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電気羊飼いと天使の卵  作者: モギイ
第五幕
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後悔

 ヨウコ、ローハンが走りながら何度もよろめくのを見て息を呑む。


「ちょっと、どこが大丈夫なのよ?」


 ヨウコの背後から声がする。


「徹甲弾でしたからね。あの距離で当たれば、いくら補強してあってもただでは済みません」


 ヨウコが振り向くとリュウが立っている。


「リ、リュウ? 死んだんじゃ……」 


 リュウ、微笑む。


「衝撃波は私には効果がないんです。ちょっとばかり改造してもらったんですよ。そうは言ってもさすがに今のは効きましたね。一瞬気が遠くなりました」

「……私を殺すの?」


 リュウ、ヨウコを見てまた笑う。


「いいえ、あなたを殺すのは私ではないと言ったはずです」


 ヨウコ、慌てて走って行くローハンに目をやる。


「じゃ、狙いは初めからローハンだったのね?」

「ええ、ヨウコさんを狙うフリをすれば、彼が盾になろうとするのはわかりきっていましたからね」

「そんな……どうしてそんな酷い事するのよ?」


 リュウ、何も答えずヨウコに向かって頭を下げると建物の間に消える。ヨウコ、ロボットの気を引こうとしているローハンを不安そうに見つめる。


「ど、どうしよう」


 ヨウコ、少しためらった後、再び走り出して『結界』の有効圏外へ出る。すかさずキースから『通信』が入る。


『ヨウコさん、よかった。聞こえる?』

「聞こえるよ。ローハンがリュウに撃たれたの。ダメージがあるみたいでふらふらしてる。どうしたらいい?」

『ヨウコちゃん、ガムから許可が出た。24世紀へ避難してほしい。そこから1ブロック先にパブがあるんだ。まずはそこに逃げ込んでもらえるか?』

「でも、ローハンが……」

『ヨウコさんが殺されたら元も子もないんだよ。ヨウコさんさえ逃げ切ればローハンだって逃げられるんだ』


 後ろで銃声が響き、ヨウコが振り返る。


「ローハン?」


 ヨウコ、唖然として『ジェイソン』のアームがローハンの身体を掴み上げるのを見つめる。


「馬鹿! なんであんなのに捕まっちゃうのよ?」


『ジェイソン』がローハンを道路に叩きつけ、ヨウコが悲鳴を上げる。


「ローハン!」


 ヨウコ、向きを変えると『ジェイソン』に向かって走り出す。『ジェイソン』がぐったりとしたローハンを掴み上げ、もう一度叩きつけようとする。


「やめなさい。やめろって!」


『ジェイソン』、ヨウコが近づいてくるのを認めて、ヨウコの方へ向き直る。


『無茶だ。ヨウコさんには止められないよ。お願いだから逃げて!』

『ヨウコちゃんが生き延びなきゃどうにもならないだろ?』

「うるさい! 私にローハンなして三世紀も生きろっていうの? そんなの願い下げよ!」

『だ、だってヨウ……』


 ヨウコ、再び『結界』の圏内に入り、サエキたちからの『通信』が途絶える。 ヨウコ、全力で走り続け『ジェイソン』の前に飛び出すと、アームからぶら下がったローハンに声をかける。


