真っ赤な嘘
ヨウコ、怪訝な顔でガムランを見つめる。
「計画通りって?」
「おかげで無事に『守護天使』になれたんだろ? ヨウコさんを『天使』にするには、持てる力すべてを引き出さなきゃならなかったんだよ」
キースがガムランを睨む。
「すべてはヨウコさんを追い詰めるための茶番だったって言いたいのか?」
「お前は途中で気づくかと思ったんだけどな。やっぱりちっちゃいコンピュータってのは頭が弱いよな」
ヨウコ、納得の行かない様子でガムランを睨む。
「こんなやり方、酷すぎない? 死ぬかと思ったよ。……死んだけどさ」
「こうでもしないとヨウコさんは『天使』になれないまま『饅頭』に喰われて死んでただろうな。これからの世界には、どうしても『守護天使』が必要なんだよ。許してくれないかなあ?」
サエキがむくれる。
「お前が『天使』なんて見たことないって言ったのは真っ赤な嘘か」
「見たことないどころか、四六時中一緒にいるんだけどね」
「俺をずっと騙してたの?」
「不正直なのはお互い様だろ? 今までもこれからも『守護天使』は公式には存在しないからね。サエキさんもそのつもりで頼むよ」
ヨウコ、後ろのトラックにもたれかかる。
「なんだか気が抜けたわ」
ガムラン、ヨウコに向き直ると、優雅な動きで手をとって甲にキスする。
「驚かせて悪かった。ヨウコさんは俺の大切なビジネスパートナーだからな。未来でお待ちしてますよ」
ローハンが唸る。
『おい、気安くヨウコに触るなよ』
ガムラン、笑う。
「お前もだよ。よろしくな」
『俺は24世紀になっても存在してるの?』
「当たり前だろ? お前は俺たちの『守護天使』なんだから」
ヨウコ、倒れているカイルを見下ろす。
「カイルはどうするの?」
「そいつは更生施設に放り込んどくよ」
「誰なのよ、その人?」
「どこぞの過激派のメンバーなんだけど、昔から被害妄想の強い奴だったな。もう会うことはないから忘れちゃっていいよ。本人も思い出さないだろうしね」
「ほんと気分の悪い男だったわ。見た目だけは最高なのになあ」
「気に入った? そのボディ、俺の一張羅なんだ。悪役はやっぱり格好よくなきゃならんと思ってな。カイルに貸してやったんだよ」
サエキが驚いた顔をする。
「そんな端末持ってたのか?」
「俺の奥さん、『サルバドール』が好きなんでな。たまにデートに使うんだ。誰にも言うなよ」
近くの車の陰からリュウが顔を出すと、おずおずと声をかける。
「あのー……」
サエキが慌ててヨウコを押す。
「うわあ、ヨウコちゃん、逃げろ! 殺されるぞ」
ガムランが笑う。
「落ち着け。何もしやしないよ。それにヨウコさんはもう死んでるだろ?」
ローハン、驚いた声を出す。
『あれ、俺、さっきリュウを殺さなかったっけ?』
「うん、あんたが見てない隙に生き返っちゃたのよ」
リュウ、ヨウコの前まで歩いてくると足元にひれ伏す。
「……ヨウコさん、度重なるご無礼、どうお詫びしてよいかわかりません」
ガムラン、笑う。
「おいおい、お前は悪くないよ。顔を上げろよ」
「つまり、リュウは私たちを追い詰めるために悪役を演じてたってことね?」
「そうだよ。リュウには俺が頼んでヨウコさんを撃ってもらった。彼ならヨウコさんが死ぬ意味もよく理解しているし、狙いをはずすこともないからな」
サエキ、驚いた顔でガムランを見る。
「お前の依頼だったのか……。それじゃ、ジェイコブは何だったんだ?」
「ジェイコブが『ヨウコ』なんて狙うわけないだろ? あいつが消したかったのは俺だけだよ。あの時点で俺が疑われるわけにはいかないからな、犯人役を演じてもらったんだ。事情を話したらずいぶんと協力的になってくれたよ」
「でも、更生されちまったんだろ?」
「公式発表じゃな。今は南の島で引退生活を楽しんでるよ」
「すべてお前が仕組んでたのか? キースをハッキングしてたのもローハンにこっそりプログラムを仕込んだのもお前なのか?」
「最初の最初から全部俺の仕業だ。ヨウコさんが誘拐されたのもな。それが『じいさん』からの依頼だったんだよ。サエキさん、俺の事、信頼してくれてたもんなあ。この間なんてヒルダに警告されてさえ俺のことを疑おうとしなかった。あれには感動したよ」
サエキ、気まずそうな顔になる。キース、サエキの顔をじっと見る。
「警告されたのに僕達に黙ってたんですか?」
「……すまん。でも、結局は俺が正しかっただろ?」
