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電気羊飼いと天使の卵  作者: モギイ
第五幕
210/256

ラスボス

 サエキ、路上に立って血まみれになったローハンの身体を眺めている。


「こりゃあ、えらくやられたなあ。ローハンの身体は新調したほうが早いかもな」

『じゃ、ついでに髪の毛をチリチリにしてもらってよ』


 ヨウコが首を振る。


「絶対にダメ」

『どうして? パーマですって言えば周りには怪しまれないだろ?』

「私が嫌なのよ」


 ヨウコ、サエキを見る。


「私の身体はどのくらいかかりそう? 来週の火曜日にルークの学校の懇談会があるから着ていく身体がいるのよね」

「おでこに穴が開いただけだからな、すぐに直せるさ。間に合わなかったらサエキおじさんが代理で行ってやるよ。キャサリンに会うだけなんだろ? 延期してもらったら?」

「そうするか。あの人なら『しばらく死んでます』って言っても信じてくれるわよね。でも身体がないと落ち着かないわあ」


 カイルが目を開き、呻きながら起き上がる。


「起きちゃったみたいよ。もう一度蹴ってもいいかしら?」


 サエキが慌ててヨウコを制止する。


「ちょっと待って。その前に聞きたいことがあるんだ」


 カイル、薄笑いを浮かべる。


「おいおい、俺に聞いたって無駄だよ。何も知らないんだから答えようがない」

「誰に頼まれてヨウコちゃんを狙った?」


 カイル、胡散臭そうにサエキの方を向く。


「誰だよ、お前は?」

「サエキだよ」


 カイル、驚いてサエキを見る。


「『会社のサエキ』か? 『会社のサエキ』がどうしてこんなところにいるんだ?」

「サエキさん、やっぱり有名人なのね」

「俺、ヨウコちゃんの担当者だもん。そんなことも知らないのか? ずいぶん片寄った情報しか持ってないんだな」

「お前が本当に『会社のサエキ』なら俺に聞く必要なんてないんじゃないのか?」

「どういう意味だよ? 依頼主は誰なんだ?」

「知らないって言っただろ。援助してくれる、っていうから乗っただけだよ。なるべく派手に追いまわし、限界まで追い詰めてから最後に頭を撃って殺す、ってのが条件だった」

「そんなおかしな話に誰が乗るんだよ?」

「ほんとだよ。俺は『天使』さえ殺せれば後のことはどうでもいいんだからさ」


 サエキ、呆れた顔でキースに話しかける。


「こいつ案外いい加減だな」


 カイル、にやにやと笑う。


「そうは言っても、気にならないわけじゃなくてさ。俺なりにいろいろ考えてみたんだ。どうしてガムランが俺の身元を突き止められないんだと思う? 手配中のハッカーや『結界』をガムランに気づかれずにこちらの時代に送ることができるのは?」


