ローハン、走る
ローハン、青い顔でヨウコとサエキの後を追う。
「ヨウコ、待ってよ」
「あんたの言い分はよくわかったわ。これからは24世紀のやり方で行こうよ。身体の浮気だけなら許してあげるから、あんたもステファニーと続きでもしてくれば? いいとこで邪魔しちゃって悪かったわね。おやすみ」
「それがいいかもな。じゃ、ヨウコちゃん、借りるよ」
サエキ、ヨウコの腰に手を回すとヨウコにキスする。
「あー、サエキさん、何してんのさ?」
「ただのチュウだけど?」
ローハン、近づいてヨウコの肩をつかむ。
「何よ?」
「ローハン、お前はあっちいけよ。ちょっとは気を使え」
ローハン、黙ってヨウコを抱えあげる。
「うわ、何すんのよ?」
ローハン、ヨウコを抱えたまま走り出し、ドアを開けて表に出る。
「ちょっと、どこ連れてく気? ローハン、おろして。おろしてくれないと暴れるよ」
ローハン、ヨウコを無視して走り続ける。
「おろしなさいってば」
「嫌だ」
「嫌だ、じゃないでしょ」
「おろしたらサエキさんのところに行っちゃうんだろ?」
「そうよ」
「じゃ、嫌だ」
「自分の行動が矛盾してるって思わない?」
「思うよ」
「それじゃ、離しなさい」
「だめ。絶対にだめ」
「何でよ」
「ヨウコは俺のモノだから」
「誰が決めたのよ?」
「俺が今決めたの」
「ほんとに勝手だなあ。腹立ってきた。私は誰のモノでもありません。あんたなんかのモノじゃないの!」
ヨウコ、ローハンの耳を思い切り引っ張る。
「うわ、やめて、ヨウコ」
ヨウコ、無理やりローハンの腕から抜け出すと立ち上がる。
「ちぎれるだろ」
「あんたの耳なんてちぎれちゃえばいいのよ。どうせすぐにくっつくんでしょ?」
「ヨウコ、お願いだから行かないで」
「ステファニーと抱き合っといてなによ、いまさら」
「ごめん。ヨウコの気持ちがわかったよ」
「ほんとに?」
「そりゃ、あんなの見たら嫌だよなあ」
「ほんとにそう思ってる?」
「思ってるよ」
「ローハンの馬鹿」
「うん、ごめん。ほんとにごめん」
「じゃ、サエキさんと一夜を過ごすのはやめとくわ」
ローハン、草の上に座りこむ。
「よかった」
「何、脱力してんのよ?」
「安心したら体がふにゃふにゃになった」
「情けないなあ」
「ごめんね、ヨウコ。俺の認識が甘かったよ」
「私と付き合ってる間は他の女に手を出さないで。21世紀の常識を守ってくれなきゃやだよ」
「わかったよ。もう決して不特定の女性とハグしたりチュウしたりセックスしたりしません」
「……機会があればする可能性があったってことね」
「どうだろ? あの人と寝るつもりはなかったんだよ。ヨウコ、かなり嫌がってたみたいだからさ。でもチュウまで駄目だとは意外だった」
「不特定の男性も困るよ」
「俺はヘテロセクシュアルに設定されてるから大丈夫だよ。とにかくこれからは一切心配いらないって」
「絶対に?」
ローハン、ヨウコを抱きしめる。
「俺はヨウコさえいれば他に何もいらないんだから簡単だよ」
「簡単? 簡単に釣られてたじゃない」
「だってただのチュウだよ」
ヨウコ、ローハンをにらむ。
「わかったから怖い顔しないでよ。ヨウコの怖い顔ってほんと怖いんだからさ。さっき、本気でサエキさんとこ、行くつもりだったの?」
「サエキさん? まさか。ああ言えばあんたが反省するだろうと思ったのよ。あなたって自分には甘いのに、私の男関係にはすごくうるさいんだから」
「そうかなあ?」
「すごいヤキモチ焼きじゃない。自分で気づいてないんだ」
「うん。でもさっきはもう少しでヨウコを失うかと思ったよ」
「失うってどういう意味? ……たとえサエキさんと一夜過ごしたとしてもさ、身体の浮気は浮気じゃないんでしょ? 私を失うわけじゃないんじゃない?」
「だって相手はあのサエキさんだよ。焦るだろ」
「どこのサエキさんの話をしてるの?」
「何言ってんだよ? 一夜なんて共にしたら、ヨウコ、サエキさんの虜になっちゃうよ。俺なんか捨てられちゃうって」
ヨウコ、笑い出す。
「面白いこというなあ」
「サエキさんって恐ろしくモテるんだよ。超エリートだし人望もあるし」
「エリート? ……平社員が左遷されたのかと思ってた。まあサエキさんなんてどうでもいいじゃない。ローハンよりいい男なんてこの世に存在しないってば」
「ヨウコがそう思い込んでてくれるんだったらそれに越したことはないいけどさ。そういえば……ヨウコ、サエキさんとチュウしてたじゃないか」
「だから相手はサエキさんだってば。妬く相手じゃないでしょ? でもあの人、妙にチュウし慣れてるよね? 意外だわ」
「やっぱり心配だなあ」
家の方向からウーフが走ってくる。
「サエキさんが『そろそろ仲直りしたか?』だって。したのか?」
「したした。すぐ戻るって伝えて」
「抱っこしていこうか? 靴はいてないだろ」
「いいよ。歩くよ。よくこんなところまで私を抱いて走って来れたね」
「とりあえずヨウコをサエキさんから引き離さなきゃって思ったんだ」
「単純なのね」
「それが誰かさんのタイプなんだろ。悪かったな」
「さっきね、ローハンにさらわれたときドキドキしちゃったよ。お姫様抱っこなんてされるの初めてだしさ」
「そうなの? 本気で怒ってるんだと思ったよ」
「でも、あそこでローハンが何も行動を起こしてなかったら、やけになってサエキさんと寝てたかもよ」
「あぶないところだったなあ」
「ローハンが私のことしか愛せないのはよくわかってるんだ。それでもローハンは私のモノだから誰にも触らせたくないの」
「ヨウコ、自分は誰のモノでもないって言ってたのにずるくない?」
「でもあんたは私のモノよ。文句ある?」
「ないよ。俺はヨウコのために作られたんだから当然だろ」
ローハン、立ち止まるとヨウコにキスする。
「ローハンは暗くても見えるのよね?」
「うん。昼間と変わんないよ」
「やっぱ抱くか背負うかしてもらえる?」
「いいよ。俺にひっつきたい気分?」
「さっきから羊のうんこを踏んでる気がする。足元が全然見えないから」
「どうしていつもいつもムードをぶち壊すんだよ」
「だって夜露に濡れたうんこなんか裸足で踏みたくないじゃない。さっさと背負ってってばさ。ほら」




