助っ人
ヨウコ、悲鳴を上げる。
「サエキさん!」
「どうした、ヨウコちゃん?」
「ローハンが、ローハンが壊れちゃう」
「何があったんだ?」
「自分で自分を止めようとしてるの。ローハンがバラバラになってく。どうしたらいいの?」
「なんとかならないのか?」
「どうやればいいのかわかんないの。助けてよ!」
「俺に助けられるわけないだろ? ヨウコちゃんしかいないんだよ」
「ダメなのよ。もうどうしていいかわかんない。わかんないの」
「ヨウコちゃん、頼むから落ち着いてくれよ。パニック起こしてもはじまらないぞ」
キースがヨウコの隣に現れる。
「ヨウコさん、しっかりして。ヨウコさんになら止められるはずだよ。助っ人を呼んだから気持ちを落ち着けてもう一度やってみて」
「助っ人って? 」
突然ヒルダから『通信』が入る。
『ヨウコ、私にあんたの見てるもの見せなさい』
「ば、馬鹿ヒルダ?」
『天才に向かって馬鹿とはなによ? フギンに事情は聞いたわ。手伝ってあげるって言ってんだから早くしなさいよね』
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翌朝 ヨウコ達の寝室 ベッドで眠っていたローハンが目を開けると隣のヨウコの顔を見て笑う。
「おはよう、ヨウコ」
ヨウコ、笑う。
「おはよう、ローハン」
「……あれ、もう九時? 俺、寝過ごしちゃったんだね」
「いいよ、今日は土曜日だから。ねえ、ローハン」
「なに?」
「あなたは暖かいね」
「またおかしな夢を見たの?」
「うん。すごくおかしな夢だったんだ」
「俺もひどい夢を見てたよ。ヨウコがいなくなっちゃった夢。すごく悲しくて寂しくて気が変になるかと思った」
「そんな夢、見ないでよ。私がいなくなるわけないでしょ?」
「そうだね。でも、ただの夢なんだから気にすることないだろ? それよりもヨウコはどんな夢を見てたの?」
「忘れちゃった。思い出したくもない夢だったから」
ヨウコ、笑うとローハンにキスする。
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いつもの仮想世界の丘の上 ヨウコとサエキとキースの三人が座って話している。
「ローハンは今どこにいるんだ?」
「アーヤを保育園に送ってったわ。買い物も頼んだからあと30分は戻らないわよ。ここも彼からは見えないように隠してるから、何を話しても気づかれることはないわ」
「普段と全然変わらないみたいだな。あの出来事を覚えてないってのは信じられんが」
「私が記憶を消したのよ。自分のやった事を思い出しちゃったら、あの人、悲しむもの」
キースが暗い顔でうなずく。
「株式市場は崩壊寸前まで行ったよ。できる限り元の状態に戻したけどね、何事もなかったってわけにはいかないだろうな。世間ではサイバーテロで片付いたみたいだけど、大国は24世紀の関与を疑ってるよ」
「キースがいてくれて助かったわ。私、そういうの苦手だから」
キース、笑う。
「お役に立てて何よりだよ」
「ヒルダを呼んでくれてありがとう。馬鹿ヒルダに借りが出来ちゃったけどね」
「ちょうどこっちにいてくれて助かったな」
「ローハンね、まだ不安定なの。私が繋ぎとめてないとバラバラに崩れちゃうんだ。少しずつ直していくわ」
「そうか。ヨウコちゃんの負担にはならないのか?」
「私が意識してやってるわけじゃないもの。『ギンガムチェックのイソギンチャク』と『一つ目金魚』がローハンの面倒を全部見てくれてるの」
「……そいつら、俺には見せなくていいからな。そんな状態でローハンはちゃんと機能できてるのか?」
