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電気羊飼いと天使の卵  作者: モギイ
第四幕
196/256

キース、反省する

 キッチン キースがパソコンデスクの上に座っている。ルークはテーブルで宿題をしている。 サエキが入ってくると不思議そうにキースを見る。


「……お前、何やってんだよ? 机の上に座るなんてお行儀悪いだろ? こっちの椅子に座れば?」


 ルークが顔を上げる。


「ダメだよ。スーパーコンピュータは反省中なんだから」

「その呼び方、なんとかならないの? これでも僕は君のステップファーザーなんだけどなあ」

「スーパーコンピュータって凄くカッコいいじゃないか」

「でも、よその人が聞いたらおかしな人みたいだろ?」

「わかったよ。ステップファーザー」


 サエキが笑う。


「それもおかしいだろ? ルーク、『おとうさん』って呼んでやれよ」

「おとうさんが二人いちゃまずいんだろ?」

「身内の前ならかまわないよ」

「僕はただ普通に『キース』と呼んでもらえればそれでいいんですけどね」

「ところで、反省中って……もしかしてヨウコちゃんを怒らせたの?」

「『コンピュータならコンピュータらしくコンピュータデスクの上に座ってろ』って言われました」

「早口言葉みたいだな」


 ルーク、肩をすくめる。


「今日はおかあさん、機嫌が悪いんだ」

「お前、何やったの?」

「秘密です」

「なんだか嬉しそうに見えるんだけど?」

「ヨウコさん、やっと最近怒ってくれるようになったんですよね。ローハンが何やっても怒るのに、僕にはまだまだ他人行儀なところがありますからね」

「そうか。いつまで座ってなきゃいけないの?」

「ヨウコさんが許してくれるまでかな?」


 ルークがノートをキースに見せる。


「ねえ、これあってる?」

「方程式を間違えたね。ここは足さないと」

「しまった」

「なんだか落ち着かないみたいだね。トイレ?」

「うん、おしっこ行ってくる」


 ルーク、出て行く。


「サエキさん。ルークの事なんですけど」

「どうした?」

「この子は伸びますよ。適切な教育をほどこされれば、の話ですけどね」

「お前が言うほど凄いのか? たしかに頭のいい子だとは思うけどな」

「発想が柔軟なんです。学校でも『ギフティッド チルドレン』のクラスに入ってますよね」

「宿題はよく忘れていくのになあ 」

「この時代の教育しか受けられないなんてもったいないですよ。記憶用のチップが一つあれば済むことを、十年以上かけて頭に詰め込むだけでしょう。それも全部覚えていられるわけでもない」

「この時代に生まれたんだから仕方ないよ」

「イワモト=ザイツェフ方式の判定テストを受けさせたんです。本人には気づかれないようにね」

「で?」

「指数は8972でした」

「ルークが? 嘘だろ?」

「もちろんいくら指数が高くても脳みそをいじらなきゃ意味がないんですけどね。宝の持ち腐れですよ」

「何が言いたい」

「24世紀につれてっちゃったらどうですか? まずは留学って形でね。ヨウコさんと本人が賛成すればの話ですけど」

「ええ? そんなの無理に決まってるだろ?」

「ガムランは優秀な人材を欲しがってます。彼さえ納得すればルールなんていくらでも曲げられるでしょ」

「でもなあ……」

「ルークの夢はね、ロボットを作ることだったんですよ。それなのにローハンやハルちゃんみたいなロボットを見てしまった。この時代でいくら努力したって生きてるうちに彼らみたいなロボットは作れないのは子供にだってわかりますからね」

「それでも未来のロボット工学の礎になることはできるよ」

「サエキさんならそれで満足できますか?」

「お前はずいぶん熱心なんだな」

「子供の才能を見つけて伸ばすのは親の役目でしょ? 夢をかなえる手助けをするのもね」

「……ガムに話すだけ話してみるよ。じゃ楽しく反省してくれ」

「はい」


 サエキ、出て行く。


        *****************************************


 サエキが居間に入ってくるとタネを抱いたヨウコに話しかける。


「ヨウコちゃん、キース、何やらかしたの?」

「いつもの失言よ。たいしたことじゃないよ」

「でも、反省しなきゃならないようなこと言ったんだろ?」

「たまには怒ってみせてあげようかと思って。いつもローハンのこと、羨ましそうに見てるからさ」

「そういうことか。ヨウコちゃんが自分に対しては他人行儀なんだって嘆いてたぞ」


 ヨウコ、笑う。


「そんな事はないんだけどね、あの人、完璧過ぎるから怒る機会があんまりないのよ。キースってほんと寂しがり屋なんだね」

「そうだな」

「もう許してあげたほうがいいかしら?」

「嬉しそうにしてたから、もうしばらく反省させといてやれよ。ところでな、キースが言うにはルークは天才児だそうだ」

「はあ? ルークが?」

「イワモト=ザイツェフ方式知能テストってのがあってな、それをキースがこっそり受けさせたんだ。24世紀じゃ十代前半の子供に受けさせることになってるんだよ。完全に生身でいるうちにな」

「学力テストなの?」

「全然違うよ。この時代、どれだけ教科書の中身を暗記したか、どれだけ計算が素早く正確にできるかってのがものすごく重要だよな? それができなきゃ入学試験にだって受からないだろ?」

「うん」

「24世紀では記憶力や計算能力にはたいした個人差はみられないんだ。頭の中に記憶装置と計算機が入ってるわけだからね」

「確かにそうよね」

「その知能テストは機械の力に左右されない能力を測定するために考案されたんだ。発想力や創造力、考察力なんかをな。それに脳内の補助パーツを総合的に使う能力も予測できるんだ」

