宣戦布告
翌朝 キッチン コーヒーを飲んでいたローハンが顔を上げる。
「ねえ、ヨウコ」
「どうしたの?」
「俺はずっと悪い夢の中にいたんだって言ったよね?」
「うん」
「でも、ヨウコにはこれが本当に現実だって言い切れる?」
「はあ?」
「24世紀からやってきたロボットと結婚生活を送るなんて、普通じゃありえないだろ?」
ヨウコ、笑う。
「まあね」
「憧れのハリウッドスターにプロポーズされたり、自分が『救世主』だったりするのも同じぐらいありえないとは思わない?」
「そうね、確かに夢物語みたいだよね。でも、これは現実だって私は信じてる。確かめようはないけれど、自分がそう思ってればそれでいいんじゃないのかな?」
ローハン、笑うとヨウコにキスする。
「じゃ、俺もそう信じるよ。ヨウコと同じ夢を見ていられるんだったら、俺はそれで構わないんだ」
「それにしちゃすっきりしない顔してるわよ。どうしたの?」
「今回のことじゃヨウコ達に迷惑かけたね。世界を救おうと画策してきたのに、俺のせいで何もかも軌道からはずれちゃった。今までの努力が水の泡だ」
ヨウコ、おかしそうに笑う。
「人間ってほんと勝手よね。環境保護だ、チャリティだって騒いでても、何か起こると本性剥き出しで保身に走るの。今回の『サイバーテロ』騒ぎじゃいろんな事がわかったわ。大丈夫、そのぐらいすぐに取り戻せるわよ」
サエキが『キースケ』を肩に乗せて入ってくると、ローハンに話しかける。
「ヨウコちゃんから全部聞いたんだってな。気分はどうだ?」
「俺から隠そうとしてくれた気持ちは嬉しいけどさ、こういう大事なことは話してくれなきゃ、これから困るだろ? ヨウコの身の安全が第一なんだよ」
「サエキさんを責めないであげてよ。黙ってるように頼んだのは私なんだからさ。それでどうなのよ? あっち側で手がかりは見つかった?」
「ガムランはリュウが渡航したのに気づかなかったってさ。事件の直前に突然姿を消したらしい」
「今はどこにいるのかしら?」
「見つからないんだよ。向こうに戻った記録はないそうだ。来た時と同じで気づかれずに戻ったのかもしれんが、まだこの時代に潜んでいる可能性もあるな」
ローハン、納得がいかない様子でサエキを見る。
「ジェイコブの共謀者も全員捕まったんだろ? ガムランの目を盗んでリュウを21世紀に送り込める奴なんてそうはいないと思うんだけどなあ」
キースが『通信』で割り込む。
『……最初からそこがおかしいんだよ。いくら上院議員で『会社』の関係者だからって、ガムランの目を欺けるとは思えないんだ。ガムランの監視の目をくぐって『穴』を使うなんて、ジェイコブには無理だよ』
ヨウコ、『キースケ』の顔を見る。
「じゃ、ガムさんが怪しいってこと?」
サエキが不愉快そうな顔をする。
「そんなわけないだろ? お前、ガムが嫌いだからあいつを悪者にしたがるんだ。そういうお前はどうなんだよ? サルバドールの男やハッカーが渡航したのに気づかなかっただろ?」
『「穴」の監視はマメに任せていましたからね。僕が迂闊でした。今は自分で見張ってますから、不法な渡航者を見逃すことはありません』
ローハン、首を傾げる。
「でもさ、本当にガムランがヨウコを殺したいんだったら、今までに何度もチャンスはあっただろ? リュウに撃たれた時に命を取り留めたのも、ガムランが協力してくれたおかげじゃないか」
『何か理由があるんだよ。僕達の気づいてないことがあるはずなんだ』
「私、ガムさんが悪い人だとは思えないけどな。24世紀は素敵なところなんでしょ? すべてガムさんのおかげなんじゃないの?」
サエキがうなずく。
「ああ、ガムがいなけりゃあの状態を維持するのは不可能だよ。あいつほど24世紀を気にかけてる奴はいないんだ。この時代が救われなければ24世紀は存在しないことになってしまう。大切な『救世主』を消すような真似をするはずがないだろう?」
