『軍』からの使者
数週間後 居間でテレビを見ていたローハンが、ヨウコとサエキを振り返る。
「このCMに出てる子、かわいいよね。最近良くテレビで見かけるんだ」
サエキとヨウコ、同時に声を上げる。
「ええ?」
ローハン、不思議そうに二人の顔を見る。
「何? 俺がどうかした?」
「お前がヨウコちゃん以外の女の子をかわいいなんて言ったの聞いたことないぞ」
「私にだって言ったことないじゃない。あんたがほかの女に興味を持つなんてどういうこと?」
「どういうことって……思ったことを言っただけだろ?」
「なんだかショックだなあ。やっぱりあのプログラムを解除しちゃったせいなのかしら?」
「なんだよ。自分は重婚してるくせに」
「だけどさあ……」
「この子、俳優なのかな。キースなら紹介してくれたりして。今度聞いてみよう」
ヨウコ、黙って立ち上がって部屋から出て行く。サエキがローハンを睨む。
「ローハン、やりすぎだ」
ローハン、嬉しそうに笑う。
「ヨウコってかわいいなあ。こんな子にヤキモチ焼いちゃってさ」
「そりゃ、妬くだろ。この子、めちゃくちゃかわいいぞ。お前の目はどうなってるんだよ?」
「そうなの?」
「こじれる前にエイプリルフールだって言ってこい」
「いつもイジメられてるからもうちょっとしてからね」
「どうなっても知らないぞ」
ローハン、驚いた顔でサエキを見る。
「あれ、ヨウコが……」
「どうした?」
「車に乗って出て行っちゃった。GPS信号、追ってみて」
サエキ、眉を寄せて集中する。
「ほんとだ。早く詫びを入れろ」
「繋がらないよ。ブロックされてる」
「空港に向かってないか?」
「飛行機なんてすぐには乗れないだろ?」
「ヨウコちゃんなら簡単だと思うけど? おい、俺のところにヨウコちゃんからメッセージが届いたぞ」
「なんて言ってる?」
「『ローハンがほかの子を好きになれるようで安心しました。やっぱり二股かけてるなんて心苦しいんだ。一人に絞ったほうがお互いのためだよね。サエキさん、ローハンをよろしくね』だってさ」
ローハン、愕然とする。
「そんな……一人って誰だよ?」
「この場合は決まってるだろうなあ。出てったんだからさ」
「ヨウコが俺を捨てるはずないだろ?」
「ヨウコちゃん、キースにぞっこんだよ。結婚早々、あいつが撮影に戻っちゃってがっかりしてただろ? いい機会だと思ったんじゃないの? キースなら間違ってもよその子を見てかわいいなんて言わないからなあ。あれれ、お前が捨てられたら『一つ目の願い』はどうなっちまうんだ? キースならどっちの願いも兼任できるわけだし、問題ないのかな?」
「ちょっと待ってよ、サエキさん。つまり、ヨウコは俺よりもキースを選んだって言いたいの?」
いきなり後ろからヨウコの声がする。
「だったらどうするの?」
ローハンが振り向くと背後にヨウコが立っている。
「……ヨ、ヨウコ?」
「あんな嘘で私を騙そうなんて百年早いわよ」
「でも……あれ、GPSは?」
「自分の居場所ぐらい誤魔化せるってば。単細胞ロボット相手なら簡単よ」
ローハン、ふくれる。
「なんだよ、もう」
「あんたから仕掛けてきたんでしょ? 泣きそうな顔しちゃって情けない」
「かわいいエイプリルフールのジョークじゃないか」
「私のだってかわいいジョークじゃないの。こんなベタな芝居に引っかかるなんてね。私があんたを捨てるわけないでしょ?」
サエキ、笑い出す。
「ヨウコちゃんは挑発されると相手を完膚なきまでに叩き潰さないと気が済まないんだよ。まだわからないのか?」
「だって去年も一昨年も『私を騙そうなんて百年早いわよ』って言われたんだよ。悔しいじゃないか」
ヨウコ、笑う。
「だから百年って言ってるんじゃないの。あと97年頑張ればなんとかなるでしょ」
「だんっだん腹が立ってきた。ヨウコなんてお仕置きしてやる」
ローハン、ヨウコを捕まえて担ぎ上げる。
「ぎゃー、あれは嫌だってば。離してよ!」
「おい、ローハン、お前、何するつもりだ?」
「タイ古式マッサージだよ」
ヨウコを担いでローハンが出て行くと、サエキがおかしそうに笑う。
「なにがお仕置きだ。結局いいように使われてるんじゃないか」
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ヨウコとローハンが家庭菜園で草むしりをしていると、ゲートの前に車がとまり中年の男が出てくる。
男、ヨウコに向かって大声で呼びかける。
「ヨウコさん、ヨウコさんですね?」
ヨウコ、立ち上がってローハンを見る。
「誰だろう? ローハン、あの人、知ってる?」
「ううん。ヨウコはここにいて。何の用か聞いてくるよ」
ローハン、丘を下って男に近づく。
「私は『軍』のものです。ヨウコさんと話をさせていただけませんか?」
「『軍』って反政府軍のこと? じゃ、24世紀の人なの?」
「そうです。ヨウコさんにお願いがあってまいりました」
「先に用件を聞かせて貰えないかな」
「いえ、ヨウコさんと直接お話しするように命じられているのです」
ローハン、ゲートを抜けて男の身体を調べる。
「武器は持ってないみたいだし、強化ボディでもないね」
「ええ、まったくの生身です。探知されては困りますからね」
ローハン、キースに『通信』で話しかける。
「キース、どう思う? 会わせちゃっていいかな?」
『君が一緒なら大丈夫だろう。僕も彼の目的を知りたいよ』
ローハン、男に向かって話しかける。
