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電気羊飼いと天使の卵  作者: モギイ
第四幕
177/256

老人

 深夜のロンドン 病院の薄暗い一室で老人がベッドに横たわっている。急に窓が開いて風が吹き込み老人が目を覚ます。窓の桟にキースが座っているが、街灯の光で逆光になり顔はよく見えない。


 老人、窓の方角に顔を向ける。


「天使が来よった」

「あなたにお願いがあって参りました」

「幻覚がモノを言っとる。薬を元に戻してくれるように頼まにゃならんな」

「あなたは目覚めてますよ。わかってるんでしょう?」

「……なにが望みだ?」

「あなたの命を僕にいただけませんか?」

「天使かと思えば死神か。誰に頼まれた? よくここまで入り込めたものだ。死にかけの老人を殺させるとは、よほどの恨みがある奴に頼まれたんだな」

「僕は殺し屋でもありません。実を言うと譲っていただきたいのはあなたという存在なんです。そのためには死んでもらわなきゃなりませんからね」

「意味がよくわからんな。どうせもう数日の命だよ。こんな腫瘍だらけのじじいをどうするんだ?」


 キース、窓枠から降りると老人の横に立つ。  


「……キース? キースなのか?」


 キース、無表情で老人を見下ろす。


「お久しぶりです、ジェイムズ。三月にお会いして以来ですね。入院したと伺ったのですが、お見舞いにも来れずすみませんでした」

「だからこんな夜中に見舞いに来たというのではあるまい。お前は何者だ?」

「あなたはご自分のしてこられたことをどう思っていらっしゃいますか?」

「後悔しているかと聞いているのかね?」

「償いたいと思ったことはないですか?」

「思わないはずがないだろう? 今となっては手遅れだがな」

「それなら僕達に協力してください。あなたはあと数日で亡くなります。そのあと僕達が替え玉を立てる計画なんです」

「……目的は?」

「この世界を救うこと」

「……『僕達』というのは?」

「僕は24世紀から来ました」


 老人、微笑む。


「ああ、そういう事だったのか。君たちはこの時代には介入しない方針ではなかったかな?」

「先月方針が変わったんです。これからは僕があなたの代りを務めます。ホルムウッド・グループ会長が味方についてくれれば心強いですからね」

「君が代りを? どういう意味だ?」

「僕はコンピュータです。この身体は端末……人形なんです。あなたの替え玉も僕が操ります」

「それではお前は……フギンだと言うのか?」

「何度か電話でお話しましたね。どうです? 許可はいただけますか?」

「駄目だと言ったら?」

「断られても計画を変えるつもりなんてないんですけどね、ご本人の承諾を頂いたほうが、お互い気分がいいでしょう?」

「本当に世界を救えるんだな?」


 キース、笑う。


「ええ」

「わしに成りすましても本人ではないことがバレてしまわないか?」

「僕が俳優なのをお忘れですか? それに替え玉のボディはあなた自身の遺伝子情報を持っていますから、検査されても気づかれることはありません」

「ならいいんだ。なあ、わしが死んだ後、魂はどこにいくのか知ってるか?」

「24世紀になっても人が死んだらどこへ行くのかは科学的に証明されていないんです。そもそも魂なんてものが存在するのかどうかもね」

「そうか」

「でも、僕の知ってる人は『いいことした人はいいところへ行く』って言ってました。僕もそう思います」

「ただこうやって死んでいくだけかと思っていたからな。感謝するよ。わしの子供たちには遠慮はいらん。わしが死ぬのを楽しみに待ってるだけだからな。ただ……孫たちにはよくしてやってもらえるか?」

「特に孫娘のアデルには、ですね?」


 老人、笑う。


「何の心配もいらないようだな」

「明日の夕方、迎えをよこします。表向きはスイスの特殊な医療機関への移動ということになっていますので疑われることはありません。明日があなたの最後の一日になりますが……」

