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電気羊飼いと天使の卵  作者: モギイ
第五幕
200/256

『きっかけ』

 一週間後 家庭菜園でヨウコがローハンに話しかける。


「ローハン、青梗菜はどうしたの? たくさん残ってたと思ったのに」

「コウサギさん一家が柵から脱走して食べちゃったんだよ。レタスもほとんどやられちゃった」

「今日のおかずに使おうと思ったのになあ。替わりにウサギのシチューってのはどう?」

「その冗談、面白くないよ」


 ローハン、顔を上げてゲートの方を見る。


「あれ、誰か『穴』を抜けてきたよ」

「お客さん? 」

「わかんない。ローブみたいなのを頭からかぶってるんだ。顔が隠れてカメラからは見えなかったよ」


 男がゲートに近づいて来る。ローハン、立ち上がると男に向かって声をかける。


「誰なの? そこで止まってもらえる?」


 男、言われた通りにその場で立ち止まる。


「顔を見せてよ。人が来るなんてガムランから聞いてないんだ。サエキさんの知り合い?」


 男が被っていたフードを後ろに下げた瞬間、ローハンがヨウコを地面に突き飛ばす。


「伏せて!」


 ヨウコ、驚いた顔で男の顔を見つめる。


「……リュウ?  ど、どうして?」


 リュウ、黙って微笑むと、ヨウコ達に向かって頭を下げる。


「ヨウコ、すぐに終わらせるから動かないで」


 ローハン、全速力でリュウに駆け寄って地面に押し倒し、右手で頭を押さえ込む。


「これで終わりだ」


 リュウ、笑う。


「あなたには手加減しないように言ったはずですよ」


 ローハン、困惑した顔でリュウを見つめる。


「どうして何も起こらないんだよ? 俺は確かに撃ったんだよ」


 ローハン、ヨウコを振り返る。


「ヨウコ? ヨウコが俺を止めてるの?」

「殺さなくてもいいでしょ? お願いよ」

「だって、こいつはヨウコを殺したんだよ?」


 ヨウコ、リュウに話しかける。


「リュウ、あなたはまた私を殺しにきたの?」


 リュウ、穏やかな口調で答える。


「いいえ、違います。あなたを殺すのは私ではありません」

「一体何が起こっているの? あなたは更生させられたんじゃなかったの?」


 ローハン、顔に怒りを浮かべてヨウコを見る。


「ヨウコ、俺を解放して。撃たなきゃ何するかわからないよ。俺たちがこいつのボディに干渉できないって知ってるだろ? ヨウコにだって止められないんだ。脳を破壊するしかないんだよ」