「今までより調子がいいぐらいよ。何が起こったのか本人には気づかせたくないんだ。敵からの攻撃があったってことにしておきたいの。みんなも気をつけてね」
「わかったよ。ガムには報告したけどな」
ヨウコ、眉を寄せる。
「ガムさん、ローハンを処分するなんて言い出さないでしょうね?」
キースが笑う。
「まさか。そんなことしたらヨウコさんを怒らせるだけだってわかってるさ」
「もうあんな事は起きないんだろうな」
「私が保証するわ。ローハンのひずみは直したから大丈夫よ」
「何がどうなってたんだよ?」
「あの人、私が撃たれて意識不明になってる間に自分で自分のプログラムを消そうとして壊れかけたでしょ? その時に彼の土台に当たる部分に大きな傷をつけちゃったの。彼の中ではそこまでが現実で、それ以降は恐ろしい夢に囚われてしまった。私は目覚めず、彼は私を失ったと思い込んでたの。現実は夢だとしか感じられなくて、ずっと一人ぼっちでいたんだわ」
「それなのに今まで気づかなかったとは……」
ヨウコ、表情を曇らせる。
「私の責任だわ。おかしいと思ったときに無理矢理にでも潜って調べておけばよかったのよ。……かわいそうなことしちゃった」
「リュウに出会ったことが引き金になったんだな」
「うん。リュウは『きっかけ』を出しにきたんだって言ってた」
「『きっかけ』? 演劇用語の『きっかけ』か?」
「そういう意味だと思う。ローハンの出番だって言ってたから」
「つまり、リュウはローハンを暴走させるために現れたってことか?」
「敵はローハンが不安定なのを知ってたのよ。ローハンが一番憎んでるリュウに会わせればどうなるか予想してたんだわ」
「そこまでくわしくローハンの事を知ってる人間は限られてるな」
「ウサギさんとヒルダぐらいだと思いますけどね」
ヒルダが『通信』で会話に加わる。
『私は誰にも話してないわよ』
「あんた、まだいたの?」
『何よ、その態度。あなたの愛する夫を助けてやったのよ。おかげでキュートなイタリア男とのディナーをずっぽかしちゃったわ。お詫びにローハンを貸してよね』
「嫌よ。天才だってのは認めるけどね」
『私もそっちに入れなさいよ。聞きたいことがあるからさ。用済みになったからそれで終わりなんてずるいわよ』
「仕方ないなあ」
突然ヨウコ達の前にヒルダが現れると、自分の体を見下ろす。
「私、もっとウエスト細いわよ。人のイメージぐらいもっときっちり作りなさいよね。それに何よ、この趣味の悪い服は?」
「そんなの着てたじゃない。うるさいなあ」
「さ、じゃあ、聞かせてもらおうかな。あなたは一体なんなのかしら?」
「何って主婦だけど」
「しらばっくれるんじゃないわよ。桁外れの化け物じゃないの」
「化け物って言い方はひどいんじゃない?」
ヒルダ、微笑む。
「あら、ごめんなさい。それじゃ『守護天使』とでも呼ばせていただこうかしら?」
「私は『天使』なんかじゃないわ」
「だって『天使』はちょうどこの時代に現れたんでしょ? そうだとすれば話がうまく繋がるじゃない」
サエキが割って入る。
「そうだよ。ヨウコちゃんは『天使』だ」
ヨウコ、驚いてサエキを見る。
「サエキさん?」
「話すしかないよ。ヒルダは一度気になったことは調べ上げないと気がすまないんだ。隠そうとして下手に調べられるよりはいいだろ? まったくキースにそっくりだよ」
キースがヨウコの顔を覗き込む。
「ヨウコさんは大丈夫? 落ち着いた?」
「うん、あなたがついててくれて心強かったよ」
「僕はヨウコさんを守れなかったね。あれほど自分が無力だと感じたことはなかったよ。ヨウコさんが撃たれた時のローハンの気持ちがよくわかった」
「それでもあそこに残って助けてくれようとしたでしょ? それだけで十分よ」
