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電気羊飼いと天使の卵  作者: モギイ
第五幕
206/256

『結界』

 ヨウコとキース、劇場の正面のドアを抜けて表に出ると、群集に囲まれたままブロードウェイに沿って歩き出す。


「ヨウコさん、今から大切なことを言うよ。僕に何かあっても、気にせず逃げて欲しいんだ。端末なんていくらでも代わりがきくってこと、忘れないで。自分の頭を守ることを最優先するんだよ。わかったね」

「うん、わかった」

「もしヨウコさんが死ねば、その瞬間から世界は終わりに向かってまっしぐらなんだ。僕だけじゃこの世界は救えないからね」


 前方から銃を持った男が現われ、ヨウコたちに向かって発砲する。キース、ヨウコの前に飛び出して男に体当たりする。周りから悲鳴があがり人垣が崩れる。


「走るよ」


 キース、ヨウコの手を引いて走り出す。


「キース! 今、撃たれたよね?」

「二発ね。左腕で受けたから平気だよ。端末のことは気にしない約束だろ?」

「そうは言っても気になるわよ」

「あーあ、ジャケットの袖に穴が開いちゃったよ」

「今、ジャケットって言った?」


 ローハンから『通信』が入る。


『ヨウコ、大丈夫? 今、そっちに向かってるからね』

「うん、わかった」


 サエキも『通信』で話しかける。


『おい、キース、何が起こってるんだ?』

「僕らがここにいること、バレちゃってます。ガムランは信用したくないんですが、この際やむを得ません。ヨウコさんを24世紀で保護してもらえるように掛け合ってもらえますか?」

