生ぬるいやり方
同日の夜中 ローハンのうなされる声にヨウコが目を覚ます。
「ローハン? どうしたの?」
ローハンを揺すっても目を覚まさないので、ヨウコ、目を閉じてローハンの意識に潜り込む。
ヨウコの眼前にキッチンの光景が現れる。
銃を持ったリュウがヨウコの頭をテーブルに押し付けている。壁際に立っているローハンが悲痛な表情で叫ぶ。
「やめろ、撃つな、リュウ!」
鈍い銃声がしてヨウコの体から力が抜ける。リュウがキッチンから出ていくと、ローハンがヨウコの身体を抱き起こす。
サエキが駆け込んでくる。
「ローハン、何があった?」
「サエキさん、頭だ、頭をやられた」
「落ち着けよ。まだ間に合う」
じっと見ていたヨウコ、キッチンの光景の中に一歩踏み出すとローハンに声をかける。
「ローハン」
ローハン、顔を上げてヨウコの姿に目を見張る。
「ヨ、ヨウコ?」
「ローハン、私はここにいるよ。それはもう終わったことなの。そこにいるのは本物の私じゃない。私は撃たれたけど助かって元気になったの。もう何もかも大丈夫なんだよ」
ヨウコ、前に出るとローハンの身体をしっかりと抱きしめる。
キッチンの光景が消え、二人が向かい合っていつもの仮想の丘の風景の中に立っている。
「ヨウコ……俺の中に入ってきちゃったの?」
「目が覚めたのね? あの夢、よく見るの?」
ローハン、ヨウコから目をそらす。
「……たまに……見るだけだよ」
「あれが……実際に起こったことなのね?」
「……うん」
「そうか……辛かったね」
「あの時、俺は一歩も動けなかった。ヨウコを守れなかったんだ。ヨウコは俺を信じてくれてたのに」
「ローハンのせいじゃないよ。それに私は助かったでしょ?」
ヨウコ、怪訝な顔でローハンを見つめる。
「……どうしたのよ? なんでそんなに動揺してるの?」
ヨウコの目が見開かれる。
「『俺はまたヨウコを失ってしまう』……? ローハン? それ、どういうことなの?」
ローハン、首を振ってヨウコを突き放す。
「もうやめてよ! 俺から出て行って!」
ヨウコが現実世界のベッドの上で身を起こすと、ローハンが顔に怒りを浮かべて見つめている。
「人の心を勝手に読むのはやめろよ。俺にだってプライバシーはあるだろ?」
「ごめん……だって、うなされてたから……」
「俺は大丈夫だよ。ほら、寝よう。まだ二時だよ」
ローハン、布団にもぐりこむとヨウコに背を向ける。
しばらくしてローハンがヨウコの方を向く。
「ヨウコ、泣いてるの?」
「……うん」
「……ごめん、俺、酷いこと言ったね」
「ううん。勝手に入り込んじゃってごめんね」
「いいよ。俺を心配してくれたんだろ? 夢の中にいきなりヨウコが現れたからびっくりしたんだよ」
ローハン、ヨウコを抱き寄せる。
「朝までこうしててもいい?」
「うん」
「……ヨウコ、愛してる」
「わかってるよ。ずっとずっと一緒にいてね」
ローハン、ヨウコの髪に顔を埋める。
「うん、いつまでもずっとずっと一緒だよ」
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翌日 キッチンに入ってきたサエキが小さな包みをヨウコに手渡す。
「ほら、ウサギから新しい頭痛薬を貰ってきたよ。前のよりも効くだろうってさ」
「ありがとう、サエキさん。わざわざ貰いに行ってくれたの?」
サエキ、照れくさそうに笑う。
「俺、エンパスだからさ、ヨウコちゃんが辛いと俺もしんどいんだよ」
「ウサギさん、頭痛の原因も調べてくれてるんでしょ?」
「頭の中の『饅頭』の影響なのは確かなんだけど、未知の物体だからどう治療していいのかわからないみたいだよ」
「そうじゃないかと思ったわ。困ったもの貰っちゃったわねえ。『饅頭』は取っちゃえないのよね?」
「無理だろうな。それに『饅頭』を取り除いたらヨウコちゃんの能力も失われてしまうよ」
「それは困るなあ。もう昔の不便な生活には戻れないよ」
「究極の便利グッズだもんな」
「ところでさ、ローハンなんだけど、何か心配事があるみたいなの。昨夜なんて私が殺される夢なんか見てるのよ。人に断りもなくさ」
「ええ?」
ヨウコ、サエキの顔を見つめる。