 リュウ、地面に押さえつけられたまま、ローハンの顔を冷ややかに見つめる。


「ローハン、あなたはもう私の命令を聞かなくなったんだそうですね」

「こいつ…… 」


 ローハン、怒りに満ちた目でリュウを睨むが、急に気を失って地面にくずおれる。


「ローハン! どうしたの?」


 リュウ、ローハンの体を押しのけて立ち上がる。


「リュウ? ローハンに何をしたのよ?」

「何もしていませんよ。私はただ『きっかけ』を出しに来ただけですから」

「きっかけ?」

「ええ、ここは彼の出番なのです。彼には幕開けを演じてもらわなければなりません」

「どういう意味なの? 幕開けって何?」

「『終幕』の幕開けですよ」

「意味が……わからないわ」

「ご心配は無用です。すぐにあなたにもわかりますから」


 リュウ、ヨウコに向かって頭を下げると、向きを変えて立ち去る。 ヨウコ、我に返ってローハンに駆け寄る。


「ローハン、起きてよ!」


 ヨウコ、不安気にローハンの顔を見つめる。


「どうして起きないの? ……起きないんだったら起こしに行くわよ。勝手に潜っちゃうからね。起きないあんたが悪いんだから怒らないでよね」


 ヨウコ、地面に座ったまま目をつぶる。


        *****************************************


 ヨウコ、白く凍りついた広大な風景の中に立っている。


「またここなの? しばらく止まってたのに……」


 ヨウコ、寒さに身震いしながら、周りを見回して白い衣装をまとったローハンの姿を見つける。


「……今日は話しかけないわけにはいかないわね」


 ヨウコ、ローハンに近づいて呼びかける。


「ローハン、どうしちゃったのよ? なんで起きないの?」

「君は誰?」

「あんた、自分の妻の顔を忘れるんじゃないわよ」


 ローハン、冷たい目でヨウコを見返す。


「ヨウコはもういない。嘘をつくな」

「前回とまったく同じパターンね。私はここにいるでしょ? いい加減に目を覚ましなさい」

「目を覚ますって? 目なら覚めてるよ」

「それなら私がわかるはずでしょ?」


 ローハン、首を傾げてヨウコを見つめる。


「君は本当にヨウコだっていうの?」

「そうよ。わからないの?」

「……君はすごいパワーを持ってるね。でも、機械でもない。俺のヨウコはそんなんじゃないよ」

「私は一度死んだけど生き返ったのよ。『じいさん』に頭にチップを入れられて人間離れしちゃったけど、それでも昔と同じヨウコなの」


 ローハン、ぼんやりとした笑みを浮かべる。


「そうだ、そうだったね。夢の中ではそうなんだ。ヨウコは『天使』になるんだって言ってたよ。ずっとずっと幸せに生き続けるんだって。いつだって夢の中ではハッピーエンドなんだ」

