後悔
ヨウコ、ローハンが走りながら何度もよろめくのを見て息を呑む。
「ちょっと、どこが大丈夫なのよ?」
ヨウコの背後から声がする。
「徹甲弾でしたからね。あの距離で当たれば、いくら補強してあってもただでは済みません」
ヨウコが振り向くとリュウが立っている。
「リ、リュウ? 死んだんじゃ……」
リュウ、微笑む。
「衝撃波は私には効果がないんです。ちょっとばかり改造してもらったんですよ。そうは言ってもさすがに今のは効きましたね。一瞬気が遠くなりました」
「……私を殺すの?」
リュウ、ヨウコを見てまた笑う。
「いいえ、あなたを殺すのは私ではないと言ったはずです」
ヨウコ、慌てて走って行くローハンに目をやる。
「じゃ、狙いは初めからローハンだったのね?」
「ええ、ヨウコさんを狙うフリをすれば、彼が盾になろうとするのはわかりきっていましたからね」
「そんな……どうしてそんな酷い事するのよ?」
リュウ、何も答えずヨウコに向かって頭を下げると建物の間に消える。ヨウコ、ロボットの気を引こうとしているローハンを不安そうに見つめる。
「ど、どうしよう」
ヨウコ、少しためらった後、再び走り出して『結界』の有効圏外へ出る。すかさずキースから『通信』が入る。
『ヨウコさん、よかった。聞こえる?』
「聞こえるよ。ローハンがリュウに撃たれたの。ダメージがあるみたいでふらふらしてる。どうしたらいい?」
『ヨウコちゃん、ガムから許可が出た。24世紀へ避難してほしい。そこから1ブロック先にパブがあるんだ。まずはそこに逃げ込んでもらえるか?』
「でも、ローハンが……」
『ヨウコさんが殺されたら元も子もないんだよ。ヨウコさんさえ逃げ切ればローハンだって逃げられるんだ』
後ろで銃声が響き、ヨウコが振り返る。
「ローハン?」
ヨウコ、唖然として『ジェイソン』のアームがローハンの身体を掴み上げるのを見つめる。
「馬鹿! なんであんなのに捕まっちゃうのよ?」
『ジェイソン』がローハンを道路に叩きつけ、ヨウコが悲鳴を上げる。
「ローハン!」
ヨウコ、向きを変えると『ジェイソン』に向かって走り出す。『ジェイソン』がぐったりとしたローハンを掴み上げ、もう一度叩きつけようとする。
「やめなさい。やめろって!」
『ジェイソン』、ヨウコが近づいてくるのを認めて、ヨウコの方へ向き直る。
『無茶だ。ヨウコさんには止められないよ。お願いだから逃げて!』
『ヨウコちゃんが生き延びなきゃどうにもならないだろ?』
「うるさい! 私にローハンなして三世紀も生きろっていうの? そんなの願い下げよ!」
『だ、だってヨウ……』
ヨウコ、再び『結界』の圏内に入り、サエキたちからの『通信』が途絶える。 ヨウコ、全力で走り続け『ジェイソン』の前に飛び出すと、アームからぶら下がったローハンに声をかける。
「ローハン! 生きてる?」
ローハンがヨウコを見て何か言うが声が届かない。
「そこのくそロボット、私の夫を離しなさいよ!」
『ジェイソン』、ローハンを地面に落として、ヨウコに銃口を向ける。ヨウコ、銃撃を避けてアームに飛びつく。
「なんで私がこんなことしてるんだろ? ただの主婦なのに」
ヨウコ、アームを伝ってよじ登り、『ジェイソン』の胴体にしがみつく。
「ローハン! 教えて! どこがハッチなの?」
ヨウコ、急に顔をしかめて自分の顔に触れる。手のひらにべっとりと鼻血がつくが、気を取り直してハッチを探す。
「これのこと? こんなの外からどうやって開けるのよ? ノブもハンドルもないじゃない。開けなさい! 出てきなさいよ!」
ヨウコ、ハッチを蹴っ飛ばすが『ジェイソン』が急にかがみこんだので、滑り落ちて地面に叩きつけられる。
