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電気羊飼いと天使の卵  作者: モギイ
第四幕
184/256

頭痛

 翌朝 目を覚ましたヨウコが、隣にキースがいないのに気づいて慌てて起き上がる。部屋から出るとテーブルの上にメモが置いてある。


「キース? 行っちゃったの?」


 バスルームから身支度を終えたキースが出て来て声をかける。


「ここにいるよ。起こしちゃった? まだ車が来ないんだ」

「もう、黙って置いていかないでよ」

「遅くまで話し込んじゃっただろ? 今朝はゆっくり寝てもらおうと思ったんだよ」

「そんなの、嫌だよ」


 キース、笑う。


「ヨウコさんは世界中どこにいても僕に直接話しかけることができるんだよ。それなのに慌ててベッドから飛び出してくるんだね」

「だって、現実世界の彼氏にもちゃんとお別れを言いたいでしょ?」

「ヨウコさんはまだまだ人間なんだね」


 キース、微笑む。


「僕も手紙なんて残してみたよ。人間の真似をしてね」


 ヨウコ、キースを見上げる。


「今日も格好いいね。私生活で『キース・グレイ』に会えるなんて贅沢な気分だなあ」

「これ、ヨウコさんが選んでくれたジャケットだよ。撮影が終わったらすぐに東京に戻るから待っててね」


 ヨウコ、手をのばしてキースの髪に触る。


「誰にもあなたに触らせたくないなあ」

「嬉しいこと言ってくれるんだね。引退しちゃおうか?」

「それも嫌だな。あなたの出てる映画をもっと見たいよ」


 ヨウコ、キースの顔を見つめる。


「……ねえ、聞いて。この二日間で、私、あなたの事……」


 キース、慌ててヨウコを抱き寄せる。


「ダメだよ。今それを言ったら僕は仕事に行けなくなっちゃう。撮影中も時々話しかけてくれる? それと、午後からペンタゴンに潜り込むから、ちょこっとだけ手伝ってね」


        *****************************************


 荷物を詰め終わったヨウコが、ローハンに『通信』で話しかける。


「ローハン?」

『ヨウコ、おはよう』

「今から帰るね。十時過ぎの新幹線に乗るわ」

『あれ、午前中は撮影を見るんだろ?』

「昨日は凄い騒ぎだったから、今朝は行かない事にしたの。キースはさっき出かけたわ」

『ヨウコとこんなに離れてたの、久しぶりだね。ちょっと会える?』

「いつもの丘の上でいいかな?」


 次の瞬間、ヨウコとローハンが金色の丘の上で向かい合って立っている。


「ここはいつも天気がいいな。東京は曇りだよ」

「京都も曇ってるよ。そろそろ雨が来そうだわ」

「ディズニーランドは延期して正解だったね」


 ローハン、笑ってヨウコにキスする。


「帰りは飛行機じゃないんだね」

「せっかくだから日本の風景を見ときたいんだ」

「ホテルからはタクシーに乗れよ。けちらないでさ」

「キースにも同じこと言われたわ。私名義のクレジットカードを貰ったの。支払いはキースがするから、タクシー代を払った後は別荘でもクルーザーでもなんでも買えってさ」

「本当に買っちゃおうか」

「黒くて怪しいカードなんだよ。使えるのかしら?」

「黒い? もしかしてそれブラックカードじゃないの?」

「なによ、それ? 使えるんだったら別になんだっていいわ。みんなで寿司でも食べに行く? たまには回ってない寿司を食べたいよ」

「いいね。ウニとイクラ、たくさん、食べちゃおう。じゃ、待ってるね。気をつけて帰っておいで」

「うん」


 ローハン、ヨウコの顔を覗き込む。


「……ねえ、ヨウコ」

「なに?」

「まだ俺に負い目を感じてるんだろ?」


 ヨウコ、気まずそうに下を見る。


「……うん」

「そうだと思ったよ」

「……私ね、あなたがどんなに気にするなって言ってくれても、やっぱり申し訳ないって思っちゃう。あなたは私の事だけを想ってくれてるのにね」

「俺、本当に気にしてないんだよ。24世紀じゃこんなの普通だって言ったろ? 人って、複数の人間を好きになれるもんなんだよ」

「でも、あなたって凄いヤキモチ焼きだったじゃない」

「キースには妬く気も起きないよ。俺が嘘ついてたらヨウコにはすぐわかるだろ? 俺たち三人、人間よりも理解し合える部分が多いからね、近頃はヨウコもキースも自分の一部みたいに思えるんだ」