「つまり子供の頭の中に便利グッズを詰め込んだらどれだけ賢くなれるのか前もって調べておくのね」

「そんな感じだな」

「テクノロジー不適合者のサエキさんはテストの結果が低かったの?」

「いいや。テストを受けた段階じゃかなり期待されてたんだけどな。手術を受けてみて機械との相性が恐ろしく悪いことがわかった」

「治せないってことは原因がわかんないのね?」

「残念ながらな。数百人に一人、俺みたいなのが生まれるんだ」

「そんな人が『会社』のエリートだってのが不思議ねえ」

「だろ? 『会社』に入ってからはガムが俺の弱点を補完してくれてたからな、そんなに不自由でもなかったな」

「ガムさん、ずいぶんとサエキさんに優しいわよね。昔、何かあったの?」

「いいや。あいつは誰に対しても親切だよ。態度は悪いけどな」

「だからってサエキさんほどテクノロジーと相性の悪い人を腹心に選ぶかしら?」


 サエキ、居心地の悪そうな表情になる。


「俺はあいつの腹心なんかじゃないよ。周りにはそう見えてるのかもしれないけどな」

「こっちに来るまでは『会社』でどんな仕事をしてたわけ?」

「社内をうろうろしてたんだ」

「はあ?」

「それも大切な仕事なの。もう聞くな。ルークの話に戻ろうよ」

「わかったわよ。ルークが天才ならうちの子で普通なのはタネだけになっちゃうわね」


 ヨウコ、眠るタネの顔を眺める。


「そうはいかないだろうなあ。キースの端末のDNAは知能の高い人間のモノをベースに組まれてるはずだって言っただろ?」

「うん 」

「前回戻ったときに調べてみたんだけどな、ベースに使ったDNA配列はとてつもなく頭のいい人間のモノだったんだ」

「ふうん」

「誰なのか知りたい? 」

「24世紀の人なんでしょ? 聞いたって私にはわかんないわよ」

「ブリーゲル博士だ」


 ヨウコ、顔色を変える。


「げげ、あの変人? やだなあ、そんな人から遺伝子を受け継いでるなんて。タネが将来おかしくなっちゃったらどうしよう」

「博士は人類の宝だぞ。なんて失礼なことを言うんだ」


 ルークとローハンが入ってくる。


「宿題終わったよ。ええと、『新しいほうのおとうさん』、寂しそうだからそろそろ許してあげたら? 『古いほうのおとうさん』と遊んでくるね」

「『新しいほうのおとうさん』って、キースのこと? じゃ、許してあげるかな」


 ローハン、ルークに尋ねる。


「ねえ、ルーク。『斜めテニス』と『二人クリケット』、どっちやりたい?」

「球拾いが面倒くさいからどっちも嫌だな」


 ヨウコ、はっとしてルークを見る。


「そうだ、ルーク。これからはタネにロボットのおもちゃを見せないようにしてね」

「どうして?」

「将来、レトロなロボットの身体が欲しいなんて言い出したら困るでしょ?」


 サエキが呆れた顔をする。


「そんな心配、今からすることないだろ?」

「幼児期の影響って大きいのよ。あのまま順調にいけばキースそっくりの美形に育つっていうのに、おかしな道に入られてたまるもんですか。そうだ、タネの周りではロボットは一切禁止にしよう」


 ヨウコ、ローハンを睨むとタネを遠ざける。


「あんたもタネに近づかないでね」

「それはないだろ? お願いだから俺からタネを奪わないでよ。タネを父無(ててな)し子にするわけにはいかないよ」

「そんなの嘘に決まってるでしょ? 悲しそうな顔しちゃってさ」


 キースが入ってくる。


「父無し子ってなんだよ? ここに立派な父親がいるんだけど」

「何が父親だよ。俺の方がお前よりもタネと過ごしてる時間はずーっと長いもんね」

「ほら、またキースが落ち込んだ。そんな意地悪しちゃだめでしょ?」

「悔しいんだったら仕事を減らせば? 今回だって三日間しかいないんだろ? 妻子をほったらかしにしてさ、結婚すればいいってもんじゃないよ。ほら、ルーク、行くよ」


 ローハン、ルークを連れて出て行く。サエキ、キースを見て笑う。


「今のはだな、お前にこっちにいる時間を増やせって言ってるんだよ」

「そうなんですか? それにしてはきつい言い方でしたよ?」

「はっきり言うのが照れくさいのよ。でも、新婚早々置いてけぼりにされた私の気持ちを見事に代弁してくれたわよね」

「ごめん、やっぱり気にしてたんだ。どうしても撮影のスケジュールが変更できなかったんだよ」


 ヨウコ、キースを睨む。


「そりゃ、こんなに長い間戻ってこないんだもん。いくらネットで会えるからってやっぱり寂しくもなるわよ。もしかして欲しいモノを手に入れちゃったから、私に興味を失くしたんじゃないの?」

「そんなはずないだろ? この埋め合わせはするよ。もっとまとめて休みが取れるように仕事も調整する」


 キース、ヨウコを抱き寄せようとするが、ヨウコがすばやくかわす。


「それじゃ、パソコンデスクの上で反省してきてね」

「ええ? また?」


 サエキ、笑う。


「今日はたっぷり怒ってもらえてよかったなあ。今度の怒りは根が深いぞ。簡単には許して貰えないから覚悟しとけ」


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