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電気羊飼いと天使の卵  作者: モギイ
第一幕
2/256

ヨウコ、再びローハンに会う

 翌日、ヨウコが落ち着かなげに部屋の時計を見上げると、もうすぐ一時になろうとしている。意を決したように、上着を羽織り外へ出るとすぐに雪が降り出す。

                                               

 図書館前でヨウコが辺りを見回す。雪は激しさを増して、路上にも積もり始めている。


「そうよね。いるわけないか。私って学習能力ないなあ」


 いきなり、雪まみれになったローハンが後ろから声をかける。


「ヨウコ!」

「うわあ!」

「来てくれると思ってた」

「図書館に本を返しに行ったのよ。なんでこんなとこに座ってるの? 頭に雪が積もってるじゃない」

「昨日の本、もう読んじゃったの?」

「そう、そうなの。私、読むの早いから」

「それなのに次の巻は借りなかったんだね」

「しばらく忙しくなるから読む暇ないんだ」

「ふうん……。貸し出し期間は四週間もあるのに、わざわざこんな酷い天気の日に返しに来るんだ」


 ヨウコ、赤くなる。


「あんた、図書館関係者なの? いつ返そうが私の勝手でしょ? じゃ、帰るから。さよなら」

「コーヒー、飲もうよ。おごるからさ」


 ヨウコ、いきなりくしゃみをする。


「帰るってば」

「雪が降ってるのにそんな薄着で来るなんて馬鹿だなあ」

「馬鹿とは何よ。 家を出たときには雪なんて降ってなかったのよ」

「三十分したらやむよ。それまでカフェに入ろうよ。あったかいよ」


 ローハン、ヨウコの手をつかんでひっぱっていく。


「なんでわかるの?」

「丘の向こうは晴れてるからさ。もうすぐ晴れ間がこっちに来るよ」

「丘の向こうなんて見えないじゃない」


 ローハン、何も言わずに微笑む。ヨウコ、急に寒さを感じて身震いする。


「わかった。じゃ、三十分だけね」


        *****************************************

                                               

 トニーのカフェの中 ヨウコがローハンのマフラーを巻いて暖炉の前に座っている。


「大丈夫? ちょっと湿ってるけどコートも着る?」

「温まってきたからいいよ」

「いいから着ときなって。風邪ひいたら大変だよ」


 ローハン、自分のコートをヨウコの肩にかける。


「ほら」


 ヨウコ、コートを羽織りながら無意識ににおいをかぐ。


「どうしてにおいなんて嗅ぐの?」

「癖でついつい嗅いじゃうのよ。ほっといてよ」

「俺、臭うかな? ヨウコと何があってもいいように、ちゃんとお風呂に入ってきたんだけどな」

「はあ?」


 トニー、ウキウキと飲み物を運んでくる。


「男を待たしちゃ駄目じゃないの。この人、ずっと外にいたのよ。雪が降ってきたから入りなさいっていうのに入らないし」


 ローハン、恥ずかしそうに頭をかく。


「また時間を間違えちゃったんだ」

「マシュマロ、おまけしておいたわよ」

「ありがとう」


 トニー、ローハンに微笑みかけると、テーブルに飲み物を置いて立ち去る。

 