「私、人間だけど?」

「ヨウコにも俺の言う意味が理解できるはずだよ。最近、よくヨウコやキースと連携取って色々やってるだろ? たまにどこまでが自分なのかわからなくなることがあるよ」

「うん、その感じ、わかる気がする」

「俺たちはね、今の関係に満足してるんだ。だからヨウコも開き直って現状を楽しんでよ」


 ローハン、笑う。


「でも、これ以上、恋人は増やさないでよ。それにキースが戻ってくるまでは俺が優先ね」

「ありがとう。たいしてモテない人生だったからこういうのに慣れてないんだ。じゃ、もう出るわね。あ、シャンプーを貰っていかないと」

「ヨウコって地球上で一番強力な存在なのに、貧乏性は治らないんだな」

「おかあさんのお土産にするのよ。あの人、ホテルの小物が大好きだからさ。早めに着くって伝えておいてね。駅で待ち合わせしてすし屋に行こうよ」

「そうだ、おかあさんと言えば、昨日のワイドショー、夢中で見てたよ」


 ヨウコの顔色が変わる。


「しまった。私とキースのこと、バレちゃったんだ」

「変装しててもさすがにおかあさんにはわかるからね。やっぱり不倫だったのね、って嬉しそうに録画してたよ」

「と言うことは、当然おとうさんにもバレちゃったよね?」

「うん。おとうさんには昨日の晩、サエキさんと俺とで今までのことを話したんだ。キースからも電話があったよ」

「タネの事は?」

「それは話さなかった。ヨウコとキースから改めて報告したほうがいいんじゃないかと思ってさ」

「ええ? ついでに話しておいてくれればよかったのに」

「すし屋で会ったら最初に謝ったほうがいいよ。ヨウコが正直に話さなかったことに一番腹を立ててるみたいだから」

「参るなあ。おとうさん、そういうことには厳しいのよね。もう一泊してこうかなあ」

「そんな事言わないで早く戻って来てよ。早くヨウコに会いたいよ」

「なんだ。寂しかったんだ」

「当たり前だろ? あまりにキースが不憫なんで、我慢して譲ってやったんだよ」

「優しいなあ。じゃ、ローハンのために我慢して叱られるわ」

「おとうさんはやっぱりこの時代の人だからね、俺に申し訳ないって思ってるみたいだよ。そうだ、俺がヨウコのところに来る前に18人の女の子と関係持ちましたって言ったら、怒る気も失せるんじゃないのかな?」