「あいつ、ものすごいパワーだった。圧倒されたよ。あいつがあれほど凄いとは思ってもみなかった」
ヒルダがニヤニヤしながら口をはさむ。
「フギンったらすっかり変わっちゃったのね。惚れた女のために身を挺すなんて、ずいぶんと成長したじゃない。プラトニックな関係も捨てたものじゃないわね」
ヨウコがすました顔で答える。
「そうなのよ。恋愛はやっぱり心が大切なのよね」
ヒルダ、面白そうに笑う。
「ところでフギン、どうしてここの人たち、あなたの事を『キース』って呼ぶのかしら?」
「ただのあだ名だよ。僕はフギンって名前が嫌いなんだ。ヒルダだって知ってるだろ?」
「ふうん。サイバースペースじゃあなた、ずいぶんと男前なのね。ローハンを修復してる間もずっとヨウコの隣にいたでしょ? 心配そうな顔して肩なんか抱いちゃってさ」
落ち着かなげなキースの顔をヒルダが覗き込む。
「どこかで見た顔だと思ったら、この時代の人気俳優にそっくりなのよね。確か『キース・グレイ』って言ったかなあ。作り物みたいにキレイな顔をしているの」
ヨウコ、笑う。
「私は『キース・グレイ』の大ファンなの。だからネットの中ではキースのイメージに使わせて貰ってるんだ」
「本当にそれだけ? 気になって調べてみたんだけどさ、この俳優、どう考えても普通じゃないのよねえ。もの凄く謎が多いのよ。それに私の目には『サルバドール』にしか見えないの。それも特注レベルのね」
「それも偶然だってば」
「彼って最近、電撃結婚したのよね。『ヨウコ』って名前の身元不明の女とさ。まあ、それも偶然なんでしょうけどね」
キース、肩を落とす。
「ヨウコさん……もう誤魔化しきれないと思うよ」
「ごめん、ローハンの事で気が動転してたもんだから、あんたをヒルダから隠すことにまで気が回らなかったのよ」
ヒルダ、キースを睨みつける。
「あなた、プログラマーに隠れて何をこそこそやってるのよ? 十年以上前からサルバドールにデザインさせた端末で俳優やってたって言うの?」
「そうなんだ」
「で、よりによってヨウコになんか惚れたわけ?」
キース、ムッとした顔でヒルダを見る。
「僕が誰に惚れようと僕の勝手だろ? 何が悪いんだよ?」
「……まあ、ヨウコの正体、知っちゃったからね。あなたが惹かれるのもわかる気がするわ。でも、まさか子供の話は本当じゃないでしょうね?」
「タネっていうんだ。今月末で生後八ヶ月だよ」
ヒルダ、呆れた顔をする。
「ちっともプラトニックじゃないじゃないの」
サエキが笑う。
「正反対だよ。暇があればヤラシイことしてるぞ」
ヨウコ、サエキを睨む。
「してないわよ。自分と一緒にしないでよね」
ヒルダが急に黙り込んだので、ヨウコが怪訝そうに尋ねる。
「どうしたの?」
「……裏切られた気分だわ」
キース、頭を下げる。
「ごめん、ヒルダ」
「悪いと思うんだったら、ほかの事も洗いざらい話してもらおうかしら」
「そうはいかないよ」
「いくわよ。ヨウコは狙われてるんでしょ? あなた達だけじゃ守りきれないわよ。私が力を貸してあげるわ」
キース、困った顔でサエキを見る。
「サエキさん。どうします?」
「いや、案外いい考えかもしれないぞ。ヒルダなら俺たちが見落としてることにだって気づくだろうからな」
ヨウコが口を挟む。
「それなら手伝って貰えばいいじゃない。あんたに借りを作ってばかりなのは気に入らないけどね」
「借りが嫌ならフギンの俳優端末を貸して貰ってチャラにするわ」
「ええ? 僕はやだよ。妻子がいる身なんだ。諦めてよ」
「もしかしてあなた、ヨウコしか女を知らないんでしょ? 不健康だわ。私がいろいろ教えてあげるって」
ヨウコ、ヒルダを睨む。
「ちょっと、おかしなこと教えられちゃ迷惑よ」
