ニューヨークへ
キース、ベッドの上で身を起こすと、隣に横たわるヨウコを優しく揺さぶる。
「ヨウコさん、寝ちゃダメだって」
ヨウコ、毛布の下にもぐりこむ。
「ちょっとぐらいいいでしょ?」
「だーめ」
キース、毛布をめくってヨウコを抱き寄せるとそっとキスする。ヨウコ、笑いながらキースを押しのける。
「しつこいなあ。接続切っちゃうよ」
「違うよ。今から家族会議」
「はあ?」
「早く服を着てくれなきゃ、サエキさん達をここに呼んじゃうよ」
ヨウコ、慌てて飛び起きる。
「ちょ、ちょっとやめてよ。自分勝手にもほどがあるでしょ?」
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キッチン サエキがにやにやした顔で、ヨウコの前にコーヒーのマグを置く。
「ヨウコちゃん、後でゆっくり眠ってくれていいからな」
ヨウコ、赤くなってサエキを睨む。
「エンパスは黙っててよね」
キースが笑う。
「悪いけどまだ眠ってもらうわけにはいかないんだ。今から出かけるんだよ。身の回りのものだけ詰めてくれる?」
「ええ? そんなに突然言われても困るわ」
「僕は軍師なんだろ? ここは僕の意見を通させてもらうよ」
「そんな一方的な会議はないでしょ?」
「敵がヨウコさんにプレッシャーを与えて楽しんでるのなら、次に狙われるのは子供たちかもしれない。このまま自宅に置いておくわけにはいかないよ」
「じゃあ、どうするの?」
ローハンが答える。
「子供たちは北島の’クリスばあちゃんの親戚の家で預かってもらうことになったんだ」
「ええ? 預けちゃうの?」
心配そうなヨウコの顔を見てサエキが笑う。
「ヨウコちゃん、子供達はばあちゃんとハルちゃんが面倒をみてくれるから心配いらないよ。俺はみんなを送り届けてからそっちに合流するからな」
「合流って?」
「僕たちもここから離れて身を隠すことにしたんだよ。これはばあちゃんからの指示なんだ。信じていいと思う」
「わかったわ」
「チケットはもう取ってある。飛行機は五時間後だから、急いで支度したほうがいいな。ヨウコさん、飛行機に乗ってしまえば好きなだけ眠れるからね」
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翌日 ニューヨークのホテルの一室 ローハンがキースに話しかける。
「ずいぶんと豪華な部屋にしたんだね。さすがセレブだな」
「セキュリティがしっかりしてるホテルを選んだんだよ。自分でカメラを設置する手間が省けるだろ?」
ヨウコ、窓から外を眺める。
「マンハッタンのど真ん中ね。この辺りは通信量が多いわ。ゴーゴー、チリチリ言ってる」
「チリチリ言ってるのは何?」
「広告のネオンサインかしら? ここはプラスチックでできたお花畑みたいにキレイだけど、意地悪な虫が葉っぱの裏にたくさんついてるよ」
「ヨウコ、半分ネットに入り込んだ状態でうろうろしてちゃ危ないよ。昨日も転んだだろ?」
ヨウコ、窓際から戻ってくるとローハンの隣に腰を下ろす。
「あーあ、子供たちに会いたいなあ。落ち着いてお別れを言ってる時間がなかったわ」
キースが笑う。
「ばあちゃんたちがしっかり面倒見てくれてるよ。『キースケ』の目にアクセスすれば様子が見れるだろ? サエキさんは明日、発つってさ、こっちに着くのは明後日になるね」
「なんでニューヨークにしたのさ?」
「木を隠すなら森の中だろ?」
ヨウコが不安そうにあたりを見回す。
「探知されないかな?」
「カイルには僕達に気づかれずにこの時代のネットワークを使うことはできない。僕をハッキングしない限り、居場所がバレることはないよ」
「キースには『番犬』がついてるからその心配はないわ。……でも、もし見つかったらどうなるのかしら? どうせ世界を滅ぼそうって言うんだから、ニューヨークぐらい消しちゃっても平気じゃないの?」