「いたたたた。なにすんのよ?」
地面に横たわったローハンが、ヨウコを見て起き上がろうとする。
「無理しないで! 死んじゃうわよ」
『ジェイソン』、今度はローハンに銃口を向ける。ヨウコ、急いでローハンに覆いかぶさると『ジェイソン』を睨みつける。
「撃ちたきゃ撃ちなさいよ」
『ジェイソン』が急に動きを止める。
ヨウコ、『ジェイソン』が動かないのを見て、ローハンの腕をつかむと走りだす。
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ヨウコ、ローハンを引きずって乗り捨てられた二台のトラックの隙間に隠れる。ローハンをトラックによりかからせると心配そうに顔を覗き込む。
「……ヨウコ……逃げろって言っただろ?」
「あんたがあっけなくやられるから悪いんでしょ?」
「身体が思うように動かないんだ……」
ヨウコ、ローハンの顔に触れる。
「あーあ、キレイな顔が傷だらけになっちゃった。サルバドールが見たらがっかりするわよ」
「ごめん、ヨウコ……」
「どうして泣くのよ? 馬鹿だなあ」
ヨウコ、ワンピースのすそでローハンの顔を拭う。
「俺はここに隠れてるから、ヨウコはサエキさんの指示に従ってよ。後で迎えに来てくれればいいからさ」
「やだよ」
「ヨウコ? こんなときぐらい夫の言うこと聞けよ」
「今別れたら二度と会えないんでしょ?」
「そんなはずないだろ? 身体に穴が開いたぐらいじゃ死なないよ」
「嘘ついてもわかるよ。叩きつけられた時に頭をやられたのね」
ローハン、諦めたように肩をすくめる。
「俺の頭、デリケートすぎるんだよ。身体は補強できても頭の中身までは無理だったみたいだな」
「どのくらいもちそう? パブまでたどり着けるかな?」
「ううん。あと五分もすれば意識がなくなると思うよ」
「はっきり言うのね」
ローハン、ヨウコの腕をひっぱる。
「ヨウコ、伏せて」
『ジェイソン』がすぐ近くを通り過ぎる。
「この辺りに隠れてるのはわかってるみたいね」
「『結界』の中じゃあいつも視覚に頼らなきゃならないんだよ」
ローハン、鼻血で汚れたヨウコの顔を見る。
「ヨウコこそ無理してるだろ?」
「なんとかあいつに入り込んでやろうと思って押し続けてるの。あんな原始的なおもちゃも乗っ取れないなんて悔しいなあ」
「『結界』の中じゃいくらヨウコでも無理だよ。無茶して死んじゃったらどうするの?」
「それでもいいや。死ぬときは一緒だって言ったでしょ? あんたの方が先にいっちゃいそうだけどね」
「ヨウコ……」
「なに?」
「やっぱりヨウコは逃げなきゃダメだよ。子供たちはどうなるの? この世界はヨウコが守ってやらなきゃいけないんだ」
「うん、わかってる。わかってるんだけど、でも、あと五分だけ一緒にいてもいい?」
「ダメって言っても無駄なんだろうな。その後は逃げてくれる?」
「うん、約束する」
ヨウコ、隣に腰を下ろしてローハンの肩を抱く。
「ヨウコ」
「今度はなによ?」
「俺を好きになってくれてありがとう」
「それはこっちのセリフでしょ?」
「俺と結婚してくれてありがとう」
「うん」
「俺の子供を産んでくれてありがとう」
「……うん」
「俺といままで一緒にいてくれてありがとう」
ヨウコ、ローハンの口に手を当てる。
「もういいよ。わかってるから無理しないで」
「もう一つだけ言わせて。ヨウコはね、誰よりもかわいいんだよ。自分じゃ知らなかっただろ?」
ローハン、ヨウコを見つめて微笑む。
「伝えられるうちに伝えておかないとね。後悔するから」
ヨウコ、ローハンの胸に顔を埋めると声を上げて泣き出す。