「もてるわねえ。 ……マシュマロもらってマジに喜んでる?」

「うん。なんで?」


 ローハンにまた見つめられて、ヨウコ、赤くなる。


「見ないでよ」

「ヨウコが来てくれてよかったよ」

「だから図書館に用だってば。なんか普通の話しようよ」

「普通の話ってどんな話? そうだ、この後、一緒に遊びに行こうよ。俺、今日は一日暇なんだ」

「その話題じゃなくて」

「そこの美術館で印象派展をやってるよ。あんまり有名な絵は来てないけど、モネとかモリゾとか見れるよ」

「え、ほんと? そんなのいつからやってたんだろ?」

「興味ある?」

「ある」


 ローハン、胸ポケットからチケットを取り出す。


「ちょうど前売りチケットが二枚あるんだ。美術館デートだね」


 ヨウコ、赤くなる。


「……トイレ行ってくる」

「冷えてお腹こわしちゃったの? 全部出したらすっきりするよ」


 ヨウコ、ローハンを睨む。


「こわしてない」


 ヨウコ、ローハンのコートを椅子の背に掛けて洗面所に向かう。しばらくして出てくるとカウンターへ行って、トニーに話しかける。


「トニー、ラテを追加ね。カフェイン取りたい気分なの」

「ヨウコ、あんたの彼氏、凄いわね。今までどこに隠してたの? 親友のあたしに教えてくれないってどういうことよ?」

「彼氏じゃないよ。昨日ここで会ったばかり」

「あら、そうなの? でもいい感じじゃない? 今日もかわいい子に声かけられてたのに、ずっと待ってたのよ。雪ダルマになってさ」


 ヨウコ、自分の頭を指す。


「それがさあ、顔はいいんだけど、ここがかなりおかしいみたいなの」

「あたしならとりあえずはキープしといて、それから考えるけどな」

「私、いつも男で失敗してるからさ。最初から怪しいと分かってて手を出す度胸ないよ。からかわれてるだけかもしれないしね」

「確かにヨウコは男運がないものねえ。はい。ラテ、どうぞ」


 席に戻ってきたヨウコを、ローハンが嬉しそうに迎える。


「おかえり。すっきりした?」

「……気になって仕方ないから聞くけどさ、あなた、どこかの病院から抜け出して来たの?」

「それって嫌味だね。ヨウコはきついことばかり言うなあ。 初対面なのに」

「昨日も会ったでしょ?」

「ほんとだ。俺たち、毎日会ってるんだね」

「昨日と今日の二日で毎日とはいいません。明日会う可能性は全くないし」

「つれないなあ。それじゃ、モテないよ」

「モテないです」

「俺がいるから安心して」

「そうじゃなくって……」

「俺もトイレに行こうかな。いない隙に逃げないでね」


 ローハン、立ちあがる。


「おごってもらっといて飲み逃げなんかしないわよ。あ、ちょっと、こっち向いて」


 ヨウコ、手を伸ばして、紙ナプキンでローハンの口についた泡を拭くが、慌てて手をひっこめる。


「ご、ごめん、子持ちなもんでついくせになってて……」


 真っ赤になって固まったローハンを、ヨウコが訝し気に見つめる。


「……あんた、もしかして本当に私に気があるの?」


 ローハン、黙ったままうなずく。赤くなったヨウコに、ローハンがそのままかがんでキスをする。


「うわ! ちょっと、ちょっと待ってよ」

「俺じゃ駄目なの?」

「駄目!」

「そこをなんとか」


 ローハン、ヨウコの腕をつかもうとするが、ヨウコが振りほどいて立ち上がる。


「なんとかならない」


 ヨウコ、自分の上着とバッグをつかむと店から走り出る。


「……また逃げた」


 ローハン、悲しそうにトニーの方を振り返る。トニー、カウンターから出てローハンのところへやって来る。


「惜しかったわねえ。あれで落ちないとはヨウコもたいしたもんだわ」

「俺、そんなに怪しいのかなあ?」

「あの子、男で散々苦い経験してるからさ、野生動物みたいに疑い深くなってるの。あんたってなまじ顔がよすぎるから、どうして自分に興味があるのか理解できないんでしょ」


 ローハン、呆然として自分の顔に触れる。


「俺、そんなにいい男だと思う?」

「ほんとにおかしいんだ。ヨウコの言った通りだわ」

「そんな事言ってたの? やだなあ」

「あの子さ、すごくいい子なのよ。あんたも目の付け所が違うわね」

「うん、知ってるよ。でも、どうやったら俺の事、信じてもらえるんだろ?」

「あんたにだいぶ惹かれてるからさ、諦めなさえしなければ希望はあるわよ」

「ほんとにそう思う?」


 トニー、急に真面目な表情になって、ローハンの顔を見つめる。


「あんたの方は真剣なんでしょうね。あの子、あたしの親友なんだからね。ヨウコを泣かすようなことがあれば、もうマシュマロなんてサービスしないわよ」

「どうして俺がヨウコを泣かせなきゃなんないのさ?」

「ちょこっと付き合って捨てる気じゃないわよね? あんた、仕事はしてるの? 奥さん、いたりしないわね? あの子にはトラブル背負い込む余裕なんてないんだからね」

「おとうさんみたいだな」


トニー、ふくれて見せる。


「まあ、おかあさんって言って欲しいわ」

「俺の事、信用してもらって大丈夫だよ」

「だったらさ、コーヒーをもう一杯いかが?」

「コーヒー?」

「あの子、しばらくしたら戻ってくるわよ。五十パーセントぐらいの確率かな。今日来なくても明日は間違いなく来るからさ。すぐにまた会えるわよ」

「自信たっぷりなんだね」


トニー、にこやかに笑う。


「女心だったら任せてよ」         


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