ヨウコ、フギンと話す
居間 ヨウコとサエキ、ソファに座っている。
「ね、サエキさん、前から聞きたかったんだけどさ、24世紀ってどんなところなの?」
「どういえばいいのかな、この時代よりずっといいところだよ。でも三百年以上経ってるのに、世の中、不思議なくらい変わってないなあ」
「でも、テクノロジーはものすごく発達してるんでしょ? 人間、作っちゃうぐらいだし」
「うん、その点ではヨウコちゃんの時代と江戸時代くらいの違いはあるよ」
「サエキさんはこんな大昔にいてさびしくないの?」
「俺、こんな仕事してるけど、あまりそのテクノロジーと相性が良くないんだ。頭にもいろいろ入れてるけど、なんとか使えるのは通信くらいかな。必要ならネットには繋げるけどすごく疲れる。こっちにいる方が落ち着くよ」
「おちこぼれなのね」
「ヨウコちゃん?」
「24世紀でも今みたいにたくさんの国に分かれてるの?」
「今の国家は地方自治体みたいな扱いになってるよ。いろいろあったけど文字通り世界はひとつになってるんだ」
「民主主義なのかしら?」
「うん、みんな好き勝手に暮らしてるよ。投票で選出された議員達と五基のスーパーコンピュータが世界を動かしてるんだ。社会主義的なところもずいぶんあるんだけど、みんな気にしてないみたいだな」
「ってことはみんな幸せなのね」
「大多数はね。いつだって不満分子はいるだろ。あとこの時代と違うのはね、24世紀には『守護天使』がいるんだ」
「宗教国家なの?」
「そんなんじゃないよ。『天使』っていっても既存の宗教やオカルティズムとは全く関係ない。誰かが勝手にそう呼びだしただけでさ。なんていうのかな、うまく説明できないけど、どこかに俺たちを見守ってくれてる存在がいるような気がするんだ。まったく信じてない人もいるけどな」
「へんなの。その『天使』にいつも見張られてるの?」
「そんなんじゃない。でも見守られてる安心感はあるよ。期待に答えなきゃって緊張感もね。この時代よりも人の善意が大切にされてるんだ」
「『天使』はよくわかんないけど、未来が明るいと聞いて嬉しいわ」
「三世紀も先の話だけどね」
「そう? でも嬉しいでしょ? そうそう、サエキさんの『会社』ってどうなってるの? サエキさんは下っ端だから島流しにされてるわけじゃなかったのね。ローハンが超エリートだって言ってたけど」
「……島流しってなんだよ。帰りたいときには帰れるよ。こっちが好きでこっちにいるの」
「ふうん。こんな大昔の生活に不便を感じないの?」
「それがいいんだよ。未開の地でキャンプしてるみたいだろ?」
「そこまで不便だったとは……」
「それに俺は『天使の卵』を探してるんだ」
「なにそれ?」
「俺たちの時代の『守護天使』がね、最初に現れたのはだいたいこの時代だとされてるんだ。だから『天使』の正体がなんであれ、その出現の兆しをこの目で見られたらいいなあ、って思ってる」
「それが『天使の卵』?」
「俺は『天使』を信じてるからな。まあ、聖杯を探すようなもんだけど、せっかくこっちにいるんだから、そういうのも楽しいだろ? ただの夢だよ」
「つかみどころのない話ねえ。よくわかんない『天使』は置いといてさ、『会社』について教えてよ」
「そうだな。みんな『会社』って呼んでるけど、実際は政府の一部門なんだ。ただのあだ名みたいなもんかな。そこでローハンみたいなのを研究開発したり、スーパーコンピュータを作ったりもしている」
「社長さんとかいるの?」
「『会社』を管理してるのもうちで作った馬鹿でっかいコンピューターで、さっき話した五基の一つなんだ。ガムラン、っていうんだけどね。五基の中でもこいつが一番でかい」
「サエキさんの上司のガムさんのこと? 人間じゃなかったんだ」
「業務が複雑なんで人間だけじゃ管理しきれないんだよ。職員は多いんだけど、上はほんの一握りの人間とガムで取り仕切ってるよ」
「私にこんな事、教えちゃって叱られないの?」
「このくらいなら構わないよ。だってヨウコちゃん、誰に話すつもり? 話しても誰も信じないだろ」
「私が遊びに行っちゃだめなのよね」
「過去から人を連れていっちゃいけないことになってるからね。残念だけど」
「未来の世界じゃ21世紀にあったことなんて全部記録に残ってるんでしょ?」