「それならわざわざ宣戦布告したり、プレッシャーをかけたりせずに、ヨウコさん家に核弾頭でも落とせば済むことだ。やっぱり何か理由があるんだよ」
「嫌がらせしたいだけじゃないかしら? 私を簡単に殺してしまうのは惜しいのよ」
「そうかもしれないね。あいつ、『守護天使』を相当恨んでるみたいだったから」
「悔しいけどあいつに振り回されてばっかりなのよね。こそこそ隠れなきゃならないなんて、腹が立つなあ」
「気持ちはわかるけど仕方ないよ。僕らにも相手の居場所がわからないからね。今のところは反撃のしようがない」
「捕まえたらどんな恐ろしい目に遭わせてやろうかしら。楽しみだわ」
ローハンが笑う。
「ヨウコを敵に回すなんて馬鹿なことしたもんだね」
「キースの本体は大丈夫なの?」
「僕から半径50キロ以内には、誰も立ち入らないように言い渡してある。僕は24世紀の公式窓口だからね。どの国も下手な真似をすればどうなるか理解してるはずだよ」
「それなのに、どうしてアメリカ軍はカイルに手を貸してるの?」
「それだけの見返りが約束されてるってことだろうね。奴ら、カイルについては何も知らないと回答して来た。しらばっくれる気だよ」
「ほかの国にもおいしいオファーを出してるかもしれないわよ」
「だとすれば、岩盤が僕を守ってくれることを祈るだけだな」
ローハン、考え深げにキースを見る。
「でもさ、お前の本体ってかなり深いところにあるんだろ? シベリアの奥地に機材を運ぶだけでも大変だし、差し当たって心配しなくてもいいんじゃないかな」
「キースを掘り返させたりしないわよ。それまでにカイルを捕まえてやるわ」
「ガムランだってあいつの身元を洗ってくれてるんだろ?」
冷ややかにキースが答える。
「本人はそう言ってるけどね」
「まだガムさんを疑ってるんだ」
「俺にはガムランが悪いやつだとは思えないんだけどなあ。タネだってずいぶんかわいがってくれてたんだよ。ジェイコブの時みたいにまた黒幕を見つけ出してくれるよ」
「そうよね。じゃあ、今のうちに観光しとかなきゃ。私、サングラスと帽子の変装だけで大丈夫かな?」
「ヨウコはそれで十分じゃない? それにしてもキース、金髪ストレートは似合わないね」
キース、鏡を覗き込んでかつらに触れる。
「そんなことないと思うけどなあ」
「似合わないわけじゃないけど、別の意味で目立つ気がするわね。かつらはやめて鼻の下に髭でもつけてみたら?」
「……それは美しくないだろ?」
ローハンが呆れた顔をする。
「緊急事態にそんなこと言うんだ。お前が一番顔を知られてるんだぞ」
「まあいいじゃない。『キース・グレイ』だとバレなければいいんだからさ。早く出かける準備をしようよ。ローハン、私の荷物、どの部屋に置いた?」
「奥の景色のいい部屋に入れといたよ。俺、あの部屋で寝たいな」
「私はどこでもいいや。ベッドルーム、四つもあるんでしょ?」
「ええ? 俺と一緒に寝るんじゃないの?」
「そこにローハンをすごい目で睨んでる人がいるからね」
キースがヨウコの顔を見る。
「僕のこと?」
「うん。そんな顔、できたんだね」
キース、また鏡を覗き込む。
「自覚なかったなあ」
「仕方ないな。じゃあ、キース、後でジャンケンで決める?」
「僕はそれでいいよ」
ヨウコ、ムッとした顔をする。
「勝手だなあ。私の意見は聞いてもらえないわけ? 今夜はそこのキングベッドを独り占めしてゆったり眠るつもりだったんだけどなあ」
ローハン、笑う。
「絶対に嘘だ。ヨウコ、一人で寝るのは嫌いだもんね」
「ヨウコさん、隣に誰かいないと寂しいんだよな」
「何よ、二人して人を嘘つき呼ばわりして。じゃあ、三人で寝る?」
ローハンとキース、口をそろえる。
「嫌だ」
ヨウコ、笑顔で立ち上がる。
「よかった、みんなと意見が合って。それじゃ、私がどうするか決めとくわね」