『わかった。それまでヨウコちゃんを頼むよ。俺ももうすぐ着くからな』


 ヨウコ、はっとして顔を上げる。


「キース、あれ!」


 前方のビルの陰から、五メートルほどの高さの四本足のロボットがゆらりと現れる。


「何なのよ、あれ? 24世紀のロボット? カイルが持ってきたの?」

「あれはこの時代で作られたんだ。24世紀じゃ大型ロボット兵器なんて効率の悪いものは使わないよ。趣味の日曜大工で作ってる人はいるけどね」


 通行人が悲鳴を上げて逃げ惑う。車も次々と止まりドライバーが車を乗り捨てて逃げ出す。


「まるでパニック映画ね。あんなの、今の時代に作れるの?」

「あれは通称『ジェイソン』っていってね、軍がMIT出身の研究者を使って非公式に開発させてるんだ。歩くしか能がないおもちゃだよ。ヨウコさんの敵じゃない」

「でも、全然入り込めないわよ。あのロボットの周り、真っ暗なの。キースもやってみて」

「ほんとだ……。悪い予感がするな。走ろう」


 キースとヨウコが逆方向に走り出すと『ジェイソン』も二人を追ってぎこちない動きで走り出す。キース、『通信』でサエキに話しかける。


「サエキさん、奴ら『結界』を使ってます。それも馬鹿でかい奴。有効範囲はロボットの半径50メートル近くありますね」

『半径50メートルだなんて聞いたことないぞ。あんなかさばるモノ、どうやってガムの目を盗んで持って来たんだ?』

「つまり、私やキースじゃどうしようもないのね?」

「うん。サエキさんが逃げ道を確保してくれるまで逃げ続けるしかないよ」


 ヨウコ、『ジェイソン』を振り返る。


「気持ちの悪いロボットね。首のない動物みたい。ふらふらしてるのに倒れないんだ」

「障害物の多いところで使うことを想定して作られてるからね。そこのところはうまくできてるよ」


『ジェイソン』、乗り捨てられた車をまたぎながら、アームに取り付けられた銃で銃撃してくる。


「やだ、撃って来たわよ。歩くしか能がないって言わなかった?」

「あれは後からくっつけたんだろうな。精度はたいしたことなさそうだ。よっぽど運が悪くなきゃ当たらないよ」

「リモコンロボットなの?」

「『結界』があっちゃ遠隔操作はできないだろ? アニメみたいに中に人が乗ってるんだよ」

「あんなに揺れてよく酔わないわね。このままじゃ追いつかれちゃうよ」

「ヨウコさんはもっと早く走れるんだよ。頑張って」

「これで精一杯よ。運動不足で息が切れる」

「それ、全部気のせいだよ。その身体、少々呼吸しなくても死なないはずだから」

「はずだから、って言われても苦しいものは苦しいよ。だから胸が小さいほうが走りやすいって言ったのに」

「そのぐらいじゃ邪魔になるとは思えないんだけどな」


 ヨウコ、キースを睨む。


「あんたの意見は聞いてないでしょ?」

「次の角を曲がろう。通りの真ん中にいちゃ丸見えだ。建物の間に入ればあいつもついて来れないよ」


 ヨウコ達が右に進路を変えると銃声が響き、近くに乗り捨てられたバスの窓が粉々に砕ける。


「ぎゃ!」


 キースが近くのビルを見上げる。


「あのビルの五階だ」

「よくわかるわね」


 キース、苦笑いする。


「弾道計算はコンピュータ並みに得意なんだよ」


 突然、近くの公衆電話が鳴る。


「ヨウコさん、電話に出て」

「はあ? そんなことしてたら追いつかれちゃうよ?」

「発信元を特定できないんだ。おそらくカイルからだよ」


 ヨウコ、公衆電話の受話器を持ち上げると耳に当てる。


「誰なの?」

『今のは警告だ。道から外れるな。キース・グレイほどの名俳優にオフ・ブロードウェイは似合わないだろ?』

「あんなロボットを持ち出して何をする気なの? 私たちをどうしようって言うのよ?」

『どうしようって殺すんだよ。その前にどこまで走れるか見せて貰おうと思ってね』

「こんなことしてただじゃおかないからね」

『口が減らない女だな。「結界」の中で何ができるって言うんだ? 強がるのはやめてさっさと走れよ』


 電話が切れるとヨウコが受話器を叩きつける。


「こいつ、だんだん態度が悪くなるわね。むかつくったらありゃしない」


 キース、近づいてくる『ジェイソン』に目をやる。


「あいつのご希望通り走るしかなさそうだな」

「私、走るの苦手なのになあ」

「『使い魔』はどうしたんだよ? 『背骨のあるクラゲ』に代わりに走ってもらえばいいだろ?」

「そっか、そういう手があったわね」


 ヨウコ、走り出すとワンピースのすそを持ち上げて軽々と車を飛び越える。


「凄いじゃないか」

「最初から『クラゲ』に頼めばよかったね」

「このまま引き離すんだ。いいね」


 ヨウコ、キースを振り返る。


「なにしてるの? あなたも走りなさいよ」

「貧血気味なんだ。僕にはもう走れそうもないよ」

「貧血? うわ、キース、腕から血が出てる!」

「撃たれたら血が出るに決まってるだろ? 『結界』の中に入ったらこの端末は本体から遮断される。僕が倒れても振り返らずに逃げるんだよ」

「そんな……」

「さっき僕が言ったこと忘れたの?」


 突然、閃光が走ってヨウコの真横の地面に穴が開く。破片が散乱してヨウコに当たる。


「ぎゃ、いたっ! 今の何よ? ロボットの攻撃?」

「ごめん、僕がやったんだ。『ジェイソン』を狙ったんだけどなあ?」

「攻撃衛星から撃ったのね?」

「照準が狂ってるんだ。『結界』のせいだとは思えないんだけど」

「狂いすぎでしょ? こっちが死んじゃうわ」


 再び閃光が走り、今度はヨウコの右側前方の地面に穴が開く。


「うわっ!」

「ごめん。今回は誤差を修正したつもりだったんだけどな。ヨウコさんを殺しちゃ元も子もないからもうやめとくよ」

「そうしてちょうだい」


 キースの返事がないので、ヨウコが振り返る。『ジェイソン』がさらに近くまで迫り、道端にキースが倒れているのが見える。


「キース! 『結界』に入ったの? なによ、ここ、真っ暗じゃない」


 ネットから切り離されてパニックに陥ったヨウコ、つまづいて倒れる。


「いたたっ! ローハン? サエキさん? 聞こえないの?」 


 どこかからアーヤの声が聞こえてくる。


(おかあさん、おかあさん)


