ハッカー
数日後 バギーを押したローハンとアーヤの手を引いたキースがヨウコと並んで歩道を歩いている。
「いい男二人連れてのんびり東京見物なんていいわねえ」
ローハンが不満げにキースを振り返る。
「今日は俺とデートのはずだろ? どうしてこいつがついてくるわけ?」
キースが無表情で答える。
「今日の予定がキャンセルになったんだよ。別に構わないだろ? それに子供を二人も連れてちゃデートなんて言わないよ」
アーヤが声を上げる。
「うーうー、ぎぃぎぃ、うー」
「ほら、アーヤだってキースおじさんが一緒で嬉しいって言ってくれてるよ」
「ほんとかなあ?」
ヨウコが笑う。
「キースにはアーヤの言うことがわかるのよね。サエキさんみたいだわ」
ヨウコ、アーヤに話しかける。
「それ、おかあさんのだからね。アーヤにはそのうちパソコンを買ってあげるわ」
「うー」
キースが通訳する。
「『キースケ』に会えないから代わりなんだってさ。家に戻ったらおかあさんに返すって」
ローハンが怪訝な顔でキースを見る。
「うー、しか言ってないのに、なんでそこまでわかるんだよ?」
「あれ、ほんとだ。どうなってるんだろう?」
「実の息子もそのぐらいなついてくれたらいいのにね」
ローハンがバギーの中のタネを見下ろして笑う。
「いいんだよ。タネは俺が立派に育てあげると決めたんだから」
「そんなこと、勝手に決めてもらっちゃ困るよ」
キースがいきなり立ち止まるとヨウコの顔を見る。
「ヨウコさん、誰かが僕に侵入しようとしてる。僕に止められないところをみると24世紀のハッカーだと思うよ」
「うん、見張りの『ハチ』が教えてくれたわ。すぐ行くよ。ローハン、私の身体、お願いね」
ローハン、ヨウコの身体が倒れるのを急いで抱きとめる。
「ヨウコは一ヶ所にしかいられないのが不便だな。『サイバースペース』に入り込むたびに身体が無防備になっちゃうんだよな」
「でも、ヨウコさんに一度に何ヶ所にもいられたらかなわないだろ?」
ヨウコが目を開いてキースを睨む。
「それは聞き捨てならないわね」
「失言でした。許してよ」
「ヨウコ、早かったね。ハッカーだったの?」
ヨウコ、気まずそうな顔になる。
「うん。それがさあ……」
「どうしたの?」
「死んでなきゃいいけどなあ、って……」
「もう、ほんと手加減しないんだから」
「だって、24世紀のハッカーだなんて聞いたら気合が入るじゃない。どんなに凄い相手かと思うでしょ。追っかけてったらその先に人がいたんだもん。びっくりしちゃったわ」
キースが笑う。
「ヨウコさん、ありがとう。本当に助かったよ」
「私のキースに入り込もうだなんてずうずうしい。なんとかマクドナルドってふざけた名前の男だったわ」
「J・J・マクドナルドかな? あっちじゃ凄腕で通ってたんだけどな。ガムランの裏をかくのがうまくてさ。性質の悪い奴だから気にすることないよ」
「腹が立ったらコーヒー飲みたくなっちゃった。そこのスタバで買ってくるから待ってて」
「俺、キャラメルマキアートのベンティにしてね」
「甘そうだなあ。あとで気持ち悪くなっても知らないよ。キースは何にする?」
「僕はいいよ」
「すぐ戻るね」
ヨウコが立ち去ると、ローハンがキースを見る。
「それで?」
「瀕死の重体だよ。『処理班』が間に合うといいんだけどね」
「ヨウコを敵に回すとは運が悪かったな」
「ヨウコさん、今度は『番犬』まで置いてってくれたよ」
「どれどれ。うわっ、あれ、ヨウコが作ったの?」
「君も僕には近づかないほうがいいな。ヨウコさんのことだから敵味方を区別するようには教えてないと思うんだ」
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同日の午後 ヨウコの実家の居間でヨウコ達が話をしている。
