ガムランとエリザベス
24世紀 エリザベスの家の居間 ガムランが勢いよく飛び込んで来ると、椅子に座っている老女に話しかける。
「何を考えてる? 本気なのか?」
「もう聞いたの? あなたに隠せることなんて何もないのね」
「まだ20年は生きられるだろ? もったいないことをするな」
エリザベス、微笑む。
「ニールが死んでからね、自分がどうして生きてるのかわかんなくなっちゃったの。この先、何十年も一人で生きていくなんて苦痛でしかないわ」
「子供たちがいるだろう? ミータはどうするんだ? 先月産まれたばかりじゃないか。曾孫の成長を見届けたくないのか?」
「機械のあなたにはわからないのかしら? 彼がいないのに生きてたって仕方ない。やっとこの歳になって死ぬ権利をもらえたのよ」
エリザベス、ガムランを見上げる。
「あなたにはこの先一緒に歩いてくれる人はいるの? まだ何世紀も生きてくつもりなんでしょう?」
ガムラン、憂鬱そうに笑う。
「俺にはおっかない奥さんがいるからな。寂しくはないさ」
「その冗談、私が子供のころからあったわね。ほんとに奥さんがいるのかと思ってショックだったのよ。私あなたに恋してたから」
「知ってるよ。思春期の女の子に惚れられるのは日常茶飯事だ。俺が本当の男じゃないって気づくまでの話だけどな」
「気づいてからも好きだったわ。ニールと出会うまではね。声だけ聞いてるのに我慢できなくなって、あなたの端末を見にわざわざニューヨークまで行ったもの」
「それも知ってたよ。それまで毎日話してたクセに赤い顔して話しかけてきたもんな」
「あれから80年も経つのにあなたは何一つ忘れないのね」
「そういう風に作られてるんだ」
ガムラン、エリザベスを抱き寄せる。
「本当に思い直す気はないのか? すべてはこれからなんだ。一緒に見届けてほしい」
「ありがとう。でももう決めたから。……それにあなたには本当に大切な人がいるのね」
ガムラン、笑う。
「ああ、いるよ。だから俺は平気だ。心配するな」
「あなたがいつもそばにいてくれたから幸せに暮らして来られた。私にとってはあなたこそが『天使』だったわ」
ガムラン、苦笑いする。
「俺に散々説教してきたくせに今になって優しいことを言われても困るんだがな」
「この世界を頼むわね。でも、あまりみんなを甘やかしちゃだめよ」
「わかってるよ。任せとけ」
ガムラン、エリザベスの耳元に顔を寄せると何かをささやく。エリザベスの顔が輝く。
「俺たちだけの秘密だ。天国だか来世だか知らんが、そこに着くまでは自分の胸にしまっておけよ」
ガムラン、エリザベスの額にそっとキスすると足早に部屋から出て行く。
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キッチン ヨウコが椅子に座り込んでこめかみを押さえている。入って来たローハンが心配そうに話しかける。
「ヨウコ? また頭が痛むんだね」
「大丈夫。薬を飲んだとこなの。すぐに効くわ」
ローハン、隣に座ってヨウコの肩を抱く。
「昨日の晩から様子がおかしいよ。何かあったの?」
「ローハン」
「なに?」
ヨウコ、ローハンの顔をじっと見つめる。
「ローハン、愛してる」
「……ど、どうしたのさ?」
「伝えられるうちに伝えておかないとね。……後悔するから」
「不吉なこと言わないでよ」
ヨウコ、ローハンを抱きしめる。
「私があなたのこと、大好きだったって絶対に忘れないで」
「やめてったら」
ヨウコ、微笑む。
「サエキさん達を呼んだ。みんなと話したいことがあるんだ」
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キッチン ヨウコ、ローハン、キース、ハルノの四人がテーブルを囲んでいる。
慌てた様子で入ってきたサエキにハルノが声をかける。
「サエキさん、遅いよ」
「すまん、庭で晩飯に使う野菜を探してたんだよ」
ヨウコが一同の顔を見渡す。
「じゃ、家族会議を開きます」
「あらたまった会議なんて久しぶりだな。何かあったのか?」
「今日は私についてみんなと話し合おうと思って」
「ヨウコちゃんについて?」
「最近また頭痛がひどくなってるんだ。薬で治まるんだけど痛みの間隔が短くなってきてるの」
ヨウコ、サエキの顔を見据える。
「私、もう長くないんでしょ?」
「何を言い出すんだよ」
「ごめん。どうしても気になってサエキさんの補助記憶装置の中のファイル、勝手に見ちゃった。私の頭の中、凄いことになってるのね。みんなも知ってるんでしょ?」
ローハンが怒った顔をする。
「どうりで様子がおかしいわけだよ。サエキさん、そういうものは24世紀においとかなきゃダメだろ? ヨウコから隠すなんて不可能なんだからさ」
「いいのよ。覗き見した私が悪いんだから。『饅頭』がすっかり大きく育っちゃって、いろんなところに入り込んでたわ。今も成長してるのね」
ヨウコ、サエキを見る。
「私があとどのくらい生きられるかサエキさんは知ってるの?」
「見ちゃったんだったら仕方ないな。ウサギの予想じゃ長くて半年ってところだそうだ。症例がないのでなんとも言えないが、もしこのままのペースで成長を続けるようならな」
「そうか。どうしようもないのよね」
「今の時点ではね。もしかしたら成長が止まるかもしれないだろ? ウサギたちも治療法を探してくれてる。それに俺には『じいさん』がヨウコちゃんを見捨てるとは思えないんだ。ローハンのチップが問題を起こした時みたいに、必ず助けてくれると信じてる。本当に望みがないとはっきりわかるまではヨウコちゃんには黙ってるつもりだったんだよ」
「でも、ウサギさんの所見じゃ、私の脳みそ、機能できるギリギリのところまで食い潰されてるんでしょ? たとえ今、饅頭が成長を止めてももう手遅れなのよ」
ローハン、暗い表情でヨウコを見つめる。
「ヨウコ……」
「だからローハン、私に優しかったのね。キースとのことにも何も言わないし……」
「そんなんじゃないよ」
「私ね、大好きな人たちに囲まれてとっても幸せなの。もうちょっとだけこの幸せが続いて欲しかったなあ」
「まだ死ぬと決まったわけじゃないんだから、そんな事言わないでよ」
ヨウコ、ローハンの顔を見て笑う。
「でもね、例え明日死んでも幸せだよ。後悔はしない。『じいさん』はちゃんと『一つ目の願い』を叶えてくれたの。もう昔みたいに惨めな私じゃないから安心してね」
ずっと黙っていたキースが顔をあげる。
「ヨウコさん」
「なに?」
「ヨウコさんは死なないよ」
「……なんでわかるの?」
「だって僕は24世紀でヨウコさんに会ったから」
キース、笑う。
「『守護天使』の正体はヨウコさんなんだ」