「じゃ、ヨウコに会わせてあげるよ。俺はロボットだけど人は殺せる。おかしな真似はしないほうがいいよ」
「ええ、わかっています」
ヨウコ、ローハンに呼びかける。
「ローハン、その人は……」
「テロリストなんだ。ヨウコと話したいんだって」
「ええ? テロリスト? どうしてこんなところに?」
ヨウコが近づくと男が驚いた顔でヨウコを見つめる。
「どうしたの?」
男、慌てて頭を下げる。
「すみません。『二つ目の願いのヨウコ』さんは小柄な方だったのですね」
「とても救世主には見えないでしょ? 私に何の用なの?」
「今日はお願いがあって参りました。どうか私たちに力を貸してください」
「何をして欲しいの?」
「あなたにガムランを破壊して貰いたいのです」
「破壊? ガムさんを?」
「ええ、あなたにはその力があると聞きました 」
ヨウコ、男の顔を見上げる。
「お断りするわ。私の知ってる未来の人はみんな幸せそうだもの。ガムさんが間違ったことしてるとは思えないの」
「あいつは機械なんですよ。ガムランが作られてから150年もの間、人類は奴の独裁下にあるんです。このままでは骨抜きにされてしまう。人間の威信を取り戻したいとは思いませんか? 人類の未来を決めるのは人類でなくてはなりません」
「……あなたはこの時代を見たの? 人間が好き放題やった結果がこれよ?」
家の方からサエキが走ってくると、ヨウコに声をかける。
「ヨウコちゃん、大丈夫か? 」
男がサエキを見て愕然とする。
「どういうことだ? どうして『会社のサエキ』がここにいるんだ?」
ヨウコも驚いた顔でサエキを見る。
「あれ、もしかしてサエキさんって有名人だったの? 」
「ご存知なかったのですか? この男はガムランの腹心なのですよ。あなたが協力を拒むのも無理はない。あなたはこいつに洗脳されているんです」
サエキ、困った顔でキースに話しかける。
「あー、キース、どうする?」
『ガムラン破壊ってのは僕としてはそそられるアイデアなんですけどね。今ガムランがいなくなると24世紀はガタガタになりますよ。人間の威信だなんて言ってられなくなるでしょうね。必要な事だけ聞き出してお帰り願うしかないでしょう』
サエキ、男に尋ねる。
「どこから24世紀に渡ったんだ?」
「われわれのおさえている『穴』があるんだ。ガムランは存在を知らない」
「ジェイコブは捕まったはずだぞ。どうやってヨウコちゃんの居場所を知ったんだよ?」
「ほかにも内通者がいる。我々の理解者はジェイコブ一人ではないということだ」
ヨウコ、男の顔をじっと見つめる。
「あなた、息子さんがいる? 」
「ええ、何年も前に組織を捨てて出て行きました。不詳の息子ですよ。どうしてわかったのですか?」
ヨウコ、笑う。
「なんとなくそう思っただけよ」
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ヨウコ達、男の車が走り去るのを見送る。
「あの人、リュウのお父さんだね。両親は『軍』の人間だって言ってた」
サエキがうなずく。
「ああ、良く似てるな 」
「まるでB級レジスタンス映画だわ。馬鹿正直に会いに来て革命に担ぎ出そうとするなんてね」
「24世紀じゃな、人間はもっと素直で単純なんだよ。あの男も純粋に自分の理想を信じてる。ガムに泳がされているとは知らずにな」
「泳がされてる? それじゃ、審査をすり抜けたわけじゃないのね?」
「ああ、ガムはあの男の素性を知っていながら渡航させたんだと。危険がないと判断したんだろうな」
「もしかして、サエキさん、あの人が訪ねて来るって事前に聞いてたの?」
「いいや。ローハンにあの男が来たと聞いて、慌ててガムに問い合わせたんだよ」
ローハン、不機嫌そうにサエキを見る。
「ガムランはどうして先に警告してくれなかったんだよ?」
「さあなあ。いつもながらあいつの考えてる事はわからんよ」
「もしかして私の反応を見たかったんじゃない?」
『僕もそう思うよ。ヨウコさんがどれだけガムランを信頼してるか確かめたかったんじゃないかな。あいつにとって敵に回すと一番恐ろしい存在はヨウコさんだからね』
サエキが呆れた顔をする。
「そんなことないって。ヨウコちゃんがテロリスト側につくはずないだろ?」
「ガムさんは内通者のことも知ってるのよね?」
「ああ、内通者がいることには気づいているが、特定には至ってないそうだ」
『偉そうなくせに無能なんだから』
「ちょっと、キース。また自分で探しに行くとか言い出さないでよ」
『もう懲りたよ』
「その内通者はハッカーや『サルバドール』の男とも関係あるのよね?」
「おそらくな」
「ガムさんの本体を爆破しようとした人たちと、リュウに私を殺すように命じた人たちは同じなんでしょ?」
「ああ、どちらもジェイコブじいさんが絡んでいたからな」
「つまり、あの人たちはガムさんと『ヨウコ』の両方を、この世から消し去りたいわけよね? それなのに、どうして今になって私に協力を求めるのかしら?」
サエキが首をひねる。
「今のヨウコちゃんを殺すのは至難の業だからな。うまく利用して、まずはガムから排除しようと考えたのかもしれんぞ」
『それはないでしょう。ヨウコさんがテロリストに手を貸すなんて、黒幕が本気で考ているとは思えませんからね』
ローハンが不機嫌そうな顔をする。
「じゃ、なんでわざわざあんな男を送り込んで来たんだよ」
キース、憂鬱そうな声で笑う。
『僕が思うにね、また始まったんじゃないかな。あいつらの陰湿な嫌がらせがね』




