束の間の平和
ヨウコ達、ブロードウェイに沿ってぶらぶらと歩いている。
「みんなでニューヨーク旅行だなんて嬉しいな。大学の夏休みに来て以来だわ」
「ヨウコ、浮かれすぎ。命を狙われてるんだよ」
「いいじゃない。好きな男を二人も連れて海外旅行だなんて生まれて初めてなんだから」
「みんなで日本に行っただろ?」
「あれは里帰りでしょ? それにコブ三人とサエキさん付きよ」
キースがヨウコの顔を見る。
「僕もすごく楽しいよ。ローハン付きだけどさ」
「付いてるのはお前の方だろ?」
ヨウコ、笑う。
「あんたたちって相変わらず仲がいいわねえ。それにしても暑いなあ。蒸し暑いのなんて久しぶりだわ」
「ニュージーランドは冬が終わったところだったから、余計に暑く感じるんじゃないの?」
ヨウコ、道路の向かい側の人だかりに目をやる。
「あそこって格安チケット売ってるところだよね? 久しぶりにミュージカルが見たいなあ。並んでみようかな」
キースが無表情でヨウコを見る。
「ヨウコさんは自分が『キース・グレイ』の妻だって自覚がまったくないんだね」
「……なんのこと?」
「わざわざ並んで売れ残りのチケットなんて買わなくてもいいだろ? 好きなミュージカルの席ぐらい取ってあげるよ」
ローハン、笑う。
「ヨウコがキースを怒らせるなんて初めてじゃないの?」
「怒ったの?」
「怒ってなんかないよ」
ヨウコ、キースの顔を覗き込む。
「ほんとだ、怒ってる。プライド傷つけたんだね。ごめんね」
キース、無表情でヨウコを見つめる。
「それじゃあ、明日は僕とミュージカルを見に行ってもらえる?」
「連れてってくれるの?」
「今、チケット取るよ。なにが見たい?」
「キースのお勧めのがいいな」
「席の希望はある? オーケストラとメザニン、どっちがいい?」
「メザニンの前の方。舞台全体が見渡せる方が得した気分になるでしょ?」
「そう言うと思ったよ。それじゃ、明日の一時からね」
「……ねえ、まだ、怒ってる?」
「ミュージカルは一人で見に行ったことしかないんだ。だから明日は凄く楽しみ」
キース、かがんでヨウコにキスする。
「ちょっとそこ、二人の世界を作らないでよ。俺はどうするのさ?」
「三時間で終わるよ。君は観光してればいいだろ? 自由の女神のてっぺんに登りたいって言ってなかったっけ?」
「そんなの一人で行ったらかわいそうだとは思わないのかな? それにヨウコも行きたいって言ってたろ?」
ヨウコ、笑う。
「今晩はローハンの部屋で寝ようかなあ」
ローハン、急に笑顔になる。
「仕方ないなあ。じゃ、ミュージカルの後は俺と付き合ってね。約束だよ」
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薄暗い部屋の中 カイルが机の上に写真を並べている。机の反対側にはアジア系の色の白い男が座っている。
男、写真を見て眉をひそめる。
「これは?」
「今回の作戦のターゲットだ」
「目標は人間ではないと聞いています」
「こいつらは人間じゃないよ」
男、カイルを睨む。
「こんなところまで呼び出しておいて何の冗談ですか? これ、どう見ても俳優のキース・グレイじゃないですか」
「知ってるんであれば見逃がすこともあるまい。こいつはロボットだよ。遠隔操作されているだけだから、本体から切り離しさえすれば問題ない。面倒なのがこっちの背の高いやつだ。高度なAIが搭載されてるからな。隙を見せれば反撃してくるぞ」
男、不審気にカイルを見る。
「……この女性は?」
「こいつが今回のメインターゲットだ。あとの二体はこいつのボディガードにすぎん」
「この人も人間じゃないと?」
「この女はサイボーグだ。人間と呼べるのは脳だけだよ」
「それでも人間でしょう?」
「こいつは化け物なんだよ。何の媒体も通さずにあらゆる電子機器をハッキングすることができる。今回一切メールや電話を使えないのはそのせいだ」
男、カイルを見る。
「私の研究はある意味、時代の最先端を行くものだと理解しています。このような話は信じられません」
カイル、面倒くさそうにため息をつく。
「こいつらは24世紀から来たんだよ。これで説明がつくか?」
「24世紀?」
「納得がいかないのなら君以外の者に乗ってもらう。君のご自慢の芸術作品かもしれないが、所詮は軍の所有物だからな。つまり、俺の好きにして構わないってことだよ」
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翌日 観劇を終えたヨウコとキースが混雑したロビーに出てくる。キースが立ち止まるとヨウコの手を掴んで引き寄せる。
「ヨウコさん、あそこ」
キースの指した方向からカイルが近づいて来る。
「どうやって僕達を見つけた?」
カイル、薄笑いを浮かべてキースを無遠慮に眺める。
「フギンか。ハリウッドスター、救世主『ヨウコ』の夫、『二つ目の願い』の担い手。調子に乗りすぎじゃないの? お前、ただのAIなんだろ?」
キース、ヨウコにささやく。
「ごめん、ヨウコさん。外も囲まれてるみたいだ」
「ええ? あなたが気づかないなんてどういうこと?」
カイル、一歩前に踏み出す。
「ご同行願うよ」
「嫌だね。僕を甘く見すぎじゃないの」
キース、かつらとサングラスをはずすと係員に声をかける。
「ちょっと、そこの君、この男が絡んでくるんだ。なんとかしてもらえないかな?」
係員、キースの顔を見て目を丸くする。
「キ、キース・グレイ? はい、ただいま」
係員、近くにいた警備員を呼ぶとカイルを取り押さえさせる。カイル、落ち着き払った顔で笑う。
「俺を止めたって意味ないだろ? 俺の部下が外で待ってるんだからさ」
「どうだろうね」
「キース、早く顔を隠さないと」
キース、ヨウコの肩を抱くと出口に向かって歩き出す。
「このままでいい。僕から離れないで」
キースに気づいた客達が周りに集まってくる。年配の女性がキースに話しかける。
「あの、サインしてもらえますか?」
「すみません。今日はプライベートなんです。握手でもいいですか?」
「そちらの方はもしかして奥さん?」
キース、女性と握手しながら愛想よく笑う。
「そうなんです」
「キース、つぶされそうなんだけど」
「このまま外に出るよ。これなら簡単には手を出せないだろ?」
「人間の盾ってこと?」
「あまり感心できることじゃないけど、ほかに思いつかないんだよ。合図したら走るからね。それまでは僕のファンに笑顔を振りまいててくれる? キース・グレイの妻は無愛想だなんてうわさ、立てられたくないからね」