「ローハン! 生きてる?」


 ローハンがヨウコを見て何か言うが声が届かない。


「そこのくそロボット、私の夫を離しなさいよ!」


 『ジェイソン』、ローハンを地面に落として、ヨウコに銃口を向ける。ヨウコ、銃撃を避けてアームに飛びつく。


「なんで私がこんなことしてるんだろ? ただの主婦なのに」


 ヨウコ、アームを伝ってよじ登り、『ジェイソン』の胴体にしがみつく。


「ローハン! 教えて! どこがハッチなの?」


 ヨウコ、急に顔をしかめて自分の顔に触れる。手のひらにべっとりと鼻血がつくが、気を取り直してハッチを探す。


「これのこと? こんなの外からどうやって開けるのよ? ノブもハンドルもないじゃない。開けなさい! 出てきなさいよ!」


 ヨウコ、ハッチを蹴っ飛ばすが『ジェイソン』が急にかがみこんだので、滑り落ちて地面に叩きつけられる。


「いたたたた。なにすんのよ?」


 地面に横たわったローハンが、ヨウコを見て起き上がろうとする。


「無理しないで! 死んじゃうわよ」


 『ジェイソン』、今度はローハンに銃口を向ける。ヨウコ、急いでローハンに覆いかぶさると『ジェイソン』を睨みつける。


「撃ちたきゃ撃ちなさいよ」


 『ジェイソン』が急に動きを止める。


 ヨウコ、『ジェイソン』が動かないのを見て、ローハンの腕をつかむと走りだす。


        *****************************************


 ヨウコ、ローハンを引きずって乗り捨てられた二台のトラックの隙間に隠れる。ローハンをトラックによりかからせると心配そうに顔を覗き込む。


「……ヨウコ……逃げろって言っただろ?」

「あんたがあっけなくやられるから悪いんでしょ?」

「身体が思うように動かないんだ……」


 ヨウコ、ローハンの顔に触れる。


「あーあ、キレイな顔が傷だらけになっちゃった。サルバドールが見たらがっかりするわよ」

「ごめん、ヨウコ……」

「どうして泣くのよ? 馬鹿だなあ」


 ヨウコ、ワンピースのすそでローハンの顔を拭う。


「俺はここに隠れてるから、ヨウコはサエキさんの指示に従ってよ。後で迎えに来てくれればいいからさ」

「やだよ」

「ヨウコ? こんなときぐらい夫の言うこと聞けよ」

「今別れたら二度と会えないんでしょ?」

「そんなはずないだろ? 身体に穴が開いたぐらいじゃ死なないよ」

「嘘ついてもわかるよ。叩きつけられた時に頭をやられたのね」


 ローハン、諦めたように肩をすくめる。


「俺の頭、デリケートすぎるんだよ。身体は補強できても頭の中身までは無理だったみたいだな」

「どのくらいもちそう? パブまでたどり着けるかな?」

「ううん。あと五分もすれば意識がなくなると思うよ」

「はっきり言うのね」


 ローハン、ヨウコの腕をひっぱる。


「ヨウコ、伏せて」


 『ジェイソン』がすぐ近くを通り過ぎる。


「この辺りに隠れてるのはわかってるみたいね」

「『結界』の中じゃあいつも視覚に頼らなきゃならないんだよ」


 ローハン、鼻血で汚れたヨウコの顔を見る。


「ヨウコこそ無理してるだろ?」

「なんとかあいつに入り込んでやろうと思って押し続けてるの。あんな原始的なおもちゃも乗っ取れないなんて悔しいなあ」

「『結界』の中じゃいくらヨウコでも無理だよ。無茶して死んじゃったらどうするの?」

「それでもいいや。死ぬときは一緒だって言ったでしょ? あんたの方が先にいっちゃいそうだけどね」

「ヨウコ……」

「なに?」

「やっぱりヨウコは逃げなきゃダメだよ。子供たちはどうなるの? この世界はヨウコが守ってやらなきゃいけないんだ」

「うん、わかってる。わかってるんだけど、でも、あと五分だけ一緒にいてもいい?」

「ダメって言っても無駄なんだろうな。その後は逃げてくれる?」

「うん、約束する」


 ヨウコ、隣に腰を下ろしてローハンの肩を抱く。


「ヨウコ」

「今度はなによ?」

「俺を好きになってくれてありがとう」

「それはこっちのセリフでしょ?」

「俺と結婚してくれてありがとう」

「うん」

「俺の子供を産んでくれてありがとう」

「……うん」

「俺といままで一緒にいてくれてありがとう」


 ヨウコ、ローハンの口に手を当てる。


「もういいよ。わかってるから無理しないで」

「もう一つだけ言わせて。ヨウコはね、誰よりもかわいいんだよ。自分じゃ知らなかっただろ?」


 ローハン、ヨウコを見つめて微笑む。


「伝えられるうちに伝えておかないとね。後悔するから」


 ヨウコ、ローハンの胸に顔を埋めると声を上げて泣き出す。


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