究極のストーカー
同日の晩 ホテルの部屋でキースとヨウコがベッドの上に座っている。
「今日は楽しかったなあ。時間も子供も気にせずに街をぶらぶらするなんて、学生の頃に戻ったみたい」
「時々はこうやって僕の仕事に付き合ってくれる?」
「うん、あなたさえ構わなければね」
「どうしてそんな言い方するんだよ? 僕は構わないに決まってるだろ?」
「ごめん、『俳優キース』の仕事の邪魔してる気がしちゃうのよね。今回初めて仕事してるあなたを見たでしょ? やっぱりキースは凄かったよ。本来なら私の手の届くような人じゃないんだよね」
「『キース・グレイ』は本当の僕じゃない」
「ハリウッドスターもあなたの一部なんだから、そんなこと言わないでよ。13年も頑張って今の地位を築いてきたんでしょ?」
「そうだね。わかったよ。でも、ヨウコさんだって人類の未来を握る『救世主』なんだから、自分を過小評価するのはやめてよね」
ヨウコ、キースを見上げる。
「あなたはこの仕事が大好きなんだね。演技してる時、本当に楽しそうだったよ」
「映画が好きでたまらないんだよ。いつかは演出や脚本にも手を出してみようと思ってるんだ。人の気持ちもかなり理解できるようになってきたし、今の僕にならできるかもしれない」
「キースなら監督にだってなれるわよ。……ねえ、今日はトワレか何かつけてる?」
「うん。仕事中にしか使わないんだけどね。僕がイメージモデルをしてるから、契約期間中はそのブランドのしか使えないんだ」
「悪くない香りなんだけど、キースの感じじゃないんだよね」
「来期は断るよ」
「そこまでしなくていいよ。でも、何もつけてないキースの方がいい匂いだな」
キースがヨウコに顔を近づける。
「ところでどうだったの?」
「どうだったって?」
「昨夜のことだよ」
「昨夜?」
「昨夜の僕とのセックス」
ヨウコ、真っ赤になる。
「そ、そんなこと、はっきり聞かないでよ」
「どうして? 僕は経験が浅いんだからそのくらい教えてくれてもいいだろ? フィードバックをもらわないと改善のしようがないよ」
「やめてよ。お客様サポートセンターと話してるみたいだわ」
ヨウコ、急に表情を曇らせる。
「……ねえ、キース、ソフィアとは……」
「ソフィア?」
「……寝たんだよね」
「うん」
キース、ヨウコの顔を見て慌てて抱き寄せる。
「嘘、嘘だよ。ソフィアとは何もなかったよ」
「本当に?」
「『天使』にでもなんにでも誓うよ。……泣くことないだろ? そんなに妬けるの?」
「妬ける」
「もしかしてずっと気にしてた?」
「うん」
「気になってるんだったら聞いてくれればいいのに」
「だって『寝たよ』って返事されちゃったら嫌でしょ? ……されたけどさ」
「ごめん……」
「でも、ソフィアの家から朝帰りしたんだよね?」
「あの晩はね、ソフィアをベッドまでは連れて行ったんだ」
「……それなのに何もなかったの?」
「僕には彼女は抱けなかったよ」
キース、ヨウコを見つめる。
「たとえ一晩しか一緒に過ごしてなくても、もう二度と会えないってわかっていても……僕にはヨウコさんしかいないんだよ。ほかの誰にも触れたくないってその時気づいたんだ」
キース、ヨウコの顔を見て微笑む。
「ねえ、ヨウコさん、セックスより凄いことしてみない?」
「キースの口から聞くと刺激的だなあ。何をするの?」
「僕に潜ってみて」
「ええ! それは……まずいでしょ?」
「ローハンには潜ったことあるんだろ?」
「心の奥まで入ったのは数回だけよ。身体を乗っ取ったりするぐらいならよくやってるけど」
キース、ヨウコを抱き寄せると顔を覗き込む。
「僕が何を考えてるか興味ないの?」
「だって、見たいものなんでも見えちゃうんだよ? 本当にいいの?」
「僕はヨウコさんのプライバシーを侵害しまくったからね。これはお返しだよ。……でもね、『天使』に会ったときの記憶だけはしまっておくから、覗かないでね。約束を破るとひどい目に遭わされそうな気がするんだ」
「そういわれると逆に覗きたくなるなあ。私を信じちゃっていいの?」
「僕に何かあったらヨウコさんだって嫌だろ? 信頼してるよ。さ、ついて来て」