「プログラマーといえば親も同然って言うでしょ? いいから黙って従いなさいよ」
キース、ぷいと横を向く。
「僕はアドミニストレータの指示にしか従わないんだ」
「ガムのこと?」
「私よ。キースは私が貰っちゃったって言ったでしょ?」
「じゃ、ヨウコから言ってよ。ローハンの命の恩人なんだから、そのぐらいしてくれてもいいでしょ?」
「そういわれちゃ仕方ないわね」
「ヨウコさん、裏切るの?」
ヨウコ、申し訳なさそうに笑う。
「うん、ごめんね。ローハンの話を出されちゃ断り切れないわ」
「ひどいよ」
「よくよく考えてみたらほかの女を知るのもいい社会勉強かもしれないわよね。セックスがうまくなるかもしれないし」
「ええ、もしかして現状に不満があったりする?」
サエキが笑う。
「ヨウコちゃん、そのへんで止めてやれよ」
「わかったわ」
ヒルダも笑い出す。
「ふうん。フギンも惚れた女の前じゃ、電卓並みの間抜けに成り下がっちゃうってことか」
「……からかってたの?」
ヨウコ、笑う。
「当たり前じゃない」
「けちなヨウコが自分の男を貸し出すはずないでしょ?」
「ネットの中のキースってほんとにかわいいわよね。思ってることが全部表情に出ちゃうんだもん」
キース、ふくれっ面でヨウコを睨む。
「ヨウコさんが悪いんだろ? 今度から自分のイメージは自分で作らせてよ」
「嫌よ。無表情のキースなんて面白くないもんね」
ヒルダ、サエキの顔を見る。
「それじゃ休暇はこれで終わりにするわ。私は24世紀側で探りを入れればいいんでしょ?」
「ああ、頼むよ。俺も毎週戻るから、その時に直接報告してくれれば敵に漏れることはないだろ。それにしてもヨウコちゃんとヒルダって本当は気が合うんじゃないの? 見事な連携プレイだったってキースから聞いたよ」
ヨウコとヒルダ、キースを睨む。
「はあ? そんなはずないでしょ? あの時はローハンの命がかかってたから仕方なかったのよ」
「ほんとよ。フギンもタダスケに余計なこと言うんじゃないわよ」
「サエキさん、僕の名前を出すのはやめてください。全部僕に戻ってくる気がします」
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居間 ローハンがぼんやり座っているところにヨウコが入ってくる。
「ローハン、どうしたの? お昼ご飯だよ。お腹すいたでしょ?」
ローハン、暗い表情でヨウコを見上げる。
「ヨウコが俺に何か隠してる」
「え?」
「俺たち、深いところで繋がってるんだよ。気づかないはずないだろ? 俺、ヨウコにぐるぐる巻きにされてるんだ。今ヨウコが俺から離れたら俺は壊れちゃうんだね」
「わかるの?」
「昨日の昼過ぎから今朝まで俺は眠ってたんだろ? 目が覚めたら世界がおかしなことになってた」
ローハン、ヨウコの顔を見つめる。
「俺がやったんだね」
「違うよ。あれは敵の仕業よ。ローハンはリュウに出会ったショックでおかしくなっただけ。何もしてないわ」
「俺にそう信じて欲しいんだね」
「ローハン?」
「わかったよ。もう聞かないから」
ローハン、立ち上がると部屋から出て行く。
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ヨウコ達の寝室 ヨウコが入ってくるとベッドに座っているローハンに話しかける。
「ごめんね、あなたを傷つけたくなかっただけなの。全部話すわ」
「ヨウコに隠し事されるほうがずっと辛いよ」
「そうだね。本当にごめん」
ヨウコ、ローハンの隣に腰を下ろす。
「俺、何やったの? ……ヨウコ? どうして泣いてるんだよ?」
「だって、私……あなたを失くしちゃったと思ったのよ」
ローハン、泣き出したヨウコを黙って抱きしめる。