「俺がリュウを一度呼び戻したのを覚えてるだろ? あの時にすべてを打ち明けてヨウコさんを撃つように頼んだ。こいつ、すっかり21世紀のヨウコさんに入れ込んでたから、説得には苦労したけどな」
リュウ、ヨウコを見上げる。
「誰かが『卵』の殻を壊さなければ『天使』は外に出ることはできない、と言われたのです。これがヨウコさんご自身のためだと……大切な任務だとはわかっていましたが、やはりすぐには決断できませんでした……」
ヨウコ、リュウに手を差し出す。
「リュウ、立ってよ。あなたには辛い役をしてもらったんだね」
リュウ、驚いた顔でヨウコを見上げる。
「お許しいただけるのですか?」
「当たり前でしょ?」
『それにしてもすごい悪役ぶりだったんだけど。カイル以上だったよ』
ガムラン、笑う。
「特訓の成果だよ。こいつ、くそ真面目だから本番まで毎晩鏡に向かって練習してたんだ」
ガムラン、リュウに声をかける。
「さ、そろそろ引き上げるぞ。お前はこいつを連れて行け」
「はい。それでは失礼いたします」
カイルを担ぎ上げて立ち去ろうとするリュウに、ヨウコが慌てて声をかける。
「ねえ、リュウ。うちに戻っておいでよ」
ガムランが怪訝な顔をする。
「『守護天使』にボディガードはいらんだろ?」
「でも、リュウは家族の一員だったのよ。戻って来てくれれば子供たちだって喜ぶわ」
「悪いがこいつにはこっちでやってもらいたい仕事があるんだ」
ヨウコの残念そうな顔を見てガムランが笑う。
「だが週末に泊りがけで遊びに来るぐらいなら構わんよ」
リュウ、驚いた顔でガムランを見る。
「いいんですか?」
「休みの日ぐらいは自分の好きにすればいいさ。ローハンさえ反対しなけりゃな」
『どうして俺が反対するんだよ?』
「……だってあんた、リュウをめちゃくちゃ恨んでたじゃないの」
『あれはすべてヨウコのためだったんだろ? そんな嫌な仕事を引き受けてくれたなんて、感謝しなきゃいけないのはこっちの方じゃないか』
サエキ、呆れた顔になる。
「だからってそんなに簡単に気持ちの整理がついちゃうものなのか? お前って本当に人がいいなあ」
「それじゃ、来週末はどう? 私たちの身体の修理が終わってればの話だけど」
「ありがとうございます。必ず伺います」
リュウ、頭を下げるとカイルを担いで立ち去る。
「さて、俺も行くか」
宙に浮き上がったガムランをキースが睨みつける。
「こんなところで飛ぶなよ」
「一度この時代のニューヨークの街を飛んでみたかったんだよ。アメコミのスーパーヒーローみたいにな」
「人に見られたら困るだろ?」
「どうせ今日の記録はお前が全部消すんだからいいじゃないか。ついでだよ。たまには真面目に仕事しろ」
「おい!」
ガムラン、ヨウコ達の頭上高く舞い上がり、一気に飛び去る。
ヨウコ、地面に腰を下ろす。
「がっくり疲れたわ」
「ヨウコさん、その身体、もう使わないでくれるかな。死人らしくじっとしててよ」
「拠り所がないと落ち着かないのよ」
『俺もだよ』
ヨウコ、サエキを責めるような目で見上げる。
「ねえ、ガムランの端末は怪しいアジア人のおっさんだって言ってなかったっけ?」
「その通りだろ?」
「だって、めちゃめちゃカッコいいじゃない。偏屈な親父を想像してたのよ」
「……言うと思ったよ」
「端末の見かけなんてどうにでもなるだろ? あんな性格の悪いのが好きなの? 趣味悪いよ」
ヨウコ、キースの顔を見つめる。
「……キースが本気で妬いてる」
「こいつ、ガムが嫌いだからな」
「そのぐらいで妬くなんてかわいいなあ。抱きしめてあげようかしら」
「今回は見送ってもいい? ヨウコさん、おでこの穴から脳漿が漏れてるよ。ティッシュかなんか詰めといたら?」
サエキ、ヨウコとローハンに目をやる。
「それじゃお前らの身体を持って24世紀に戻るかな。キース、『穴』のところまでヨウコちゃんとローハンの身体を運ぶの手伝ってくれる?」
「それは無理ですね。僕の端末も貧血で今にも倒れそうです」
「しまったなあ。さっきリュウに頼めばよかったよ」
ヨウコ、さっさと立ち上がる。
「私、自分で歩くからいいよ」
ローハンの身体もぎこちない動きで起き上がる。
『俺もまだなんとか動かせそうだよ』
サエキ、おかしそうに笑う。
「ゾンビ映画みたいで気持ち悪いなあ。三人ともしばらく身体無しで我慢だぞ」
第五部 -完- 第六部に続く




