ハルノの気持ち
背の高い女性がキッチンに入ってくるとヨウコに話しかける。
「こんにちは、ヨウコさん。お久しぶりですね」
ヨウコ、女性の顔を見て微笑む。
「あら、誰かと思ったらスズキさんね。女性バージョンも素敵だなあ」
スズキ、嬉しそうに笑う。
「ありがとうございます。入院されたときにはお見舞いにも行かずすみませんでした。ちょうど出張中だったんですよ」
「でも、出先から果物を送ってくれたでしょ? ナイフを刺したら爆発した奴以外はおいしくいただいたわ」
「ああ、あれ、熟れるとはじけやすくなるんです。まだ改良の途中なんですよ。無事に食べられればあんなにおいしいものはないんですけどね。今度また持ってきますよ」
「スズキさんがむいてくれるんだったらお願いするわ。今日はサエキさんに会いに来たんでしょ? 居間でテレビを見てたわよ」
「そうですか。じゃ、行ってきますね」
スズキ、部屋から出て行く。しばらくしてハルノが入ってくる。
「ヨウコさん、お昼の支度をするわ」
「まだいいんじゃない? ローハンも呼んだから一緒にコーヒー飲もうよ。入れるからちょっと待ってて」
「わかったわ。ありがとう」
タネを抱いたローハンが入ってくる。
「スズキさん、来てるんだね」
「サエキさんたちにもコーヒー持ってった方がいいかな?」
「今はやめといたほうがいいんじゃない」
「どうして?」
「さっき居間の前通ったら、ヤラシイ声がしてたよ」
ヨウコ、慌ててハルノを見る。
「ちょ、ちょっと、ローハン。ハルちゃんの前よ」
「え? ああ、ハルちゃんは気にしないよ。ねえ、ハルちゃん」
「なんのこと?」
「サエキさんとスズキさんのことだよ」
「共通の趣味があるのにはちょっぴり妬けるかな。今年はスズキさん、女性キャラのコスプレができるからって、二人で盛り上がってるみたいよ」
「そっちの話じゃないわよ。イチャイチャされて気にならないの?」
ハルノ、首を傾げる。
「……どうして?」
ローハン、笑う。
「言ったろ? お茶を一緒に飲む感覚なんだってば」
「それ、どうしても慣れないわ。それにしても自分の部屋に行けばいいのに。まだ昼前よ」
「ヨウコも人のこと、言えないだろ?」
ヨウコ、赤くなる。
「あのソファ、ちょうどいい具合なのよね」
「ヨウコのスケベ」
「私はいつもベッドに行こうって言ってるでしょ? 腹立つなあ」
「そんな真っ赤な顔で怒っても全然怖くないもんね」
サエキとスズキが話しながら入ってくる。
「……お前が来てくれて、ほんと、助かったよ。ハルちゃん、何考えてるかわかんないからストレス溜まっちゃってさ。……ヨウコちゃん、コーヒーまだある?」
サエキ、ハルノが目の前に座ってるのに気づく。
「ああ、ハルちゃん……」
ハルノ、黙って立ち上がり、サエキの横をすり抜けて出て行く。
「ハルちゃん、どうかしたの?」
ヨウコ、サエキを睨む。
「どうかしたの、じゃないでしょ? サエキさんってひどい男だったのね」
「ええ?」
「頭の中の通信チップ、焼いてやりたい気分だわ」
「そんな事されたら死ぬだろ? 何でそんなに怒ってるんだよ?」
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サエキとハルノの部屋 サエキが入って来ると、ハルノに話しかける。
「ハルちゃん、どうしちゃったの? 俺のこと、嫌いになった?」
「サエキさんだって私に興味失くしたんでしょ?」
「そんなはずないだろ? 俺、ハルちゃんが大好きなんだよ。ハルちゃんこそ、俺に不満があるんじゃないの?」
「私がなに考えてるかわかんないからストレスだって、スズキさんに言ってたじゃない。あの人に会ってストレス発散してたんじゃないの? もしかしてスズキさん、ただの友達じゃないのね? やっぱり同じ趣味の人の方が一緒にいて楽しいもんね」
「スズキには相談に乗ってもらってたんだよ。俺、エンパスだから女の子の気持ちを読むのに慣れちゃってるだろ? でも、ハルちゃんが何を感じてるのか全然わかんないから、不安になっちゃってさ、悩んでても仕方ないから、あいつにアドバイスして貰ったんだ」
「何を悩んでたの?」