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24世紀 『会社』の一室でサエキがガムランと話している。
「お前、疑われてるぞ」
「この状況じゃ仕方ないかもしれんなあ。サエキさんはどう思う?」
「俺はお前の行動を見てきてるからな、信頼してるよ。世界征服なんてしようと思えば簡単なのに、真面目に人類を守ってきてくれたんだもんな」
「世界征服か。陳腐な響きの言葉だな」
「お前ほどの力を持ってれば、世界を自分の思い通りにしたい衝動にかられたりしないか?」
ガムラン、笑う。
「サエキさんは面白いことを言うなあ。世界はいつだって俺の思い通りに動いてるんだよ。もう一世紀以上もの間な」
怪訝な表情のサエキに、ガムランが笑いかける。
「独裁者だと気づかれない独裁者はいい独裁者なんだよ」
「誰の言葉だよ?」
「俺の奥さんの作った早口言葉だ。三回続けて言わなきゃダメだよ」
ガムラン、ドアに向かう。
「どこ行くんだ?」
「ヒルダに会いにな。あいつ、休暇を切り上げて戻って来たくせに、仕事に手がつかないみたいでさ、一度喝をいれてやるよ」
ガムラン、笑いながら部屋から出て行く。
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キッチン ヨウコにキースから『通信』が入る。
『ヨウコさん、何してるの? ちょっと手伝って欲しいんだ』
「今、皿洗いが終わったところ。どうしたの?」
『僕に覗けないところがあるんだよ』
「私に潜りこんでほしいのね。座るから待って」
次の瞬間 ヨウコ、宙に浮かんで『キースケ』と向かい合っている。
「あれ? 今日のキースはちっちゃくてかわいいなあ。頭にチュウしちゃおう」
「かわいい? ちょっと待ってよ。僕が何に見えてるの?」
「『キースケ』だけど……」
『キースケ』、首を傾げる。
「なんで僕が『キースケ』に見えるんだろ?」
「今日のキースはちょっぴり弱気なんじゃないかしら?」
「ヨウコさんがそう感じるんだったらそうなのかもね」
「どこに行けばいいの?」
「U.Sアーミーの秘密基地だよ。ほんの一部なんだけど、どうしてもアクセスできない場所があるんだ」
「秘密基地だなんて格好いいね。陸軍なんかがどうして出てくるの?」
「敵に利用されてるようだね。餌をちらつかされてるんじゃないかな」
「餌って? 」
「24世紀のテクノロジー」
「ええ? そんなものを持ち込んじゃ歴史が変わっちゃうじゃない」
「『天使』を殺して世界を終わらせようって奴らだからなあ。気にしてないんじゃないかな」
「秘密基地の中には何があるの? 宇宙人の死体とか?」
「山脈の下に軍事用のスーパーコンピュータが埋めてあるんだ。スペックは公表されてないんだけど、っていうか存在自体が機密なんだけどね。まさに21世紀最大だよ」
「それなら知ってるわ。あれ、軍事用だったんだ。スーパーコンピュータだなんてキースのお仲間じゃない」
「この時代のコンピュータと一緒にしないでくれるかな。ヨウコさんとワラジムシぐらいの差があるんだけど」
「ワラジムシと比べられるのも嫌だなあ。それにしてもコンピュータって地面の下に埋めちゃうものなのね。馬鹿でかいおかしな形のモノが表に出てると、見苦しいし邪魔になるもんね」
「僕はあそこに隠れてるつもりなんだけど? 見苦しいってどういう意味だよ?」
ヨウコ、『キースケ』を見て笑う。
「むきになってしゃべる『キースケ』なんてかわいすぎるわ。ファンタジー映画の動物みたい」
「もうやめてよ。ほら、僕についてきて」
ヨウコ、ちょこちょこと走り出した『キースケ』の後を追って、巨大なコンクリートの壁の前までやって来る。
「ほんとだ。要塞みたいな壁がそそり立ってるわ。気づかれずに入ればそれでいいのかな?」
「中に何があるのか見てきて欲しいんだ。入れそう?」