「夢? 夢って何のこと?」


 ローハン、うつろな目でヨウコを見る。


「君は本当にヨウコだって言うんだね?」


「うん、そうよ」


 ローハン、ヨウコに歩み寄ると冷たい手でヨウコを抱き寄せる。


「うわ、ローハン、冷たいよ」


「もし君がヨウコなら今度こそ君を守らなきゃならないな」


 ローハン、冷たく笑う。


「心配はいらないよ。ヨウコを傷つけるモノは俺がすべて排除する。今度は君を失ったりはしない」

「傷つけるモノって?」

「俺以外のすべてのモノだよ」

「ちょ、ちょっと待ってよ。自分が何言ってるかわかってるの? 冗談じゃない。離してよ」


 ヨウコ、ローハンを突き放して、数歩下がる。サエキから『通信』が入る。


『ヨウコちゃん、聞こえる? どこにいるの?』

「ローハンの心の中。また何もかも凍りついちゃってるの」

『戻って来てくれないか。大変なことになってるんだ』

「今、取り込み中なのよ。後にしてもらっちゃダメ?」

『世界中でネットワークが分断されていくんだ。今、キースが原因を探してる』

「それ……ローハンだ」

『え?』

「ローハンがやってるのよ 」

『嘘だろ? 敵の攻撃じゃないのか?』

「敵? ……そうね、そうかもしれないわ」

『そうかもしれないって、今、ローハンがやってるって言っただろ? わけがわかんないよ』

「話は後よ。ローハンを止めなきゃ。キース、手を貸して」


 ヨウコの隣にキースが現れる。


「ヨウコさん、どうなってるの? 片っ端から修復してるんだけど僕の力じゃ追いつかないよ」

「全部ローハンの仕業なの。何かとんでもない事をしようとしてる。止めなきゃ大変なことになるわ」


 ローハン、冷たい目でキースを見つめる。


「そこのお前。お前が誰だか知ってるぞ。お前のせいでヨウコは……」

「何を……何を言ってるの?」

「ずっとこんな感じなのよ。言ってることが支離滅裂なの」


 ローハンがキースに向き直ると、キースの顔に恐怖の色が浮かぶ。


「……ヨウコさん、こいつ、本当にローハンなの?」


 ローハン、キースに向かって手を延ばす。


「キース、逃げて。あなたを殺す気だわ。ここにいちゃ危ない」

「でも、ヨウコさんを残しては行けないよ」

「あなたなら今何をすべきなのかわかってるでしょ? ここにいても足手まといよ。あなたは被害を食い止めて。ローハンは私にしか止められない」

「でも……」


 ヨウコ、ローハンに抱きついて押しとどめる。


「早く行きなさいって!」


 キース、一瞬ためらった後に姿を消す。 ヨウコ、辛抱強くローハンに話しかける。


「ローハン、やめて。あんたが世界を滅ぼしてどうするのよ?」

「俺はヨウコを守りたいだけなんだよ。ヨウコを苦しめるものは全部消えてしまえばいいんだ」

「でも、世界がなくなっちゃったら私も生きていけないよ。ルークもアーヤもタネだって生きていけないわ」


 ローハン、無表情でヨウコを見つめる。


「どうしちゃったの? そんな事もわからなくなっちゃったの?」


 ヨウコ、泣きそうな顔でローハンを抱きしめる。


「あなたを止めるわ。壊さずに止められるかどうかわからないけど……でも、こんなに冷たいあなたをもう見たくないの」


 ヨウコ、はっとしてローハンを見上げる。


「……違うわ、サエキさん」

『どうした?』

「『氷』が何を意味してるのかわかったの。悲しみだわ。ローハンは私を失った悲しみに縛られてるの」

『悲しみだって? ヨウコちゃんは生きてるんだから悲しむことなんてないだろ?』

「今のローハンにはわかってないのよ。私が死んだと思い込んでるの」


 ローハン、感情のこもらない声でヨウコに語りかける。


「俺が馬鹿な機械だったから君は殺されてしまった。命令に逆らえず、君が撃たれるのをただじっと見ていたんだ。あれから俺はずっと夢を見てる。夢の中ではヨウコは生きていて、俺と一緒に過ごしてるんだ。でも、夢の最後には必ずここに戻ってきてしまう。あれは現実じゃないって、ただの夢なんだって思い出すために 」

「ローハン、私を見て。私、ちゃんと生きてるよ。死ななかったの。あなたと一緒にここにいるんだよ」

「ヨウコはもういないよ」


 ヨウコ、ローハンの肩を掴んで揺さぶる。


「この馬鹿ロボット! 私はここにいるって何度も言ってるでしょ? 人の話をしっかり聞きなさいよね」


 ローハン、混乱した表情でヨウコを見る。 


「あなたは夢に捕まっちゃったのね。何が現実なのかわからなくなって、ずっとずっと一人で苦しんでたんだ。どうしてもっと早く気づいてあげられなかったんだろう?」


 ヨウコ、ローハンを抱きしめる。


「無茶してプログラムをえぐり取ったもんだから、自分自身に大きな穴をあけちゃったんだね。こんな傷を見落としてたなんて本当にごめんね。今、ふさいであげる。もうそんな恐ろしい夢は見なくていいのよ」


 ヨウコ、ローハンにキスする。周りの真っ白な景色が消え、ローハンが驚いた顔でヨウコを見つめている。


「目が覚めた? 悪夢から抜け出せなくなるなんて、ほんと間抜けな王子様なんだから」

「……どうしてヨウコが俺の中にいるの? 」

「あんたが急に寝ちゃったから、起こしに来てあげたのよ」


 ローハン、不思議そうに辺りを見回す。


「様子がおかしいよ。ネットワークがめちゃくちゃになってる。ヨウコ、何があったの?」


 ローハン、暗い顔でヨウコを見る。


「これ……俺がやってるんだね?」

「うん、そうなの。早く止めてよ」

「ダメだ、ヨウコ。俺には自分が止められないみたいだよ。ヨウコが止めてくれないかな?」

「どうやって? 」

「俺にこの力を与えてるのは『じいさん』のチップなんだよ。だから俺とチップを切り離して欲しいんだ。ヨウコになら簡単だろ?」

「で、でもそんなことしたらローハンが壊れちゃうよ」

「俺を止めなきゃ何もかも壊れちゃうんだよ」

「そんな事できるわけないでしょ?」

「……そうだね。ヨウコに俺が壊せるわけないか」


 ローハン、ヨウコにキスする。


「ねえ、ヨウコ……」

「何なの?」

「……約束、守れなくてごめんね」


 ローハン、にっこり笑うと目をつぶる。


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