ヨウコ、突然、深い森の中に立っているのに気づいて周囲を見回す。整然と並んだ大きな木々が遥か彼方まで続き、地面には一面にやわらかい草が生えている。
「……キース?」
ヨウコ、キースが隣に立っているのに気づく。
「ヨウコさんには何が見えてるの? 僕にもヨウコさんが見てるものを見せてよ」
「うん。ここは森の中だね。大きな木ばかりだな」
「それはプロセッサーだよ。ヨウコさんにはこんな風に見えるんだね。面白いな」
「どこまでもきれいに並んで続いてる。すごいのねえ」
ヨウコ、森の中に聳え立つ白い建物に気づく。
「あのきれいな建物はなんだろう? 窓から本棚が並んでるのが見えるよ」
「あれが『ムニン』だよ。僕の半身。この時代で集めた情報はすべてあそこに保存されてるんだ。そうか、ヨウコさんには図書館に見えるんだね。わかりやすくていいな」
ヨウコとキース、ゆっくりと歩き出す。しばらくするとオレンジ色の木に囲まれた大きな円形の広場に出る。キースが驚いた様子で周りを見回す。
「へえ、こんなにキレイなんだ。意外だな」
「ここ、キースの中枢でしょ? そのかわいい生き物は何?」
「僕の端末。本体のメンテをするのに使ってるんだ。前に見たことあるだろ?」
「『キースケ』に似てるわね」
「どうしたの、そんなに離れて?」
「無表情なキースに慣れてるもんだから、ネットの中で会うといつもドキドキしちゃうのよ」
キース、ヨウコに近づく。
「ヨウコさん、ずいぶんと遠慮してるね。せっかく僕の心の中にいるんだから、もうちょっと深いところまで覗いてごらんよ」
「ねえ、あなたは本当に構わないの?」
「ヨウコさんは僕のアドミニストレータなんだろ? 自分の管理してるコンピュータの中身ぐらいは知っておいたほうがいいんじゃないの?」
キース、笑顔でヨウコを抱きよせる。 ヨウコ、目をつぶってキースにもたれかかるが、しばらくして叫び声をあげる。
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ヨウコ、元のホテルの部屋で目を見開いてキースの顔を見つめている。
「キース……」
「ヨウコさん、大丈夫?」
キース、ヨウコを抱き寄せる。
「びっくりさせちゃったかな?」
「あなたの記憶って……」
「ヨウコさんでいっぱいだろ?」
「どこから私を見てたのよ?」
「カメラが方々にあるからね。24世紀側で設置したのもあるし、この時代のセキュリティカメラも使わせてもらったよ。『キースケ』を置いてもらうまではヨウコさんの家には入り込めなかったから、外出中の映像ばかりだろ?」
「遊びにきてた時も私ばかり見てたんだ」
「ヨウコさんが僕を見てないときにはね。ヨウコさんには一度も気づかれなかったけど、ローハンはイライラしただろな」
「急いでる時、信号がタイミングよく変わったりしたのもあなたの仕業?」
「そう。最近はヨウコさん、自分でやってるけどね」
「あなたと出会った頃から妙にラッキーが重なる気がしたのよね。運勢がよくなったのかと思った」
キースが笑う。
「運勢なんて信じてないくせに。信号の話はあの晩にもしたんだけど、もちろん覚えてないよね?」
「……あの晩……のこと……」
「見たんだろ? 僕がどうしても忘れたくないって言った理由、わかってくれた?」
ヨウコ、恥ずかしそうに下を向く。
「全部あなたの視点だから恥ずかしいったらないわ 。ローハンに身体を借りたこともあったのね。妙にチュウがうまくなったからおかしいと思ったんだ。自分の妻をよその男の好き勝手にさせるとは、あの男、どこまで人がいいんだろう?」
「ヨウコさんの立場に立ってみればひどい話だよな。ローハンは僕が思いつめてたから、同情してくれただけなんだよ」
「……あなたにここまでストーキングされてたとは思わなかったな」
「ひいちゃった? 見せないほうがよかったのかな」
ヨウコ、何も言わずにキースの顔をじっと見つめる。
「ヨウコさん? なんで黙ってるの?」
ヨウコ、いきなりキースに抱きつく。
「うわ、どうしたの?」
「キース、大好き」
キース、微笑む。
「なんだ、怒っちゃったのかと思ったよ」
ヨウコ、ふくれっ面でキースをベッドに押し倒す。
「めちゃめちゃ怒ってるわよ。人の間抜け面をこっそり覗き見してただなんて、絶対に許さないからね」