「サエキさん、心当たりがあるんじゃないの?」
「いや、何も思いつかないな」
「……そう。でもね、ローハンが不安定になってるのは絶対に私のせいだと思うんだ」
「そんなことないと思うけどなあ。ローハンってさ……」
いきなりドアが開き、ローハンが入って来たので、サエキが慌てて口をつぐむ。
「俺がどうしたって?」
「なんでもないよ」
「……俺に聞かれたくないこと話してた?」
「いや、あの……お前、自分の絵はオリジナルだって言ってたよな?」
「うん。……もしかしてまだ俺の才能を疑ってるの?」
「24世紀のギャラリーでお前の絵にものすごく似た画風の絵を見かけたんだよ。その画家の作品をどこかで見たんじゃないのか? 無意識に真似してるってこともあるだろ?」
ローハン、悲しそうにサエキを見る。
「サエキさん、やっぱり機械には芸術は理解できないと思ってるんだね」
「そ、そういうわけじゃないけど、あまりにも似てたからさ……」
「その絵、どこで見たんだよ?」
「『会社』から北へ三ブロック行ったところに古い民家を改装した美術館があるだろ? なんて言ったかな……」
「そこならわかるよ。展示作品を検索してみるよ」
ローハン、テレビの画面に風景画を映し出す。
「もしかしてこの絵のこと? 」
「ああ、それだ」
ヨウコ、笑い出す。
「私、その絵なら知ってるわ」
「どうしてヨウコちゃんが知ってるんだよ?」
「サエキさん、画家の名前を見なかったんだろ? 『R・F・ジョーンズ』って俺のことだよ」
「ええ? 」
「21世紀のニュージーランドの画家だって紹介されてるよ。画家の詳細は不明だが温かみのある独特のタッチに人気があり作品は高額で取引されている、だってさ」
「……お前、いつの間にそんなに有名になったんだ?」
「俺も知らなかったよ。これ、二ヶ月ほど前に描いた絵だね。こんなところに残ってるんだ。ずいぶん変色しちゃってるなあ」
ローハン、サエキの顔を得意そうに見る。
「これで俺が自分の才能で描いたって認めてくれる?」
「ああ、認める。 疑って悪かったよ。でも、この絵は今、どこにあるんだ?」
ヨウコ、笑う。
「二階のトイレよ。毎日眺めてるからすぐにわかったわ」
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ロンドンのビジネス街の一角 変装したキースが建物から出て来たホルムウッド老人に近づく。キースを制止しようとするボディガードに老人が声をかける。
「彼は大丈夫だよ。キース、ここで何をしてる?」
「すぐ近所で撮影があったんですよ。お久しぶりですね」
「いつも電話で話しているじゃないか」
「顔を合わせるのは病院でお会いしたとき以来ですよ」
「無駄なことに時間を使うな。忙しいんだろう?」
キース、笑う。
「僕は人間の真似をするのが好きなんです」
「恋人ができたそうだな。孫たちが悔しがっていたよ。あれも人間の真似なのかね?」
「違いますよ。彼女は僕の正体を知っています。いずれ紹介させてもらいますよ」
「いいよ。目立ってはまずい。余計な接触は避けたほうがいいだろう」
「救世主と話してみたいとは思われませんか?」
老人、驚いた顔でキースを見る。
「彼女がそうだと言うのか?」
「ええ」
「そうか。それなら礼を言わねばな。もう一度チャンスを貰って感謝してるよ」
「短い間に敵をずいぶんと増やしてしまいましたね。命を狙われているようですが」
「もう慣れてるよ。それにいつも事前に警告してくれるだろう? 善人の方が悪人よりも憎まれるってのも皮肉だな」
「あなたのアドバイスは素晴らしいですよ。僕の欠点は想像力に乏しいことなんです。やはり顧問は必要でした」
老人、表情を険しくしてキースを見る。
「中央アフリカの件ではわしのアドバイスには従わなかったようだが」
「ええ」
「まだまだ甘いな」
「そうですね。ですが、犠牲があまりにも大きすぎるんです。ほかに方法を見つけますよ」
「間に合うのかね?」
キース、黙ったまま老人の顔を見返す。
「今の生ぬるいやり方で本当に世界を救えるというのかね?」
「……わかりません。でも……24世紀が存在している以上、何か方法があるはずなんです」




