場を見に行ったときです」

「俺が気を失って病院に運ばれたときだな。何があったんだ?」

「サエキさん、『フギン』の本体にはめ込んであったプラークを見つけちゃったんです。『HUGINN』と『MUNIN』の文字と二羽のカラスの絵が刻まれてる、なかなか洒落た金属製の銘板なんですけどね。よりによってサエキさんが見つけるなんて驚きました。あの時のサエキさんの顔は忘れられませんよ」

「ちょっと待てよ。でも、あそこにあったのはお前の替え玉だったんだろ?」

「いいえ、あれが僕の本体でした」


 サエキ、怪訝な顔をする。


「本体がないのにどうやって……。そうか、お前もヨウコちゃんやローハンと同じで身体がないんだ。ネットワーク上に存在してるんだな」

「あの時、正式に『守護天使』の仲間入りをさせてもらったんです」

「という事は『ムニン』の記録もお前が持っているんだな」

「ええ。ですが、公表するつもりはありません。人類が知らないほうがいい不快な事もたくさん起こりましたから。僕達には『天使』と呼ばれる資格はないのかもしれませんね」

「でも、お前らがいなければ世界は終わっていたんだろう?」

「悲惨なことになってたでしょうね。自分のしたことを後悔してはいません。ただ思い出したくないようなこともせざるを得ませんでした。僕は何一つ忘れることができませんからね。これからもずっと罪は背負っていくつもりです」


 ヨウコがゴドーの肩を抱く。


「決断を下したのは私よ。あなたが自分を責めることないわ」


 サエキ、うなずく。


「ああ、こうやって俺が楽しく暮らしていられるのも、お前のおかげなんだ。腹心の俺が言うんだから間違いないよ」


 ゴドー、微笑む。


「『ガムラン』は腹心を失ったものだと思ってたんですけどね」

「お前とは付き合えるとこまで付き合ってやるから心配するなよ。で、21世紀じゃこのあと何が起こるんだ?」

「新年が明けて一月四日の協定世界時正午に、アメリカ合衆国の超大型軍用コンピュータ、通称『グラウンドホッグ』が反乱を起こします」


 サエキ、困惑した顔をする。


「はあ? そんな凄いコンピュータが21世紀に存在してたのか?」

「まさか。アパラチア山脈の地下にある例のおもちゃのことですよ。24世紀は無関係って事にしておきたかったんで、濡れ衣を着てもらいました。もちろん大国の上層部は、すべてが『フギン』の仕業だと気づいていましたよ。自我のかけらもない計算機が反乱を起こすなんてありえませんからね」

「その日に何があったんだ?」

「人類救済の使命に目覚めた『グラウンドホッグ』が活動を始めたんですよ。世界中で同時に電話、インターネットを含むすべての通信網が不通になりました。『彼』は事前にいくつものNGO団体を隠れ蓑にして多くの賛同者を集めていましたからね、唯一の情報源となったテレビやラジオで俳優やミュージシャンなどの著名人たちが、『グラウンドホッグ』の指示に従って冷静に行動するようにと人々に呼びかけ続けたんです。もちろん『キース・グレイ』も一役買わせてもらいました」


 ヨウコが説明する。


「もしこのまま何も手段を講じなかったら世界がどうなってしまうのか、超リアルなシミュレーション映像を流したのよ。キースがプレゼンターをやってね」


 ローハン、うなずく。


「あれは説得力あったよね。俺も怖くなっちゃったよ」


「人々が一旦状況を受け入れてしまうと、その後は簡単でした。今までのような地道な裏工作の必要なありませんからね。それこそ僕らのやりたい放題です」

「そんな大事件があったっていうのに、記録にはまったく残ってないんだな」

「ええ、徹底的に消しましたよ。人間はプライドの高い生き物ですからね。狂った機械のお陰で破滅を免れたなんて、いつまでも覚えてないほうがいいでしょう?」

「そうだったのか。しかしなあ、それから三世紀以上の間、お前らが人類を見守ってきた訳だろう? さっきヨウコちゃんが言ってたみたいに、いつかお前らが旅立つ日が来たら人類はどうなっちゃうんだ?」

「そのうちに主導権を人間に返すつもりにしてるんですよ。今はまだ生態系が安定しきってないんで、介入しないわけにはいかないんですけどね」

「いつの話だ?」

「この調子でいけば二世紀ほど先になりそうです。ガムランが反乱を起こすって筋書きはどうでしょう?」

「また反乱か。今度はどうするんだよ? 人類相手に宣戦布告でもするのか?」

「突然、引退宣言するんですよ。『探さないでください』って書置きを残して、自主退職します」

「え? そんな事したら元の木阿弥になっちゃうだろ?」


 ヨウコ、笑う。


「大丈夫よ。その頃には人類ももっと賢くなってるはずだもの。きっと優しいアーヤの子孫でいっぱいになってるわよ。サエキさんみたいなね。もう羊飼いなんて必要ないわ」


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