ウーフの嫁
キッチン ヨウコとマサムネが話している脇でサエキが新聞を読んでいる。
「僕は明日から博士のお供で南米なんだ。ヨウコちゃんたちは来月から日本だろ? いつ戻ってくるの?」
「クリスマス前には帰ってくるよ。せっかくの里帰りだからのんびりしてこようと思って」
「21世紀の日本って面白そうな所だね」
「うん。田舎暮らしに慣れると、人が多すぎて疲れちゃうけどね」
マサムネ、椅子から立ち上がる。
「そろそろ戻って博士の支度を手伝わなくちゃならないんだ。それじゃ、次に会えるのは二か月先か。寂しいな」
マサムネ、申し訳なさそうな顔でヨウコを見る。
「……ごめんね。ローハンにプログラムを消してもらおうとしたんだけど、うまく行かなかったんだ」
「うん、サエキさんに聞いたわ」
「僕を見るたびにヨウコちゃんが嫌な思いをしてるのはわかってる」
「嫌じゃないよ。でも、マサムネさんが辛いだろうと思って……」
「こうやって時々会ってもらえれば大丈夫だよ」
ヨウコ、黙ってマサムネの顔を見つめる。
「どうしたの?」
「私、マサムネさんのことは好きだよ。付き合うわけにはいかないけど……でも好きだから」
「うん、ありがとう」
ヨウコ、マサムネの身体に腕をまわすと伸び上がってキスする。
「ヨウコちゃん?」
「ごめん」
「どうして謝るの?」
「ええと……勝手にチュウしちゃったから」
マサムネ、笑う。
「おかしな事を言うんだね。……どういう心境の変化?」
ヨウコ、気まずそうな顔をする。
「答えにくかったら答えなくてもいいよ」
マサムネ、ヨウコを抱きしめる。
「好きだよ」
「うん、私もマサムネさんが好き。もう一度チュウしてもいい?」
「今度は僕からさせてよ」
マサムネ、ヨウコをそっと抱き寄せてキスする。
「じゃあ、行くね」
「日本から帰ってきたら連絡するよ」
マサムネ、サエキに声をかける。
「サエキさん、では、失礼します」
サエキ、顔を上げる。
「ああ、またな。博士によろしく伝えてくれ」
マサムネが出て行くと、サエキが怪訝な顔でヨウコを見る。
「ヨウコちゃん、何やってるんだよ?」
「下準備よ」
「はあ?」
「今、マサムネさんに侵入したの。あの人はローハンと違って隙がないから、気をそらさなきゃ気付かれちゃうでしょ?」
「ああ、だからチュウしたのか」
「私にならあのプログラムを解除できると思ったのよ。マサムネさんが望まなくても強制的にね」
「で、どんな感じだ?」
「キースの時よりは簡単だと思う。……次に会ったときにやるわ」
ヨウコ、視線を落としてテーブルの上の自分の手を見る。
「おい」
「なに?」
「流されるなよ」
ヨウコ、苦笑いする。
「わかってるわよ。エンパスって嫌ねえ」
「あいつはヨウコちゃんが惚れるように設計されたんだ。惹かれるなって言っても無理な話だからな」
「サエキさん、本当はマサムネさんよりも私が心配だったんじゃないの?」
「まあ、そうだ」
「大丈夫。自分がやってることはわかってるわ。でもね、あの人は私の自分勝手な『一つ目の願い』のせいでこの世に生を受けたわけでしょ? だから少しでも気持ちに応えてあげたいの」
ヨウコ、顔を上げてサエキを見る。
「……そのぐらいはいいよね?」
「ヨウコちゃんは子供じゃないもんな。俺は何も言わないよ。気の済むようにやればいいさ」
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居間 ヨウコがアリサとウーフと話している。
「アリサも一緒に日本に帰らない?」
「一緒に戻っても実家が離れとるから、姉ちゃん達とは別行動になるやろ? またにしとくわ」
「そっか。あんたたち、うまく行ってるのね? 付き合うかどうか考えてみるって言ってたでしょ?」
ウーフが胸を張る。
「当然だろ? 俺ほどの男がほかにいるものか」
アリサ、笑う。
「嫁にしてくれるらしいしな」
「嫁? 結婚するの?」
「嫁っていうからにはそういう事なんやろうなあ」
「そういう事だ。それ以外にアリサを嫁にする方法があったら言ってみろ」
ヨウコ、ウーフを疑い深そうに見る。
「あんた、アリサを養えるんでしょうね?」
「大丈夫だ。この間のバイトは評判がよくてな、フルタイムで入れそうなんだ」
「まだ牧羊犬やってるの?」
「馬鹿を言うな。大学で臨時講師をやったんだ」
「はあ? 大学? そんなところであんたが何を教えるのよ?」
「哲学に決まってるだろ? 俺のライフワークだからな」
「そういや犬のくせに哲学書ばっかり読んでたわね」
