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電気羊飼いと天使の卵  作者: モギイ
第四幕
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プレゼント発表

 ヨウコ達、家の裏手の大きな囲いの前に立っている。 笑顔のローハンが囲いの中央にある扉に手をかける。


「それでは最後のプレゼントの発表といきます」

「もったいぶってないで早く見せなさいよ。最後の最後まで待たせるんだもん。もう我慢の限界よ」


 ヨウコ、囲いに近づいて驚いた顔をする。


「あれ? 空気が生暖かいよ」


 ローハンが扉を開き、中を覗き込んだヨウコが声を上げる。


「ええ? ろ、露天風呂?」

「どう、気に入った? 岩の配置がいい感じだろ?」

「凄いじゃない。二人でこれを掘ってたのね」

「苦労したんだよ。キースの奴、偉そうな割には弱っちいしさ」


 キースが冷ややかにローハンを見る。


「君とは違って僕の身体は繊細にできてるんだよ」


 アリサが後ろから覗き込む。


「うわあ、めっちゃええプレゼントやなあ。私も入らしてもらってええんか?」

「もちろんだよ。家族みんなで使おうと思って作ったんだよ」


 ヨウコがアリサの後ろのウーフに目をやる。


「でも、犬を洗うのはそこのホースを使ってよね」

「おい、何を言わんとしている?」


 ローハン、ヨウコをつれて囲いの中に入る。


「ほら、見てよ。こっち側には柵がないから丘からの景色を楽しみながら入れるんだよ」

「……でも、近所から丸見えなんじゃないの?」

「裏側には家はないから大丈夫だよ。羊の放牧にしか使ってないから、滅多に人なんか見かけないしね」

「滅多にって言っても落ち着かないよ。昼間は目隠しが欲しいなあ」


 後ろでキースが笑う。


「気にすることないよ。ヨウコさんの裸なんて誰も見たくないだろ?」


 ヨウコ、振り返ってキースを睨む。


「なんてこと言うのよ」

「ごめん、ヨウコさん」


 ローハンがヨウコにタオルを手渡す。


「じゃ、ヨウコ、早速一番風呂に入ってよ。浴衣も用意してあるんだよ」

「でも、パーティの後片付けを先にしなくっちゃ」


 ハルノが声をかける。


「そのぐらいは私たちでやるから、ヨウコさんはゆっくりしてよ」

「やった。じゃ、頑張ってこんなすごい穴を掘ってくれたローハンと一緒に入っちゃおうっと」


 キースがヨウコの顔を覗き込む。


「僕も掘ったんだけどなあ」

「あなたは私の裸、見たくないらしいから」

「ええ?」


 ヨウコ、キースを囲いの中から押し出すと中から扉を閉める。追い出されたキースを見てサエキが笑う。


「さっきの失言はかなり後を引きそうだなあ」

「ちょっとした冗談のつもりだったんですが……」

「なんだ、あれ、冗談だったのか」

「……わかりませんでしたか?」

「そんな無表情で言われてもわかるもんか。ほら、いじけるな」

「いじけてないです」

「もう家に戻ろうよ。ヨウコちゃん、怒ってるわけじゃないよ」

「怒ってないんですか?」

「お前とローハンとどちらを選んでも角が立つと思ったんじゃないか? 怒ったフリして気を利かせたつもりなんだよ」

「なんだ」


 サエキ、意地悪く笑う。


「まあ、エンパスの存在を信じてないお前には、なんの気休めにもならんだろうけどな」


        *****************************************


 ヨウコ、風呂の中から不安そうに辺りを見渡す。


「やっぱり落ち着かないなあ」

「平気だよ。入ってたら頭しか見えないし」

「ほら、あそこに人がいるじゃない。こっち見てるよ」

「ロバートさんと奥さんだね。クリスマスだってのに羊の見回りかな?」


 ローハン、立ち上がると手を振る。


「ちょっと、立ち上がっちゃまずいってば」

「この距離じゃ細部までは見えないよ」

「そういう問題じゃないでしょ? 陳列罪で捕まるわよ」

「俺の身体ってそんなに猥褻?」

「ここは24世紀じゃないって言ってるの」

「奥さん、嬉しそうに手を振ってるから平気だよ」

「だから早く座りなさいってば……何をにやにやしてるのよ?」

「露天風呂、喜んでくれたなあ、って思って」

「ウサギ牧場でもくれるつもりなのかと思って心配しちゃったわ。キースと二人でウサギの穴を掘ってるのかと思った」

「……ヨウコ、そんなにウサギが嫌だったの?」

「嫌じゃないわよ。嫌じゃないから悲しい顔するのはやめなさい」


        *****************************************


 風呂から上がったヨウコとローハンが居間に入ってくる。


 ヨウコがキースに話しかける。


「いいお湯だったよ。キースも入ってきたら? 自分で掘った風呂に入れば、気持ちよさもひとしおじゃない?」

「ヨウコさんと入りたい」


 キースの顔を見てサエキが笑う。


「ずいぶんとストレートだな。いつもの裏工作はどうした?」