 キース、無表情でカイルを見る。


「ガムラン本人だけだと言いたいんだろ?」


 サエキ、驚いた顔でキースを見る。


「何を言ってんだよ? そんなわけないじゃないか」


 カイル、笑う。


「よく考えてみろよ。24世紀で『守護天使』の存在を一番疎ましく思ってるのは誰だと思う?」

「ガムは『天使』の存在を否定してるよ」

「そりゃあ否定したいだろうさ。『天使』だけがこの世で思い通りにならない唯一の存在なんだからな」


 ヨウコが口を挟む。


「サエキさん」

「どうした、ヨウコちゃん」

「ラスボスに関しては、こいつの言ってることが正しいわ」


 ヨウコ、上を見上げると声を張り上げる。


「ガムさん、そんな所で見物してないで降りてきなさいよ」


 ビルの上層階から男が身を躍らせると、一同の前に着地する。


「やあ、ヨウコさん。やっぱり気づいてた?」


 サエキが愕然としてガムランを見つめる。


「ええ! ガムか?」


 ガムラン、カイルに近づく。


「よくしゃべる男だなあ。少し想像力のある奴なら誰でも思いつきそうなことを得意そうにペラペラと。お前には過ぎた役だったな。もう眠ってろ」


 ガムランがカイルの鳩尾に突きを入れると、カイルが二つ折りになって地面にくずおれる。


「さて、ヨウコさん……」


 ヨウコ、振り向いたガムランの顔を見て大声をあげる。


「ああ! あんた!」

「呼び出しといて驚くことないだろ?」

「だ、だって……あれ、あんただったの?」


 サエキが不審気にヨウコの顔を見る。


「……ヨウコちゃん、ガムの端末は見たことないだろ?」

「ううん、会ったことあるよ」

「いつの話だよ?」

「ローハンと会う前よ。男に騙されて落ち込んでたときに、岬まで海を見に行ったの。そのときこの人が現れてね、私に『生きてたほうがいい』って言ってくれたんだ」

「ええ? ヨウコちゃん、死ぬ気だったの?」

「あの時は精神的に不安定だったからいまだによくわかんないのよね。私の性格だから死んでたとは思えないけどさ」


 ガムラン、笑う。


「わかんないからとりあえず止めといたんだよ。あそこでヨウコさんに死なれちゃかわなんからな」

「どういうことだ? ヨウコちゃんが『じいさん』に会うより前の話じゃないか。どうしてお前がヨウコちゃんの事、知ってたんだ? それにお前は21世紀には来れないはずだぞ」

「フギンに出来たことが俺に出来ないはずがないだろ?」


 キースが後ろから口を挟む。


「キースって呼んでもらえるかな?」

「そこにいたんだったな。わかったよ。キ・イ・ス」


 ガムラン、笑う。


「こっちには以前からちょくちょく遊びに来てたんだ。二つの時代のネットワークを繋ぐ方法は俺だけの秘密だったんだけどな。誰にも気づかれないように細工までしてたのに、まさかお前に見つけられるとは思わなかったよ。褒めてやるよ」

「細工? どういうことだ?」

「21世紀と24世紀の時間の流れには『ずれ』があるってことになってるだろ? だから誰もが時間を越えてネットワーク同士を繋ぐのは不可能だと思い込んでたわけだ。本当はな、『ずれ』なんてないんだよ」

「やっぱり」


 サエキが困惑した顔でガムランを見る。


「でも『ずれ』は確かに存在してるじゃないか。『穴』をくぐるたびに現地時間を確認しなきゃならんのだぞ?」

「あれは俺が『穴』を制御してるからだよ。サエキさんをいつも遅刻させたのは俺の仕業だ。時計を見たときの慌てる顔が面白くてな」

「『穴』を制御? そんな事が出来るのか? つまり自由に時間旅行ができるって言うんだな?」

「いいや、そこまでは無理なんだ。最大30分ほどの幅なんだがな、微調節ができるんだよ」


 ガムラン、キースの顔を見て意地悪く笑う。


「やり方は教えてやらんけどな」

「お前が24世紀に入り込めるということは、僕の邪魔をしてたのはお前なんだな? カイルの部下に囲まれたのに気づかなかったのも、攻撃衛星の照準が合わなかったのもお前の仕業なのか?」

「そうだよ。いくらお前が無能でも、気づかれずにハッキングできるのは俺ぐらいだろ?」

「ヨウコさんのガードをくぐって? あの『番犬』をどうやって騙したんだ。信じられない」

「事実は事実だろ? 俺もなめられたもんだな」


 サエキがガムランの顔を見る。


「おい、カイルの言ったことは嘘なんだろ? お前が黒幕のはずないよな?」

「嘘だと言いたいところだけどな、途中までは当たってたよ」


 ヨウコ、ガムランに詰め寄る。


「ちょっと、あんた。それじゃ私を本気で殺すつもりだったの?」

「ヨウコさん、あんまり近寄らないで。俺、死体は苦手なんだ」

「質問に答えなさいよ。返答しだいではあんたの本体、バラバラにしてやるわ」


 ガムラン、ヨウコの顔を見て笑う。


「殺すつもりだったよ。ってかさ、ヨウコさん、死んだんだろ? すべてが計画通りに行って、めでたしめでたしじゃないか」


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