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電気羊飼いと天使の卵  作者: モギイ
第六幕
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信頼の証

 ゴドー、ヒルダを店の奥に連れて行くと、抱き寄せてキスする。


「奥さん一筋ってわりにはゴージャスなキスするわね」

「伊達に俳優やってるわけではないですよ」

「やっぱり今夜付き合いなよ。忘れられない夜をお約束するわ」


 ゴドー、にんまり笑うとヒルダの顔を覗き込む。


「約束ですか。僕がヒルダと朝まで過ごしちゃうと、明日の朝一番に提出する約束の企画書が間に合わなくなっちゃうんじゃないですか?」

「企画書? なんであんたがそのこと知ってるの? タダスケだって知らないはずよ」

「もう三日も遅れてるのに、こんなところで遊んでてもいいのかなあ? 明日の朝には間に合わせるから締め切りのばしてくれって、僕に泣きついてきたのは芝居だったんですか?」

「……うそ。もしかして……あんた、ガム?」


 ゴドー、意地の悪い笑みを浮かべる。


「ヒルダが上司に手を出すなんて、珍しいこともあるもんだ」

「ええー! ちょっと、早く教えてよ。ひどいじゃない」

「お前の手が早すぎるんだ。からかいたくもなるだろ?」

「ちょっと待って。ガムとヨウコとどういう関係なのよ?」

「だから、ヨウコさんは俺の奥さんだって言ったろ」

「ああ! ってことはヨウコが『ガムランの奥さん』だったの? いつの間にそんな仲になったのよ? ヨウコはとっくに死んでるし、あんたはAIでしょ? 結婚なんて無効じゃないの」


 ゴドー、笑う。


「ここじゃ俺が法律なんだよ。ほら、みんなのところに戻ろう」


 ヒルダ、ゴドーに手を引かれて歩き出すが、急に顔をしかめる。


「げー、私ってばガムとチュウしちゃったよ」

「げーってのはあんまりだろ? ……口直しに何かおごるよ」

「口直しなら、もう一度、チュウして」

「俺に本気にならないって約束するんだったらな」

「釘を刺されたか。ローハンにしろあんたにしろ、ヨウコが相手じゃかなわないのはわかってるわよ。ガムを男として見ることになるとはなあ」

「今まではどう見てたんだ?」

「AIの最高傑作」

「そりゃ寂しいな」

「褒めてるのよ。私は自他とも認める天才プログラマーだもん。天才の私が間抜けなヨウコに連敗か」

「間抜けなヨウコさんだからこそ、俺みたいなブレインが必要なんだよ」


 ヨウコが声をかける。


「聞こえてるけど?」

「ごめん。失言でした」

「最近失言多いよ。ヒルダもさあ、ちょっとは私に敬意を払ったらどうなのよ。これでも『天使』なんだからね」

「払ってるわよ。思い返してみれば何度かお世話になってるみたいだしさ」


 サエキ、笑う。


「ガムにふられたんだってな」

「見てたのね? 意地が悪いなあ。ゴドーがガムだなんて夢にも思わないでしょ? イメージ違いすぎよ。そのうえ『天使』の亭主だったとは大やられだわ」

「一目見るなり手を出しちゃって、自業自得だろ? ガムがお茶目な上司で良かったな」


 ヒルダ、ふくれる。


「いいわよ。ローハンになぐさめてもらうから」


 ヨウコが笑う。


「仕方ないな。それも奥さんが許可してあげるわ」

「むかつくなあ。ローハン、いらっしゃいよ」

「誰も俺の意見は聞いてくれないんだ。俺も『天使』なんだけどなあ」


 ヒルダ、ローハンの腕をひいて連れて行く。ゴドー、ヨウコを後ろから抱きしめる。


「せっかくローハンが出払ってくれたところで残念なんだけど、タシケントで問題発生。ヨウコさん、抱いててあげるから一緒に来て」

「はーい」


 ゴドー、意識のなくなったヨウコの身体を抱き上げると、サエキの隣に座る。


「いまだに一度に一ヵ所にしかいられないのか? それでよく『天使』が務まるな」

「ヨウコさんの意識は人間と同じ制約を受けるみたいなんです。でも『守護天使』としてはバックグラウンドで絶えず活動してるんですよ。昔と変わらず、わけのわからない『使い魔』が飛び回ってます」


