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電気羊飼いと天使の卵  作者: モギイ
第六幕
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世界征服計画

 ある日の昼下がり ヨウコ、ローハン、キースの三人がキッチンのテーブルでコーヒーを飲んでいる。


「私さ、80歳の誕生日を迎えたら、すぐに死ぬことに決めたんだ」


 ローハンが呆れた顔をする。


「もう二回も死んでるだろ? まだ死に足りないの?」

「公式に死ぬってことよ。しめやかなお葬式もつけてさ」

「ヨウコのその身体ならいくらでも長生きできるんだよ。曾孫の顔だって見たいだろ?」

「だって、80過ぎたらさすがに年取ったフリをしないと怪しまれるでしょ? そのあたりで身体は捨てて専業『天使』になるわ。おばあちゃんの演技なんてしたくないもん」

「じゃ、僕も同じ頃に死ぬよ」

「キースまで私に合わせなくていいいのよ。俳優業もあるでしょ?」

「『キース・グレイ』はそろそろ引退して、専業お父さんになってもいいかと思ってたんだけどね」

「そうなの? でも、俳優は辞めてほしくないなあ」

「もっと家にいる時間を増やせって言ってなかったっけ?」

「ファンの心理は複雑なのよ」

「新しい俳優端末を作ってもいいかとも思ってるんだ。デビューし直すんだったら二十代になっちゃうけどね」

「新しいボディもサルバドールにデザインしてもらってね。今度は日本人はどうかなあ?」


 ローハン、笑う。


「またヨウコが妄想してるよ。おばあちゃんの身体で若いキースとチュウするのはやめてよね」

「それは自分でも気持ち悪いよ。鑑賞するだけで我慢するわ。でも『キース・グレイ』のまま、老人役まで極めてほしいなあ。キースだってほんとはそうしたいんでしょ?」

「まあね。でも、家族はもっと大事だろ? タネもアーヤも僕のいない間にどんどん育っちゃうし、ルークには『普段いない方のおとうさん』って呼ばれてるからね」


 ヨウコ、にやっと笑う。


「それなんだけどね、いいこと考えたの。もう一体作って貰おうよ」

「何を?」

「キースの端末をよ。仕事用と自宅用に二体あってもいいいでしょ? スケジュールの間を縫って行ったり来たりしなくて済むじゃない」

「僕がまた片想いしてた頃にね、それ、考えたこともあったんだ」

「え、そうなの?」

「でもサエキさんに、頼むからやめてくれって言われて諦めた。どうせ、ガムランの許可が出たとは思えないしね」

「今ならガムさんだって文句は言わないでしょ?」

「あいつ、性格悪いからな。僕が頼んでも、はいどうぞ、ってわけには行かないだろうな」

「じゃ、私が掛け合うわ。まだ迷惑料も貰ってないしね」


 ローハン、ヨウコの肩を抱く。


「俺はちゃんと一緒に年取ってあげるからさ。ヨウコは白髪とハゲとどっちが好きなの?」

「あなたの顔だったら白髪のほうが似合いそうね。ねえ、サエキさんはこれからもお目付け役を続けるのかな? 最近、様子が変よね。ニヤニヤしちゃってさ」


 キースがうなずく。


「あれは絶対に何か知ってるよ。気になるな」

「話さないってことは俺たちは知らない方がいい事なんだよ」

「未来の私にでも会ったのかしら?」

「そんなところだろうね」


 ヨウコ、コーヒーを一口飲むと真面目な顔で二人を見る。


「救世主のお仕事なんだけどさ、そろそろ思い切った行動を起こさないと、今のペースじゃ世界は救えないわよ。二人ともそれはわかってるわよね?」

「何か考えがあるんだね?」


 ヨウコ、笑う。


「昨日ひらめいたの。頭のおかしくなったコンピュータが人類を支配下に収めちゃうって筋書きはどうかしら?」


 キース、無表情でヨウコを見返す。


「……それ、もしかして僕のこと?」


 ローハン、呆れた顔で笑う。


「強引だなあ」

「そんなの無茶苦茶じゃないか」

「人間ってね、追い立てられないと何もできない弱い生き物なの。自分達の過ちに気づいて行動を起こすのを待ってちゃ、犠牲が増えるばかりだわ。今は荒療治が必要な時だと思うんだ。情けない話だけどね」

