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電気羊飼いと天使の卵  作者: モギイ
第六幕
216/256

居酒屋にて

 24世紀 小さな居酒屋風の店の中 ヨウコ、ローハン、サエキ、リュウがテーブルを囲んでいる。


「ヨウコちゃん、普段から町をうろうろしてるのか?」

「久しぶりの娑婆だから自分の目でしっかり観察したいのよ。でも、うちの男達って妙に目立つみたいで、声ばかりかけられるのよね」

「そりゃそうだろうな。『サルバドール』人気も過熱してるしな」


 ローハン、むくれる。


「女の子に構うなって怒るんだ。目立つのは俺のせいじゃないのに不公平だろ?」

「この店にはよく来るの?」

「うん、だってここ、落ち着くんだもん。21世紀に戻ったみたいでしょ?」


 店員が厨房から出てくるとヨウコに声をかける。


「ヨウコさん、ご注文は?」

「ありがとう、クリフ。あと三人来るからそれからでいいわ」

「わかりました」


 店員、笑って厨房に引っ込む。


「なあ、三百年以上経っても21世紀と変わってないところがずいぶんあるだろ? やっぱりヨウコちゃん達の仕業?」

「そうよ。人間が心地よいって思えるものは、今も昔も変わらないと思うんだ。SF小説みたいに何でもかんでも自動化する選択肢もあったけど、そんなのつまらないでしょ? 生きることを楽しめる場所にするのが私たちの目標なの」

「なるほどな。ガムランが妙に昔気質なのもそのせいか」

「便利になったってそれで人が幸せになれるわけじゃないのよ。苦労を知らない人間はろくな大人に育たないしね。サエキさんなんていい見本でしょ?」

「まさか俺が孤児だったのは、ヨウコちゃんたちの仕業じゃ……」

「そこまでひどいことしないわよ。それに苦労って言ってもたいして辛い目にあったわけじゃないでしょ?」

「まあな。親がいないのは寂しかったけど、それなりに幸せだったからな」

「人間がやった方がいい仕事は人間にしてもらうの。そうは言ってもここの店員さんはロボットだけどね」

「今のクリフって奴か? わかんなかったぞ」

「俺たちのプロトタイプの一人なんだよ。最近は希望があれば『会社』外で人間として就職させてるんだ」

「あの子はどうしても外食産業で働きたいっていうから、ここを紹介してあげたの。店主に気に入られて楽しくやってるわ」

「プロトタイプって響きはいいけど要はできそこないだろ? 大丈夫なのか?」

「完璧主義のウサギさんの眼鏡に適わなかっただけの話だもん。ローハンと大差ないのよ。それにね、あの子たちにはすごい才能があるの」

「才能って?」

「人を幸せにする才能よ。せっかくの才能なんだから世の中の役に立ててもらわなくっちゃね」


 ヨウコ、店の入り口に目をやる。


「キースが来たわ」


 俳優のゴドー・アオキが入ってくるとサエキに微笑みかける。


「遅れてすみません。さっきまで舞台だったもので」

「ガ、ガム、じゃなくてキース……」

「今夜はゴドーと呼んでください。特にヒルダの前ではね」

「どうしてそんな目立つ格好で来るんだよ? ガムランかキースを使えばいいだろ?」

「今日はヒルダが来るからキースは使えないんですよ。それに彼女、今朝ガムランに散々叱られましたからね。ガムランが参加するなんて言ったら来なくなっちゃうでしょ?」

「だからって人気俳優なんて使うことはないだろ? ほかの客が見てるぞ」

「注目されるのには慣れてます」

「そういう意味じゃなくてな」


 ヨウコ、笑う。


「面白いこと考え付いたのよ。ヒルダの馬鹿、ゴドーがガムランの端末だって知らないでしょ? 会わせたらどんな反応するか、サエキさんと一緒に観察しようと思ってお楽しみにとっといたんだ」