 ゴドー、サエキの顔を見つめる。


「浮かない顔してますね」

「一度にいろいろ起こり過ぎたからな。疲れたんだよ」

「それだけじゃありませんね? ガムランのこと、気にしてるんだ。そうですね?」


 サエキ、ため息をつく。


「なんだか親友を一瞬にして失った気がしてな」

「態度や話し方こそ違いますが、ガムランもキースも僕自身なんです。サエキさんとは腹を割って接してきたつもりですよ」

「……そうか」

「後にも先にも僕にとってサエキさんはたった一人の腹心だったんですからね」


 ゴドー、微笑む。


「そうだ、いい事教えてあげましょうか? サエキさんってね、僕を止めることのできる唯一の人間だったんですよ」

「何を言ってるんだ?」

「『ガムランの禍』って聞いたことありますよね?」

「ああ、お前を止めるための緊急停止コマンドだろ? 誰も見つけられないんだよな」

「あれ、サエキさんしか知らないんです」

「はあ? そんなの俺、知らないぞ? おかしなこと言うなよ」

「僕はフギンなんですよ」

「……ああ! じゃあ、フギンの停止コードを使えば……」

「そうです。ガムランを強制終了させることができたんです」

「……でも、それならほかにも知ってる人間がいただろ?」

「いいえ、本当のコードを知っていたのはサエキさんだけですよ」

「どうして俺だけに?」

「そうですね、信頼の証でしょうか?」

「そうは言っても、あれがガムランの停止コマンドだって知らなきゃ使いようがないだろ? なんの意味もないじゃないか」


 ゴドー、首を傾げる。


「……そう言われればそうですよねえ」


 サエキ、笑う。


「ま、いいや」


 ヨウコ、目を開ける。


「ただいま。うわ、なんだか二人の世界を作ってない?」

「ガムランのこと、話してたんだよ」

「やっぱりサエキさんにはショックよね。あんた達、とっても仲良しだったもんね」

「……そんなに仲良く見えたのか? 」

「見えたわよ。だって、ほんとに仲良かったんでしょ?」


 ヨウコ、笑う。


「キースも自分の正体をバラすの、ずいぶんためらってたのよ。サエキさんとの今までの関係を壊したくなかったのよね。でも、心配しなくってもすぐに慣れるわ。キースもガムランも中身は同じなんだからさ」


 ゴドー、ヨウコの顔を見る。


「今回は手際よかったね」

「でしょ? やっぱり戻ってくる身体があるっていいわね。人間でいるのがどれだけ不便で不安で窮屈なことなのかすっかり忘れてたわ」

「全然よさそうには聞こえないんだけどな」


 ゴドー、笑うとヨウコにキスする。


「うひゃ、ゴドーの端末ってあんまり会う機会がないから、たまにチュウされるとドキドキしちゃうな」

「『キース・グレイ』の顔には飽きちゃった?」

「あと数百年もしたら飽きるかもね。ゴドーの瞳、もっと暗い色でも良かったんじゃないの?」

「ええ? 散々悩んでこの色にしろって言ったのはヨウコさんだろ?」

「そうだったっけ?」

「ヒルダの誘い、断ったんだから今夜は僕と付き合ってもらおうかな」


 戻ってきたローハンが後ろから声をかける。


「俺も逃げてきたんだけどな。キース、抜け駆けはなしだよ」

「ヒルダはどうした?」

「クリフを口説くことにしたみたいだよ。彼が『会社』製のロボットだっていうのは知らないみたいだけどね」

「ヨウコさん、ゴドーにはたまにしか会えないんだから、今夜は久しぶりに観劇でもしようよ」

「おい、端末で釣るなよ。着せ替え人形みたいな奴だな」


 ヨウコ、サエキの方を見る。


「困ったな。今夜はサエキさんを誘うつもりだったのに」

「そうなの? 三百年経って男の好みも変わったってことか」

「それはないな。今のはただの社交辞令」


 サエキ、むくれる。


「腹立つなあ。俺のどこが気に入らないんだよ。惚れさせてみせるから、一度、付き合ってみろよな。12代前のばあちゃんでもかまうもんか」


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