「そうでもないんだよ。実をいうと21世紀以降に起こったことはかなりの部分が謎でさ。誰かが意図的に消してしまったらしいんだ。だから『天使』のことなんてちっともわからない。芸術や文化に関するものはかなり残ってるんだけどね。ついに21世紀に来れるようになって歴史研究者達は大喜びだよ」
「研究者? じゃあ、もしかしてこっちに来てる人がサエキさん以外にもいるってこと?」
「うん、常時、五千人くらいはいるよ」
「そんなに?」
「長期滞在者が半分くらいかな。残りが旅行者や研究者だな」
「旅行にも来れるの? 正体がうっかりバレたりしないのかしら」
「事故や急病で病院に運ばれたときが一番困るんだ。みんな何かしら身体に人工部品を入れてるからね。だからいつも処理班が控えてる」
「トラブル時に駆け込める大使館なんてないのよね。当たり前か」
「大使館はないけど業務処理とか情報収集をやってもらえるようにこの時代にも一台スーパーコンピュータが設置してあるんだよ。問題があればすぐに対処してくれるし、奴を通せばこの時代に来てる人と連絡が取れるしね」
「そんなものを置いといて、うっかり見つかっちゃたりしないの?」
「シベリアの地下の岩盤の中だから絶対に見つからないよ。24世紀からしかアクセスできないし。いつも退屈してぶつぶつ言ってるよ。そうだ、ヨウコちゃん、しゃべってみる?」
「ええ? コンピュータと? 機械となんて何を話せばいいのかな?」
「ヨウコちゃんは直接通信できないから携帯にかけてもらおう。そうそう、俺とローハンはヨウコちゃんのところに、この時代の研究のためにホームステイしてることになってるんだ。『じいさん』に関しては、誰にも話しちゃいけないことになってるからさ」
「ホームステイねえ。じゃあ、ローハンと私は……」
「なんの関係もないってことにしてくれれば助かるよ。ちょっと待って、奴に連絡取るから」
サエキ、集中する。
「何してんの?」
「通信であいつに話しかけてるんだよ」
「頭の中で電話をかけるようなもんなんでしょ? ずいぶん気合を入れなきゃなんないのね。電話機、使ったほうが楽じゃない?」
「普通はもっと簡単なんだよ。俺、こういうの苦手だって言っただろ?」
ヨウコの携帯が鳴る。ヨウコ、慌ててバッグから携帯を出すとボタンを押す。
「えー、はろー?」
サエキが笑う。
「なんだよ、それ? 日本語でいいよ」
電話の向こうから声が聞こえる。
『はじめまして。ヨウコさん』
「はじめまして。えーと……」
口ごもったヨウコにサエキがささやく。
「そいつ、フギンって言うんだ。フギン」
「おかしな名前ね」
「ああ! 名前の事、気にしてるんだよ。謝ったほうがいい」
「ごめんなさい。私、口悪いから」
『知ってます』
「はあ? 何で知ってるのよ」
『ガムランからの依頼でヨウコさんのデータ集めをしましたからね。理由は聞いていませんが』
「データ?」
『たいていの事なら知ってますよ』
「例えばどんな事?」
『産まれた時の体重から好きな音楽、交友関係、調べられる限りのことはね』
「そうなんだ。じゃあ自己紹介もいらないわね。……余計に話題がないんだけど」
ヨウコ、少し考える。
「フギンっていい声してるのね。誰かを思い出すんだけど誰だろう?」
『営業用の声なんですよ。そちらはよいお天気ですね』
「洗濯物が乾いて助かるよ。明日は雨らしいけど」
『明日は降りませんよ。降っても夕方からです』
「ほんと?」
『ニュージーランドは天候の変化が激しいんで80%くらいの確率ですけどね。気象庁よりは僕の予想の方が当たりますよ』
「じゃあ、これから天気予報はあなたに聞くわね」
サエキ、慌てて割り込む。
「悪いけど俺の許可なくしゃべらせるわけにはいかないんだ」
「なんだ。面倒なのね」
「いろいろと規則があるんだよ」
『こっそり電話しますよ』
「勝手なまねするな。もう、相変わらずわがままだな。今日はここまでだ。切るよ」
「じゃあね」
『ヨウコさん、また電話くださいね』
ヨウコ、電話を切る。
「なんだ、普通の人じゃない。本当に機械なの?」
「ガムランなんてあんなもんじゃないぞ」
「なんで私のデータ集めなんかさせたのよ?」
「ローハンを作るのに必要なデータを収集してもらったんだ。『じいさん』からの情報だけじゃ足りなかったんでね」
「そういうことか。なんだか世界観が変わったなあ。未来からたくさん人が来てるなんてびっくりよね。結構身近にいたりして。ルークの学校の隣のお店のおじさんとか怪しいよね」
「アショークのこと? よくわかったなあ!」
「ええ!」