「つまり、有無を言わさず僕の指示に従わせちゃうってことだね? 確かにその方が時間の節約になりそうだ。でも『頭のおかしくなった』ってのはいただけないな」

「こんな時ぐらいプライド捨てたらどうなのよ? 人間の身勝手さにはうんざりしちゃった。たっぷり脅かしてやればいいんだわ」

「そんなことしたらパニックになっちゃうだろ? 最初から俺達のやりたい事を話して協力してくれるようにお願いしてもいいんじゃないかな? 誰だって心の奥底じゃこのままじゃいけないのはわかってるんだ。話せばわかってくれるよ」

「あんたって相変わらずお人よしよね。そんな事したらなめられるわよ。ちょっと人間を買いかぶり過ぎなんじゃない?」


 ローハン、笑顔でヨウコの顔を見る。


「俺の好きな人も人間だからね、人間は信頼してる。意地悪ですぐに感情的に流されちゃうけど、何が正しいことなのかはいつだってちゃんとわかってるんだよ」


 赤くなったヨウコを見てキースが笑う。


「ヨウコさんは過激すぎるしローハンは甘すぎる。いつもの事だけどね。折衷案を考えてみようよ。僕達の目的を知ってもらいたいのなら、著名人をプロパガンダに使えばいい。僕自身が『キース・グレイ』として広報を担当してもいいし、ソフィア達だって喜んで力を貸してくれるよ」

「面白くなりそうだな。早速プランを立てようよ」

「プランって言っても結婚式じゃないのよ」

「わかってるって。世界征服のプランだろ?」


 ヨウコ、愉快そうに笑う。


「一度世界を征服してみたいと思ってたのよね」

「それにしてもヨウコさん、思い切ったことを考えついたもんだね」

「そうでしょ? 今日であんたは軍師は首よ」

「ええ?」

「だって、いくら待っても正攻法しか思いつかないじゃない。すっごい奇策を期待してたのに」

「……悪かったね。コンピュータってのは頭が固いんだよ」


 ローハン、笑う。


「ぶよぶよしてるのにな」

「してないよ」

「もちもちしてるのよね」

「してないって言ってるだろ?」

「あ、怒った」

「怒ってないよ」


 ヨウコ、乗り出してキースにキスする。


「ごめん、機嫌直してよ」

「もう一回してくれたら直るかもね」


 再びキスする二人を見て、ローハンがむくれる。


「ほら、そこ、今は作戦会議の最中だろ? まずはプランを立てようよ」

「世界を乗っ取るのってどのくらいかかりそう?」

「そうだな。下準備さえしっかりしておけば五分もかからないんじゃないかな? 実行犯はヨウコさんの役だからね」

「私、何すればいいのかわかんないから『ポウ』達にやらせてよね。抵抗する人もいるかしら? 映画みたいに地下に潜って組織を作ってさ」


 キース、笑う。


「僕たちが検閲できない通信手段を見つけない限り、活動なんてできないだろうね。糸電話とかね」

「決行日は次の元旦でどうかな? 新年に新しい世界が始まるなんて縁起がよさそうでしょ?」

「でもさ、家族でお正月を楽しんでる最中にびっくりさせちゃかわいそうだよ。年末年始を楽しんでからでも構わないんじゃないの?」

「それもそうか。じゃ、世界征服は三箇日が終わってからね」

「正月が明けたらしばらくの間はのんびりできそうもないな」


 ヨウコ、ローハンの肩を叩く。


「子供たちの未来を守るのは親の役目だからね。お父さん達も頑張ってちょうだい。世界を救い終わったらゆっくり休暇を取ろうよ」


 キース、ヨウコとローハンの顔を見る。


「君たちはいいな。どこまでもずっと一緒に行けるんだから」


 ヨウコ、キースの顔を見て笑う。


「キースは何を言ってるのかな? 『守護天使』は三人で一組なのよ。もしかして忘れてた?」


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