 ヨウコ、キースから目をそらす。


「やだよ。あんたとは入んない」

「やっぱり怒ってるんだ」

「怒ってないよ。でも、キースとお風呂だなんて恥ずかしすぎるでしょ?」

「ええ?」

「そのうちにね」


 ヨウコが部屋から出て行くと、キースがサエキを見る。


「ヨウコさんとはお風呂に一緒に入るよりも恥ずかしいことをした覚えがあるんですが……」

「ヨウコちゃんの『恥ずかしい』の基準は世間一般と違うみたいだぞ」


 ローハンが笑う。


「俺も長いこと一緒にお風呂に入ってもらえなかったんだ。いろんな理由つけて誤魔化されてさ」

「ヨウコちゃんのことだから暗い過去でもあるのかもしれんなあ」


 キース、立ち上がる。


「ハリウッドスターが泥にまみれて掘ったんだから、嫌でも一緒に入ってもらいます。見てくださいよ。手のひらにマメができちゃいました。爪もぼろぼろです」

「今回はその端末、酷使したよなあ。いつもは異常なぐらい大切にしてるのに」

「俳優は身体が資本ですからね。当然ですよ」


 キースが部屋から出て行くと、サエキがローハンに話しかける。


「で、風呂はどうだったんだ?」

「最高だよ。後でハルちゃんと入っておいでよ」

「ハルちゃん、片付けが終わったらアリサちゃんと入るって言ってたなあ。温泉旅行気分で盛り上がってたぞ。俺は完全に忘れられてる」

「じゃ、ウーフと入ったら?」

「俺は混浴がいいなあ」


 後ろにいたトニーが声をかける。


「あら、サエキ、それじゃあたしと入る? ジェイミーったら今年も仕事なのよねえ。キースのおかげですっかり忙しくなっちゃってさ」

「だから俺は混浴がいいんだってば」


 キースが戻ってくるとサエキに声をかける。


「サエキさん、お先にどうぞ」

「やっぱりふられたのか?」

「いいえ。暗くなって何も見えなくなるまで待って欲しいそうです」

「よかったな。でも、あんまりイヤラシイことするなよ。本体から切り離されて大事な端末が溺死しちゃ洒落にならんからな」


        *****************************************


 ヨウコとキース、夕闇の中、並んで露天風呂に入っている。


「一日に二回もお風呂だなんて贅沢な気分だなあ」

「これからは好きなときに入れるよ」

「電気代がかかっちゃうよ」

「サエキさん達が僕の目を盗んで持ち込んだジェネレーターで発電してるから、一銭もかからないよ。それにしても、あれだけ苦労して掘ったのに本当に一緒に入ってくれないつもりだったの?」

「このぐらい暗ければいいや。あなたには赤外線暗視はできないんでしょ?」

「僕の身体は普通の人間と同じだからね。でも、ヨウコさんっておかしいね。僕に何度も抱かれてるのに、裸を見られるのが恥ずかしいの?」

「それとはなんとなく違うのよね」

「人間の心理ってやっぱりよくわからないよ」


 キース、夜空を見上げる。


「星がキレイだね」

「うん。天の川が落ちてきそう」

「ねえ、明日はボクシングデーセールに行く?」


 ヨウコ、黙り込む。


「どうしたの?」

「……私ね、ボクシングデーなんて二度と来なけりゃいいって思ってたんだ」


 キース、笑う。


「僕はここにいるよ。今年のボクシングデーも次のボクシングデーもヨウコさんのそばにいる。だから明日は半額になったクリスマスグッズを買いに行こうよ」

「お金の使い道に困ってるハリウッドスターなんでしょ? セールなんてわざわざ行くことないじゃないの」


 キース、ヨウコを抱き寄せる。


「貧乏臭い女に惚れちゃったからね。諦めて貧乏臭い女に合わせるさ」


        *****************************************


 キッチン キースが一人で座っているところにサエキが入ってくる。


「どうかしたのか? 落ち込んでるな」


 キース、無表情でサエキを見る。


「……どうしてわかるんですか?」

「だから俺はエンパスだって言ってるだろ?」

「またそれですか。例えエンパスが存在したとしても機械の感情は読めないんでしょ?」

「なんとなくだけどな、最近はAIの感情もわかるようになってきたんだよ。凄いだろ」

「そうは言っても僕の頭脳はシベリアにあるんですよ。ちょっと遠すぎやしませんか? ……どういう仕組みなんだろう?」

「信じてないんだったら悩むことないだろ? ヨウコちゃんはどこ行っちゃったんだ?」

「また頭が痛むようなんです。パーティの準備で疲れてたのに長湯させ過ぎちゃったかもしれません」

「そうか、ローハンのところにいるんだな」

「ヨウコさん、辛いときや苦しいときはやっぱりローハンの傍がいいんですね」

「それは仕方ないよ。諦めろ」

「わかってはいるんですけどね」


 サエキ、力づけるようにキースの肩を叩く。


「高望みし出したらキリがないぞ。やっと恋人だと認めてもらえたんだ。それで満足しとけよ」


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