サエキが憂鬱そうにヨウコの顔を見る。
「ハッカーが渡航か。また面倒なことになりそうだな」
「黒幕は捕まったからもう安心だって言ってなかった? 」
「そう信じてたんだけどなあ。ガムはまったく気づかなかったんだと。いくらハッカーだからって、あいつの目を盗んでこっちに来られるとは思えんのだけどなあ」
キースがうなずく。
「あいつ、かなりの量の機材を持ち込んでましたよ。こちら側でも常時マメが『穴』の監視をしているんですけどね」
「ねえ、以前にキースをハッキングをしてたのは誰なの?」
サエキが答える。
「やっぱり24世紀のハッカーだったよ。ジェイコブが雇って送り込んでたんだ。もちろん捕まって更生施設行きだ」
キースが肩をすくめる。
「当時は僕も油断してましたからね」
「今回は対策してるのか?」
「ヨウコさんが『番犬』をつけてくれましたから心配ありません。あれは誰にも破れないでしょうね。今のところ僕に近づけるのはヨウコさん本人とローハンだけです。マメにも『番犬』をつけてもらいましたよ」
「お前が利用される心配はないわけだな」
「はい。それとですね、実はもう一つ悪い知らせがあるんですよ」
「なんだよ?」
「この間のパーティで、僕たちとすれ違った男なんですけどね……」
ヨウコがキースを見る。
「『サルバドール』っぽい美形のこと?」
「あいつのボディ、本当にサルバドール氏のデザインだったんだよ。デザイナー本人が確認したから間違いない。ヨウコさん、よくわかったね」
ヨウコ、笑う。
「夫と愛人をいつも眺めてるから、ピンと来たのよ。で、あれは誰だったの?」
「それがさっぱりわからないんだ。サルバドールの未発表作の一つなんだよ。あのデザインを元に身体が作られたという記録はどこにも残っていなかった」
サエキが怪訝な顔をする。
「誰かがデザインを盗み出したってことか? そんな目立つ身体を作ってなんに使う気なんだ?」
「パーティではわざと顔を見せてきましたからね。もしかしたら宣戦布告のつもりだったのかもしれません」
「あれが敵だなんてもったいない話よねえ」
ローハン、むくれる。
「夫と愛人が特注『サルバドール』の持ち主だなんて、24世紀にだっていないんだよ。二人もいれば十分だろ?」
「あーあ、身体まで捨てて死んだことにしたのに、今までの苦労が水の泡じゃない。どこからバレちゃったんだろう?」
キースが一同の顔を見回す。
「ほかにも仕掛けてくるかもしれません。今回の滞在は切り上げたほうがいいでしょう。向こうにいた方が警戒しやすいですからね」
「おかあさん達、がっかりしちゃうわよ」
ローハンがヨウコの肩を抱く。
「どうせあと一週間の予定だったんだ。次はおかあさん達に遊びに来てもらおうよ」
「僕は来週からアメリカで撮影なんです。しばらくお別れですね」
ローハン、キースに話しかける。
「クリスマス一週間前までに絶対に戻って来いよ」
「君からそんなセリフを聞くとは思わなかったな」
「あっと驚くクリスマスプレゼントの準備を手伝ってもらうんだよ」
「もちろん、あっと驚かされるのは私なのよね?」
「当たり前だろ?」
ヨウコ、不安そうにサエキを見る。
「ねえ、サエキさん、私の身体って本当にもう妊娠する心配ないんだよね?」
ローハン、むくれる。
「どうしてそんな確認するんだよ? 妊娠させたいんだったらキースの協力なんて頼まなくても自分でやるよ」
「そりゃそうか。じゃあなんなのよ?」
「聞いちゃったら『あっと驚くプレゼント』にならないじゃないか」
ヨウコ、ため息をつく。
「あーあ、クリスマス前だってのに憂鬱だなあ」
「それはどういう意味なんだよ? 素直に楽しみにすれば済むことだろ?」