「ああ、わかってるよ。気を使わなくてもいい。綺麗ごとを言ってちゃこの世界は救えないよ。お前は少し優しすぎるんじゃないのかな?」


        *****************************************


 昼下がり 家庭菜園の世話をしているローハンにヨウコが話しかける。


「忙しそうね」

「一ヶ月も留守にするからね、やっとく事がたくさんあるんだ」

「ウーフが面倒を見てくれるわよ。水菜が育ってるね。もったいないから今夜は鍋にしちゃおうか?」

「もうすぐ夏だってのに鍋?」

「朝晩はまだ冷えるんだからいいじゃない。あれ、アーヤは?」


 ヨウコ、辺りを見回す。


「あそこの木の下だよ。アーヤがいると動物達が集まってくるから、GPSで探さなくてもすぐわかるんだ」

「七面鳥がずいぶん懐いてるわね。あの子をクリスマスに食べるのは嫌よ」

「飼っておけばいいよ。アーヤの友達を食べちゃうわけにはいかないだろ?」

「いい天気だね。この季節が一年で一番好きだな。こんな時期に日本に行くのはもったいない気がするね」


 ヨウコ、泥だらけのローハンに後ろから抱きつく。


「服に泥がついちゃうよ」

「そんなの平気よ」


 ローハン、景色を見渡してぼんやりと笑う。


「いつまでもここでヨウコと暮らしたいな」

「……いつまでもここで私と暮らすんでしょ?」


 ローハン、質問には答えず、振り返ってヨウコにキスする。ヨウコ、怪訝な顔でローハンを見上げる。


「どうかしたの?」

「時々幸せすぎて、何もかも夢じゃないかって思うことがあるんだ」

「昔の私みたいなこと言ってるのね。ハッピーエンドにするって言ったのはローハンでしょ? 自分の発言に責任持ってくれなきゃ困るよ」


 ローハン、笑う。


「そうだね。俺、どうかしちゃったのかな?」

「きっとこの陽気のせいだよ。そろそろケーキが焼けた頃だからお茶にしようよ」


        *****************************************


 24世紀 『会社』の一室でサエキとガムランが話している。


「やっとハルノにプロポーズしたってな 」

「誰に聞いたんだよ?」

「ウサギさんだよ。まだサエキさんから挨拶がないってぼやいてたぞ」

「この後行ってくるよ。さっき寿司も買ってきた」


 ガムラン、窓際に歩いていく。


「フギンの奴、調子に乗りすぎだぞ。ジェイムズ・ホルムウッドのことは聞いたか?」

「ホルムウッド・グループの総帥だろ? 替え玉を立てるって言ってたな。巨大コンツェルンを自在に操れりゃ世直しには都合がいい。なかなかいいアイデアだと思うけどな」

「替え玉はやめてホルムウッド本人を使うらしい」

「はあ?」

「末期ガンを治療させたんだよ。治療に使われたのがな、流通はしてはいたものの、21世紀の段階では癌治療に効果があると知られていなかった薬品なんだ。24世紀の技術は持ち込まないと『じいさん』には言い渡されてるからな。これはアウトだって言ったんだが、存在するものを使って何が悪いって言い張るんだよ」

「キースらしいな」

「そこまでしてあんなじじいを救ってどうするんだ?」

「あいつのことだから、ちゃんと考えがあってのことだよ。陰で相当あくどいことしてきたじいさんだから使い道には困らんだろう」

「サエキさん、俺よりもあいつの肩をもつんだな」

「すねるなよ」

「すねてないよ」


 サエキ、愉快そうに笑う。


「なるほどなあ。お前ら、似たもの同士だから反発し合うんだ。やっとわかったよ」


 ガムラン、露骨に不愉快そうな顔をする。


「サエキさん、いくら俺たちの仲でも言っていい事と悪いことがあるぞ。あんな奴と俺とを一緒にするな」

「まあ、そんなに怒るなよ。俺は明日から日本だよ。面倒だからこっちにはしばらく来ないぞ」

「ああ、構わんよ。土産は気にせずせいぜい楽しんで来てくれ」

「わかった。じゃあな」


 部屋から出て行こうとするサエキにガムランが声をかける。


「ところでヨウコさんの実家の近所に老舗のきんつば屋があっただろ?」

「ああ、あの店がどうした?」

「次に出社するときは、その店の『芋きんつば24個入り』を忘れずに持ってくるように」

「土産が欲しいんだったら素直にそう言えばいいだろ?」


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