 ヨウコ、顔をあげて辺りを見回す。


「……アーヤ? なんであんたの声が聞こえるの? いつからそんなにしゃべれるようになったのよ?」

(おばあちゃんがね、くらくってもだいじょうぶだからはしりなさいって)

「クリスばあちゃんが?」

(おかあさんにはちゃんと二つの目があるでしょ、って言ってるよ)

「でも誰もいないの。キースも『ポウ』も『クラゲ』もいなくなっちゃった。誰も助けてくれないのよ」

(おばあちゃんがよく見なさいって。いまなら見えるって)

「なにを?」

(みんながいるでしょ? みんな、おかあさんがたすけてあげなきゃいけないの)

「わかんないよ。みんなって誰なの? ここは真っ暗なんだよ。なにも見えないよ」

(すぐにわかるよっておばあちゃんが言ってる。だからあきらめずにはしりなさいって)

「でも……」

(もうすぐおとうさんがくるよ。もうそこまできてる)


 ヨウコの表情が明るくなる。


「ローハンが? わかった。おばあちゃんにありがとうって伝えて」


 ヨウコ、立ち上がって走り始める。乗り捨てられた大型車に道をはばまれて『ジェイソン』のスピードが落ちた隙に再び距離を空ける。


「私、『クラゲ』がいなくっても速いんじゃない。今まで知らずに損したわ」


 ヨウコ、ワンピースのすそが破れているのに気づく。


「気に入ってたのにな。もう少し走れば『結界』から出られるかしら」


 前方に何台もの車が固まって道を塞いでいる。ヨウコ、乗り越えようとしてタクシーのボンネットに飛び乗るが、足を滑らせて倒れる。


「ああ!」


 『ジェイソン』が背後から撃ってくるが、走ってきたローハンがヨウコを助け起こし、車の影に引きずり込む。


「ローハン!」

「かっこいいタイミングで現れただろ?」


 ヨウコ、ローハンに抱きつく。


「よかったあ」

「俺があのロボットの気を引くからね。ヨウコはその間に逃げてよ」

「あいつが狙ってるのは私なのよ。ローハンなんて蹴散らされちゃうわ」

「キースに『ジェイソン』のデータを貰ったんだ。中の人を引っ張り出せば止められるよ」

「簡単そうに言うなあ。そんなにうまく行くのかしら?」

「後ろ側にコクピットのハッチがあるんだ。そこまで行ければなんとかなるよ」


 ローハン、ヨウコにキスして立ち上がるが、はっとして動きを止める。


「どうしたの?」


 ヨウコが後ろを振り返ると十メートルほど先にリュウが立っている。リュウ、微笑むとヨウコ達に向かって頭を下げる。


「リュウ……」


 ローハン、リュウに向かって一歩足を踏み出す。 ヨウコ、はっとしてローハンに声をかける。


「ローハン、挑発されちゃダメ! あなたはまだ完全じゃないのよ」


 ヨウコ、後ろからローハンに抱きついて引きとめようとする。


「『結界』の中じゃあなたを一つに繋ぎとめておけないよ。冷静でいてくれなきゃ、またバラバラになっちゃうわ」

「だ、だって……」


 リュウ、落ち着いた様子で銃を構えるとヨウコに狙いを定める。ローハン、ヨウコを突き飛ばすとリュウに向かって走る。


「……そんな事言ってられないだろ!」


 リュウ、発砲する。弾が胸に当たりローハンがよろめくが、そのまま走り続けてリュウの頭をつかむと地面に叩きつける。


「ローハン!」


 ローハン、倒れたリュウを無表情で見下ろす。ヨウコが青い顔で話しかける。


「『あれ』を使ったのね。……殺したの?」 

「出力は最大限だった。即死だよ。仕方ないだろ?」


 ヨウコ、リュウの身体から目をそらしてローハンを見る。


「今、撃たれたでしょ? 大丈夫なの?」

「俺は補強されてるって言ったろ? 次はロボットを止めてくる。ヨウコは逃げるんだよ。あいつから50メートル離れればサエキさんたちと話せるからね」


 ローハン、ヨウコの額に素早くキスすると、目前まで迫ってきた『ジェイソン』に向かって走り出す。


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