「俺、博士号持ってるからな。経歴詐称だけど絶対にバレないから平気だ」
「キースに頼んだのね」
「女子学生に絡まれるのが困りものだ。みんな俺とお茶を飲みたがる」
「あんた、見かけだけはいいからねえ。じゃ、アリサはこっちに住むことにしたのね?」
「うん。ビザはなんとでもなるらしいしな。そうそう、姉ちゃんたちが戻ったら一緒に旅行に行ってくるわ」
「どこ行くのよ?」
「世界をぶらりと旅して回るねん」
「ええ? 婚前旅行ってこと?」
「ウーフはインドの方言以外はわかるらしいから、どこに行っても困らへんやろ?」
ウーフ、笑う。
「おう、任せておけ」
「いいなあ、私も結婚前に貧乏旅行してみたかったけど、機会を逃しちゃったのよね」
「貧乏旅行やないで。キースがコネで五つ星ホテルを取ってくれるって言うてたわ」
「そうなの? あんた、なにげにキースを使うのうまいわよね」
「私はなんも頼んでへんで? ヨウコ姉ちゃんの話をしたらえらい喜んでなあ……」
「私の情報を売ってるんじゃないの。でも、五つ星ホテルなんてペットを連れて泊まれるのかしら?」
ウーフ、ヨウコを恨めしそうに睨む。
「まだ言うのか。いい加減に暗い過去は忘れさせてくれてもいいだろ?」
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キッチン ヨウコとサエキが話している。
「久々の日本だなあ。楽しみだよ」
「やっぱり来るのね」
「お目付け役だからな。当然だろ?」
「お目付けじゃなくて買い付けでしょ? 帰りの荷物、フィギュアと怪しい本でいっぱいになるのはわかってるわよ。ちゃんとハルちゃんも連れておいでよ」
「いいのか?」
「置いてくなんてかわいそうでしょ? 留守番はウーフとアリサに任せるわ」
「アリサちゃんは帰らないの?」
「まだ日本は恋しくないみたいよ。そのうち挨拶に行くって言ってたけど」
「挨拶?」
「そりゃあ両親に結婚の挨拶しなきゃまずいでしょ? アリサは日本人だから事実婚ってわけにはいかないわよ。親が納得しないわ」
サエキ、驚いた顔をする。
「あいつら結婚する気なのか? ウーフはロボットだぞ」
「黙ってりゃわかんないわよ。そういう自分はなんなのよ? かわいいロボットと結婚するくせに」
「そうだけどさあ。でも、ウーフなんて名前じゃふざけすぎだろ?」
「銀行口座作ったときの名前があるでしょ? ミスター・ウルフギャング・R・コーヘンってことになってるわよ」
「凄い名前だな」
「だってキースがつけたんだもん。見た目も迫力あるから名前負けはしないわね」
「なるほどな。キースはどうして日本に行くの?」
「次の映画は日米合作なのよ。いろんなところで撮影して回るんだって。どっかの財閥のパーティにも招待されてるみたいよ。財界人が集まるから顔を出しておくってさ」
「あいつとは毎日話してるんだろ?」
「うん、相変わらず計算ばかりしてるわよ。世界を救うって手間がかかるのねえ」
サエキ、呆れたように笑う。
「誰の願い事だと思ってるんだ。人事みたいに言うなよ」
「考えてみれば24世紀の技術をこっちに持って来ちゃえば、温暖化でも大気汚染でも簡単に解決できるんじゃないの?」
「それは『じいさん』に禁じられてる。この時代に未来の科学技術を伝えることだけは許されないんだ。必要ならばこの時代で開発させなきゃならない。研究者を養成するところから始めなきゃならないんだよ」
「忍耐のいる話ねえ」
「結局人類は自分の力で自分自身を救わなきゃならないってことだよ。24世紀の技術で使っていいのはコンピュータ、一基だけ。キースは惑星規模のシミュレーションゲームのプレイヤーみたいなもんだな。使える限りの持ち駒を使って世界を破滅から救わなきゃならん。ズルしないように見張ってるって言われたってさ」
「やっぱり『じいさん』は私たちのやること、全部見てるのね。ま、キースなら何の心配もいらないわ」
「ずいぶんとあいつを信頼してるんだな」
「自分の男を信じられなくてどうするのよ? それじゃ、飛行機のチケット、取っちゃうかな。大人四人、子供二人に乳児か。大人数だな」
「ファーストクラスにしろよ」
「ええ、高いじゃない」
「キースに出させりゃいいだろ?」
「いいのかなあ」
「あいつがどんだけ金持ってると思ってるんだ。貸切にしとけよ。ところで俳優端末は今どこにいるの?」
「今はまだロンドンよ。人に会わなきゃならないんだって。世直しの手伝いを頼みたいんだそうよ」