「げ、そんなにいたの? せいぜい四、五人かと思ってたわ」

「だって、作られてからこっちに来るまで三ヶ月もあっただろ? 最後の一ヶ月間は女の子七人と同居してたしね」

「自分は私の彼氏になるんだって最初から知ってたんでしょ?」

「だから、ヨウコに喜んでもらおうと思って練習つんでたんだってば」


 ヨウコ、ふくれる。


「めちゃくちゃ腹立ってきた」

「怒らないでよ。ヨウコが気にするなんて思ってなかったんだから、仕方ないだろ?」

「それでも18人は多いでしょ?」

「だって、誘われたのに断るなんて失礼じゃないか。それでもどうしても時間の都合がつかなくて、ほとんどは断ったんだよ」 

「……どうしてそんなに人がいいのかしら? まあいいや。練習つんだ割にはあまり効果なかったみたいだし」


 ローハン、落胆した顔をする。


「ええ、そうだったの? 習ったことはちゃんと実践してるのになあ」


 ヨウコ笑う。


「冗談に決まってるでしょ? あんたの情けない顔を見たら、早く家に帰りたくなっちゃったわ」


        *****************************************


 数日後 秋葉原の歩道をサエキとハルノが並んで歩いている。その後をヨウコとローハンとルークが話しながらついて行く。


 ヨウコが後ろからサエキに話しかける。


「サエキさん、男達の羨望の的ね」

「なんでだよ?」

「かわいいハルちゃんと仲良く並んで歩いてるからよ」


 ローハン、笑う。


「ハルちゃん、さっきから携帯で写真を撮られまくりだよ」


 サエキが肩をすくめる。


「ハルちゃんの話をしたら音信不通になった友達がいるからなあ。リアル彼女がいる奴は仲間じゃなってことかな?」

「フィギュア仲間? じゃあその彼女が実は美少女ロボットだなんて知ったら、もっと妬まれるわよね」


 若い男が二人、サエキとハルノを見て立ち止まる。


「見ろよ。こいつ、こんな子連れてる。君、アイドルでしょ?」

「ねえ、俺たちと来ない? 不細工なオタク彼氏なんて捨てちゃいなよ」


 男の一人がハルノに近寄ろうとしたので、サエキが男達の前に立ちはだかる。


「言っとくけどな、お前の顔じゃ俺には勝てん」

「はあ? 喧嘩売ってるのか?」


 ヨウコが不愉快そうな顔で睨む。


「それはそっちでしょ?」

「うるさいな。ブス」

「……今、なんて言った?」


 ローハンがヨウコの前に出る。


「ヨウコをブスと呼んでいいのは俺だけだよ。謝れよ」

「なんだよ、このガイジン、国へ帰れ」

「いいよ。ローハン」


 ヨウコが男を指差してにやりと笑う。


「どっかん!」

「え? ……あっ、あちっ!」


 男が尻のポケットを慌てて押さえるのを見て、もう一人の男が怪訝な顔をする。


「どうしたんだよ?」

「うわ、携帯が爆発した」


 慌てふためく男達を残してさっさと歩き出したヨウコに、サエキが話しかける。


「電池、破裂させたのか?」

「うん。あのメーカーのって破裂させやすいのよね。ついでにiPodに入ってる曲を全部消して『懐かしの昭和ヒット演歌メドレー』をエンドレスに入れて上書きできなくしておいたわ」


 ローハンが呆れた顔をする。


「もう、大人気ないなあ。手加減ぐらいしなよ」

「私、クソガキは嫌いだもん。大人をなめるとどうなるか思い知ればいいわ」


 ヨウコが急に顔をしかめる。


「どうしたの?」

「久しぶりの人混みに酔ったみたい」


 ローハンがサエキに声をかける。


「サエキさん、コーヒー飲みに入ろうよ」

「二人で行ってこいよ。俺はもうちょっとぶらぶらするよ。ハルちゃんはどうする?」

「私はサエキさんと行くわ」

「ルークも来るだろ?」

「うん。おかあさんとおとうさんだけ休憩してきたら?」

「わかった。じゃあ、後でね」」


 ヨウコとローハン、サエキ達と別れて歩き出す。


「ヨウコ、また頭痛がするんだろ?」

「うん。カフェで痛み止め飲んどくわ。サエキさんに貰ったのがあるんだ。すぐに効くから助かるんだよね」

「最近よく飲んでるね。戻ったら一度ウサギさんに診てもらおうよ」

「大丈夫だってば」


 ローハン、いきなりヨウコの肩をつかんで引き止める。


「うわ、何するの?」

「大丈夫かどうかは診てもらわないとわからないだろ? 意地を張るのはやめてよ」


 ヨウコ、ローハンの不安そうな顔を見上げる。


「ごめん……。人に心配かけるのが嫌いっていうか……どうも苦手なのよ」

「そんなの知ってるよ。でも、俺はヨウコの夫だろ? 夫に遠慮なんてするなよな」

「そうだね。悪かったよ。戻ったらすぐに診てもらうわ」


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