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24世紀 『会社』の一室 サエキが入ってくるとヒルダに声をかける。
「お前さあ、何かわかったのか? 偉そうなこと言って帰ったくせに、あれから何の連絡もないじゃないか」
「そんな事言われても私だって忙しいのよ。ガムの馬鹿が遠慮無しに仕事を押し付けてくるんだもん。……そうだ、今夜付き合いなさいよ」
「やだよ。俺もう戻んなきゃ」
「つれないなあ」
ヒルダ、サエキの肩に腕をまわすと耳元でささやく。
「タダスケ、黙って聞いて」
サエキ、眉を寄せるが何も言わずヒルダを抱き寄せる。
「私は四六時中監視されてる。ガムに気をつけて。今言えるのはそれだけよ」
ヒルダ、サエキにキスすると部屋から出て行く。
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庭に水を撒いていたヨウコ、キースが丘を登ってくるのに気づく。ヨウコ、近づいてくるキースを何も言わずにじっと眺める。
「……どうしたんだよ、ニヤニヤしちゃって。仕事帰りの夫に『おかえり』ぐらい言ってくれてもいいんじゃないの?」
「だって『キース・グレイ』がうちの丘を登ってくるなんて、もの凄く素敵な眺めなんだもん」
「ふうん……」
キース、いきなりヨウコを抱き上げる。
「ぎゃ、何するのよ?」
「ベッドに行こう」
「はあ?」
キース、ヨウコを抱えたまま歩き出す。
「何考えてるのよ? 今着いたことでしょ?」
「今すぐにヨウコさんと愛し合うことに決めたんだ」
「また自分勝手なこと決めてくれたわね。性欲なんてないくせに」
「僕の場合は所有欲って奴かなあ」
「じゃ、セックスなんてしなくてもいいじゃない」
「……ヨウコさんは僕とセックスしたくないんだ」
「そんな事言ってないから、すねるのはやめなさい」
キース、曖昧な笑顔を浮かべる。
「そうだ、愛してるって言ってくれる?」
「……なんでよ? 私の気持ちなんてわざわざ確認することないでしょ?」
「聞きたいんだよ。まだ二回しか言ってもらってないからね」
「二回? そんなはずないってば。忘れちゃってるんじゃないの?」
「コンピュータに向かってそんなこと言うかなあ?」
「いつも好きだって言ってるでしょ?」
「愛してるって言って欲しいんだよ」
「わかったわよ。今日のキースはいつもにも増してわがままね。……ちょっと待って……」
「どうしてそこで躊躇するのさ?」
「だって、照れくさいでしょ?」
ヨウコ、赤い顔でぼそっとつぶやく。
「キース、愛してる」
「声が小さい」
「うるさいなあ。 愛してる、愛してる、愛してる。これでどう? 合計六回になったでしょ?」
「ダメだな。まだまだ照れが入ってるよ」
「私は俳優じゃないの。演技指導するのはやめてよね」
ヨウコ、不思議そうにキースを見上げる。
「ねえ、キース……どうかしたの?」
「ううん」
「そうか、わかったわ。次は自分が狙われるって思ってるんでしょ? 不安で落ち着かない気分でいるんだね」
キース、笑う。
「ヨウコさんからは何も隠せなくなっちゃったな」
「ヒルダがね、別れ際に私に言ったの。フギンを守ってやってくれって。彼女も同じ心配してたんじゃないのかな?」
「ヒルダが?」
「カイルは私に精神的な圧力をかけようとしてる。リュウが現れたのはショックだったわ。私、あの子を心から信頼してたからね。ローハンを失いかけた時にはもう立ち直れないと思った。あの男、私の弱点をよく知ってる。私をいたぶって楽しんでるのよ。きっと次はあなたを狙ってくるわ」
ヨウコ、キースの首に両腕をまわす。
「でもね、あなたは私が守るよ」
「ヨウコさん、僕はいずれはいなくなるんだよ。僕を守るために自分の身を危険に晒して欲しくないんだ」
「だからって今すぐにいなくなる必要はないでしょ?」
「夫の言う事、たまには素直に聞けばどうなのさ?」
「ローハンと同じこと言うのね。機械は人間に従ってればいいの。誰がなんと言おうとあんたたちは私が守るからね。もうこの話はおしまいよ」
キース、憂鬱そうに笑う。
「そうはいかないんだ」
「何かあったの?」
「僕の本体の位置をバラされちゃった」
「ええ?」
「八カ国の上層部が僕の正確な位置を掴んでる。もう隠しようがないよ」
「あの男……」
「僕の所在地は24世紀でも機密になってる。カイルが知ってるなんて、よっぽど上の奴が絡んでるんだよ。ヨウコさんの『番犬』が僕を守っている限り、ネットワーク経由で僕に手を出すことはできない。物理的な攻撃をかける用意があるという脅しのつもりだろうね」
「それであなたはどうなっちゃうの? 掘り起こされたりしない?」
「僕がいるのは分厚い岩盤の中だから、21世紀の技術じゃ難しいと思う。調査しようって動きが出てるから、とりあえずアメリカとロシアの偉い人達に掛け合ってみるよ」
「大統領のこと?」
「違うよ。あの二人はたいして偉くはないだろ? なかなか面白い人達だけどね」
「どうやって掛け合うつもりなの?」
「そうだなあ。『調査を中止しないと、あなたの三親等まで攻撃衛星で抹殺しますよ』ってのはどう?」
「それだと掛け合いじゃなくて脅迫でしょ? キレイな顔してひどいこと考えつくのね」
「こっちだって命がかかってるからね。大丈夫、俳優やってるだけあって脅かすのは得意なんだ。快く協力してもらえるさ」
キース、ヨウコを抱えたまま、器用に玄関のドアを開ける。
「えーと、サエキさんに挨拶しなくてもいいのかな?」
「うん、僕がいいって言うまで邪魔しないように頼んであるんだ。愛してるってきちんと言えるまで、今日のレッスンは終わらないからね。逃げようったって無駄だよ」