「そりゃ、いいや。あいつには一杯食わされたからな。思い切り恥をかかせてやってくれ」


 ゴドー、眉を寄せる。


「人をネタに使うのはやめて欲しいんですけど」

「あなたが一番乗り気なのはわかってるわよ。サエキさん、ガムランの悪ふざけ好きは演技じゃないのよ」

「そうだろうなあ。どう考えたって本気で楽しんでたもんな」


 ヨウコ、腰を上げる。


「ゴドーはここに座りなさいよ。すぐ戻るわ」

「どこ行くの?」

「いちいち聞かないでよ」


 リュウ、立ち上がる。


「ついてこなくていいけど……」

「いえ、お手洗いの外までご一緒します」

「……じゃ、お願いね」


 二人が席を立つとサエキがローハンに尋ねる。


「リュウはいったいどんな仕事をさせられてるんだ?」

「ヨウコのボディガードだよ」

「ええ? だって『天使』はネットの中にいるんだろ? 身体なんて守っても意味ないんじゃないのか?」

「今まで協力してもらったお礼なんですよ。無期限でヨウコさんのボディガードをするのが唯一の望みだって言うんです。断るわけにはいかないでしょう?」

「なるほどなあ。リュウも自己主張ができるようになったんじゃないか。さすがにあいつの気持ちにはヨウコちゃんも気づいてるんだろうな」

「いえ、ヨウコさん、四世紀近く生きてるくせに相変わらず鈍いんですよ。自分が経験者だけに胸が痛みます」

「なんだかリュウが気の毒だなあ」


 ローハン、笑う。


「本人は幸せそうだから、今はそれでいいんじゃないのかな。いつかはヨウコだって気づくかもしれないしね」

「いつまでも気づかないようなら、僕達でお膳立てしてもいいかと思ってるんです」

「え? あいつとヨウコちゃんをくっつけようって言うのか?」

「ヨウコさんの人生、ひたすらに長いですからね、たまには新しい恋をするのもいいんじゃないですか? これから先もドラマチックに過ごしてもらいたいんですよ」


 ドアを開けてヒルダが顔を出すと、用心深く店の中を見回す。


「本当にガムはいないんでしょうね?」


 サエキが答える。


「あいつは誘ってないんだってさ。お前にしちゃ遅かったじゃないか」

「残業だったのよ。終わりそうもないから抜け出して来ちゃった。ウサギさんも遅れるって」


 サエキ、ヒルダを睨む。


「おい、お前、俺を騙しただろ?」


 ヒルダ、にやりと笑う。


「でも、あなた、私のせっかくの警告をあっさり無視してくれたそうじゃないの。タダスケってほんとにガムが大好きなのね」


 サエキ、赤くなる。


「うるさいな。友達を信じて何が悪いんだよ」


 ヒルダ、サエキの隣のゴドーに気づく。


「ゴ、ゴドーじゃないの? どうして彼がこんなところにいるのよ?」

「ああ、俺の知り合いなんだ」


 ゴドー、笑うと頭を下げる。


「初めまして」

「タダスケ、こんな凄い人知っててどうして黙ってたの? 私、ヒルダって言うの。タダスケの同僚なんだ。今晩私と付き合う気はない?」

「せっかくなんだけど、僕は妻以外の女性には触れないことにしてるんですよ」

「見かけによらず古臭いこと言うんだ。……もしかしてあなた、中身は相当なじじいだったりする?」

「ええ、よくわかりましたね」

「見逃すには惜しいなあ。チュウぐらいならいいでしょ?」

「うちの妻の許可さえ出れば構いませんよ」


 ちょうど戻ってきたヨウコがヒルダに声をかける。


「チュウぐらいなら気にしないけど?」

「……なんでヨウコが答えるのよ?」


 ヨウコ、すました顔で笑う。


「だって奥さんの許可がいるんでしょ?」

「はあ? ……ええ! あんたヨウコと結婚してんの?」


 ゴドー、首を傾げる。


「なにか問題でも?」


 ヒルダ、ヨウコに近づくと耳元でささやく。


「あんた、『天使』のくせになにやってんのよ? 特権乱用して芸能人に手を出すなんてルール違反じゃないの。この人、あんたの正体なんて知らないんでしょ?」


 ゴドー、ヒルダの腕をとる。


「ヒルダ、向こうに行きませんか? こういうの、妻の目の前じゃやりにくいんでね」


 ゴドー、サエキとヨウコに目配せすると、ヒルダを連れて立ち去る。


「早かったわねえ。サエキさん、店のカメラの映像、そっちに回すわ」

「出会って10秒で誘ったな。相手があのゴドーだっていうのに躊躇なしだ。たいしたもんだな」

「あの積極性だけは見習いたいかもね」

「でも、ヨウコちゃん、ナンパなんてしないだろ?」


 ローハン、笑う。


「それがさあ、せっかく身体も作ってもらったことだから、24世紀のやり方で遊ぶことにしたんだってさ」

「ええ? ヨウコちゃんが?」

「だって、どこ見てもいい男でいっぱいなんだもん。郷に入れば郷に従えって言うでしょ?」

「でもさ、誰かに声かけてもお茶だけ飲んだらさっさと逃げて帰ってくるんだ。罪悪感でいっぱいって顔しちゃってさ。こっちが申し訳なくなるよ」


 サエキ、にやにやする。


「なんだ、昔とちっとも変わってないんじゃないか」


 ヨウコ、赤くなってローハンを睨む。


「そんなのバラさなくってもいいでしょ? いい男とお茶を飲むのが私の趣味なのよ」


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