「ハルちゃんに結婚を申し込んじゃっていいかどうかだよ。俺と結婚したら、ハルちゃん、ずっと21世紀にいることになるだろ? そうなったら子育てだってこっちでしなきゃならないしな。ハルちゃんが受け入れてくれるか心配だったんだ」
「子育て?」
「子供、いらないの? 嬉しそうにタネの面倒を見てるから、そろそろ自分でも欲しいのかと思ったんだけど」
「サエキさんは私との子供が欲しいの?」
「そりゃそうだろ? ヨウコちゃんと作れとでも言うのか? ……どうしたんだよ? そんな驚いた顔して」
「驚いてるのよ」
「ハルちゃんが24世紀に戻りたいんだったら俺は止めないよ。でも、俺はこの仕事を降りるわけにはいかないから、あっちとこっちを行ったり来たりすることになっちゃうと思うんだ」
「私、あっちになんて戻りたくないわよ」
「でも、向こうでの仕事、楽しんでただろ? 家事手伝いだけなんて、ハルちゃんには物足りないだろ?」
「私はサエキさんのそばにいたいの。それにここにいればヨウコさんたちの手助けができるわ。『二つ目の願いのヨウコ』のお手伝いだなんて、何よりも凄い仕事でしょ?」
サエキ、ほっとしたように笑う。
「なんだ、そうなのか。スズキの言った通りだな」
「スズキさん、なんて言ったの?」
「ハルちゃんを見てれば俺のこと好きなのがわかるのに、どうして俺が悩むのかわからないって」
「サエキさんにはわからなかったの?」
「俺、自分の力に頼りすぎてたのかもしれないなあ。俺にとってこの能力は視覚や聴覚みたいなもんだからな」
「それなのにどうして感情も読めない私なんて好きになったの?」
「そうだなあ、ハルちゃんっていつも一生懸命だろ? 気が強くて負けず嫌いでそのくせ不器用でさ、最初から目が離せなかったんだけど、気がついたら惚れちゃってたな」
サエキ、ハルノの顔を見る。
「俺と結婚してくれる?」
ハルノ、黙ってうなずく。
「……あれ」
「どうしたの?」
「今、ちょびっとだけどハルちゃんの気持ちがわかったよ」
「そんなはずないじゃない」
「でも、わかったんだよ。すっごく喜んでくれてるだろ?」
「そりゃ、プロポーズされたら嬉しいに決まってるでしょ? エンパスじゃなくったってわかるわよ」
サエキ、ハルノを抱きしめて笑う。
「いいや、今のは絶対に感じたよ。やっぱり俺も日々進歩してるんだなあ」
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同日の晩 キッチンでヨウコとサエキが話している。
「サエキさんも結婚か。じゃ、早く離れの改装を済ませちゃわなきゃね。新婚生活をあんな小さな部屋で始めるわけにはいかないでしょ? で、式はいつなの?」
「まだ、そこまで考えてないよ」
「そうなの? ローハンがプランナーやるって張り切ってたけど」
「あいつ、そういうの大好きだもんな」
「式は21世紀でやってくれないと私が出席できないわよ」
「わかってるよ。あっちとこっちで二回やるよ。いろいろと付き合いもあるからな」
ヨウコ、おかしそうに笑う。
「まったくサエキさんがプロポーズで悩むなんてね」
「そんなに驚くことか? 俺、自分にまったく自信がないんだよ」
「何、言ってんのよ? モテまくりの美形エリートのくせに」
「本当に自信ないんだ。ずっと姉ちゃんに恋してたのに結局フラれただろ? ほかの子に惹かれたこともあったけど、一度たりともうまく行ったためしがないんだよ」
「つまり、サエキさんが本気で好きになる人は、サエキさんのことを好きになってはくれないと」
「その通り」
「サエキさんみたいな素敵な人に惚れないなんて、もったいないことする人もいるのねえ。私はパスだけど」
「なんだよ、それ? ……とにかくだな、ハルちゃんが俺のことをどう思ってるのか俺には見えないだろ? あの子、淡白で態度にも出さないもんだから、ますますわかんなくなってさ、心安く話せるスズキに相談に乗ってもらったんだよ」
「相談? 心安くイチャイチャしてたくせに」
サエキ、困惑した表情でヨウコを見る。
「相談といえばまずはイチャイチャだと決まってるだろ? ……何か問題でもあるのか?」




