久々の里帰り
ヨウコの実家の居間 ヨウコとタネを抱いたローハンが話している。
「おかあさん、ずいぶんと楽しそうだね」
「ハルちゃんが気に入ったのよ。娘が出来たみたいで嬉しいってはしゃいでるわ。久々に里帰りした娘がここにいるっていうのになあ」
「実の娘は二人ともかわいげないんだから仕方ないよ」
ヨウコの母がキースを伴って入ってくる。
「キースちゃんが着いたわよ」
「遅かったね。道が混んでたの?」
「撮影の後、タクシーに乗ったんだけど、パパラッチがしつこくてさ。東京は渋滞が多いからバイクで追いかけられると逃げられないんだよ。仕方ないから電車を乗り継いで来ちゃった」
キース、ローハンの腕の中のタネに笑いかける。
「タネ、久しぶり」
タネ、キースを見て身をよじる。
「嫌がってるんじゃない?」
「そんなはずはないってば。ちょっと僕に貸してよ」
キース、ローハンからタネを受け取るが、タネが顔をゆがませて泣き声をあげる。
「あ、泣いた」
ちょうど部屋に入って来たヨウコの父がキースを睨みつける。
「おい、孫を泣かせるな」
「すみません」
キース、慌ててローハンにタネを返す。ヨウコがキースの肩に手を置いて話しかける。
「ねえ、キース、落ち込まないでよ」
「タネは『キースケ』を見ると笑うんだけどなあ。同一人物だって分からないのかな?」
ローハン、笑う。
「わかるはずないだろ?」
「でも、アーヤにはわかったよ」
「あの子は特別だからね」
キース、アーヤに話しかける。
「ねえ、アーヤ。タネに『キースケ』と僕とは同じ人なんだって教えてあげてくれないかなあ?」
アーヤ、ぷいと横を向く。
「がー、ぎぃぎぃ」
「ええ? タネばっかりズルいって? ごめん、アーヤを忘れてたわけじゃないんだよ」
ヨウコの父がまたキースを睨む。
「アーヤまでいじめとるのか」
「すみません」
キース、アーヤに両手を差し出す。
「ほら、おいで、アーヤ」
アーヤ、怒った顔でまた横を向く。
「ぶー」
「アーヤにはちゃんとお土産もあるんだよ」
アーヤ、疑い深そうにキースを見上げる。
「僕がアーヤのこと、大好きだって知ってるだろ?」
「うーうー」
「本当だってば。僕が嘘ついてないってアーヤにならわかるはずだよ。ほらキースおじさんのところにおいで」
ようやくアーヤを抱き上げたキースをローハンが睨む。
「おい、キース、俺の娘を誘惑するなって言ったはずだよ」
ヨウコも不機嫌そうにキースを睨む。
「いいなあ、アーヤばっかり」
「え、ええ? ヨウコさんにもお土産あるんだよ」
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ヨウコの部屋のベッドの上に腰かけてヨウコとキースが話している。
「なんだ、ほんとに怒っちゃったのかと思ったよ」
ヨウコ、笑う。
「おとうさんたちの目の前じゃ何もできないのはわかってるわよ。物置代わりにされてごちゃごちゃしてるけど、ここでの密会で我慢してね」
キース、ヨウコの部屋の壁を見上げる。
「僕のピンナップが貼ってあるね」
「デビューした直後のキースだね。初々しくてかわいいなあ」
「ヨウコさんは毎晩眠るときに僕のことを思ってくれてたんだ」
「ほかの芸能人の写真も貼ってあるでしょ?」
「『そうよ』って一言、言ってくれりゃ済むことだろ?」
「まあいいじゃない。外タレはキースだけだしさ」
「その呼び方、やめてよね。それに『外タレ』ってもう死語じゃないの?」
「こだわるなあ。立派な外タレのくせに」
キース、笑顔でヨウコを抱き寄せる。
「会いたかったよ」
「今朝もネットで会ったところじゃない」
「ヨウコさんは仮想の僕でも満足なわけ? そんな冷たいこと言うんだったら仕事に戻っちゃうよ」
「それは許さないわよ」
「ちょっとは素直になったらどうなのさ? あーあ、早くヨウコさんを抱きたいよ」
ヨウコ、赤くなる。
「どうしてそこにこだわるのよ?」
「こだわってるわけじゃないけどさ。……映画や小説でよく『結ばれる』って表現を使うだろ?」
「あなたは私と結ばれたいの?」
キース、黙ってヨウコから目をそらす。
「あ、キースが照れてる。珍しいなあ」
「照れてなんかないよ」
「隠したってわかるわよ。あのさ、私とキースはもう結ばれてるでしょ?」
「だって、あの時のことは覚えてないんだろ?」
「そういう意味じゃないよ。セックスなんかしなくても、私とあなたは心のどっか深いところで結ばれてるでしょ? 私が勝手にそう思ってるだけかもしれないけど……」
キース、ヨウコをじっと見つめる。
「何よ?」
「僕のこと、そんな風に思ってるの?」
「当たり前でしょ? あなたは私のために命までかけてくれたんだよ」
キース、何も言わずにヨウコを抱きしめる。
「キース? ……なんだ、嬉しがってるのか。ローハン並みに単純なんだね」
「いちいち人の気持ちを読むのはやめてよね。サエキさんみたいになってきたな。キスしてもいい?」
「すっごいチュウしてくれるんならいいわよ」
キース、ヨウコにキスするとそのままベッドの上に押し倒す。
「ちょ、ちょっと何してるのよ?」
「この際、身体の方も結ばれようかと思って」
「ええ、今? 急に言われても困るってば。どうしてそんなに自分勝手なのよ?」
「僕が自分勝手なのは最初からわかってることだろ?」
突然キースの身体から力が抜け、ヨウコの上にくずおれる。
「……ごめん、またやっちゃった」
ヨウコがキースの身体を押しのけて起き上がると、キースが『通信』で話しかける。
『ヨウコさん、僕の身体返して』
「やだ」
『ええ?』
「返したら襲われちゃうもん」
『そこまで嫌がらなくてもいいだろ?』
「親に隠れて自分の部屋でこっそりなんて、この歳になってまでしたくないわ」
ローハンがドアを開けて顔を出す。
「お茶入ったよ。あ、またキースが切り離されてる。懲りないなあ」
「ほら、夫まで入ってくるのよ。この家の中じゃ不倫なんて絶対に無理よ」