「うん、大きな穴があちこちに開いてるわよ。雑な作りだなあ」
ヨウコ、穴から壁の内側に潜り込むと顔を突き出してキースを呼ぶ。
「キースもおいでよ」
「僕にはその穴が見えないんだよ」
「え、これが?」
「だからヨウコさんに頼んだんだろ?」
「……へえ」
「なんだよ、その顔? スペックの低い男で悪かったね」
「冗談よ。そんなにいじけなくてもいいじゃない」
ヨウコが中からキースに声をかける。
「この壁、24世紀製のファイアウォールね。キースの使ってるのよりもずっと分厚いわ。大げさな割には、小さなノートパソコンが一台あるだけよ。ここまでして守るようなデータはなさそうだけどなあ。あれ、カメラとマイクがオンになってるな。ちょっと覗いてみるね」
「何かおかしいな。ヨウコさん、戻ってよ」
「待って、キース。カメラの前に誰かいるよ」
カメラに男が近づいてくる。男、前に置かれた椅子に座ると、笑顔でカメラに向かって語りかける。
『こんにちは、ヨウコさん。そろそろ来ることだと思ってた』
ヨウコ、壁の外にいるキースに話しかける。
「パーティで見かけた『サルバドール』のボディの男だわ。私がいるのに気づいたよ。キースにも映像を送るね」
男、カメラに向かって話し続ける。
『それとも「守護天使」と呼んだほうがいいのかな?』
「この男、私が『天使』だって知ってるわ。私が来るまでずっと待ってたのかな? 暇なのね」
「僕たちがすぐに調べに来るだろうと踏んでたんだろうね。見事にひっかかっちゃったな」
「こいつのいる場所は特定できないわね。基地の中にいるんだとは思うけど」
『世界は21世紀半ばで終わることになってたんだよ。あなたさえ邪魔しなければね』
男、カメラを見つめる。
『だから私はあなたを消しに来た。予定どおりに世界は終わらなくっちゃならないんだ。理由は話さないよ。どうせ理解してはもらえないだろうからね』
男、笑う。
『先日の挨拶は気に入って貰えたかな? あなたはリュウくんをすいぶんとかわいがっていたそうだね。元気な姿を見て安心したんじゃないかな? 旦那さんもすっかり回復されたようじゃないか。お見舞いのカードを送る暇もなかったね』
ヨウコ、顔をしかめる。
「むかつく事言ってる。やっぱりこいつが嫌がらせの主だったのね」
『……あなたに「天使」になられてはみんなが迷惑するからね、「卵」が孵化する前につぶさせて貰う。でも、その前にもう少しだけ私の遊びに付き合ってくれるかな? 昔から「天使」を狩るのが私の夢だったんだよ』
男、微笑む。
『言い忘れた。私の名はカイル。もちろん24世紀の人間だよ』
男が手を伸ばし、カメラの映像が消える。
「この男、ヨウコさんに宣戦布告してるんだよ」
「私が死ぬことを望んでる人もいるのね」
「気にすることないよ。もう行こう」
「気にしちゃいないんだけどさ、じっくり見ると惚れ惚れするほどの美形なのよ。あれが敵だなんてもったいない」
「僕の前でそんなこと言うの? まだ新婚期間中だろ?」
「新婚って言ったって十年以上も顔見てるんだもん。いくら美形だからって、さすがにキースにも見飽きてきたなあ」
「ええ?」
「嘘だってば。ローハンと同じ手にひっかかるのね。あなたがこんなに単純だなんてがっかりだわ」
「がっかり?」
「それも嘘よ。『キースケ』ってばかわいいなあ。背中の毛が逆立ってるよ」
「まだ僕が『キースケ』に見えてるの? 嫌だなあ。早くそんなところから出ておいでよ」
「わかったわ。離れてて」
ヨウコが壁を蹴飛ばすと、壁が粉々になって崩れ落ちる。
「うわ、壊さなくても出て来れるだろ?」
「ここにいるのはバレてるんだもん。こそこそする必要はないでしょ? こんな鬱陶しい壁はぶっ壊してやればいいのよ」
「なんだ、怒ってるんじゃないか」
「当然でしょ? 私をここまでコケにしてただで済むと思ったら大間違いよ。私の男に手を出した代償は必ず払わせてやるわ」




