僕のヒロイン
翌朝 ヨウコ、目を覚まして隣でキースが自分を見つめているのに気づく。
「ひ、ひいい」
「どうしたんだよ?」
「ふ、布団の中にキースがいる」
「一緒に寝てたんだから当たり前だろ?」
「寝てる間にイヤラシイ事したんじゃないでしょうね?」
「何もしてないけど……」
ヨウコ、目に見えて安心した顔をする。
「ああ、よかったあ」
「……なんでそんなにほっとしてるんだよ?」
「だってイヤラシイ事されたのに覚えてなかったら嫌でしょ?」
「ええ? して欲しいんだったらどうして拒絶するんだよ? わけわかんないよ」
「……わ、私のせいじゃないわよ」
「ヨウコさんのせいだろ?」
「……ごめん」
キース、笑うと、申し訳なさそうなヨウコを抱き寄せる。
「じゃ、許してあげる。こうやって一緒に朝を迎えられるだけで、僕は嬉しいんだよ。あの時、僕は眠ってるヨウコさんを残していかなきゃならなかったからね」
「ねえ、キース。これからはずっと一緒なんだよ。もう辛いことは忘れようよ」
キース、微笑む。
「僕は何も忘れないようにできてるんだ」
「私が記憶を消してあげようか?」
「やめてよ。今となっちゃ、あれも大切な思い出なんだよ」
「そうなの?」
「そうだよ。あの夜のことは絶対に忘れたくない」
「……私、キースと素敵な夜を過ごしたんだね。私だけ忘れちゃって、なんだか損した気がするな。もう思い出すことはできないの?」
キース、笑う。
「無理だな。徹底的に消させてもらったからね。ぼんやりとでも覚えてただなんて信じられないよ」
「夢だと信じて疑わなかったけどね。ところであなたはよく眠れたの?」
「僕が眠らないのは知ってるよね?」
「そうだった。普段、夜は何してるの?」
「この端末なら、接続を切って寝かせておくんだ。休養を取らせないとお肌に悪いからね」
「じゃあ、私は抜け殻と一緒に寝てたのかしら。あなたはいつも忙しいもんね。いまや救世主もやらなきゃいけないし」
「今晩は一緒にいたよ。ずっとくっついてたのに気づかなかったの?」
「うん、ぐっすり眠ってたわ」
「三回もベッドから蹴り落とされそうになったよ。ヨウコさん、その身体、いびきもかくんだね。調節してもらったら?」
ヨウコ 赤くなる。
「やだなあ、せっかくキースの隣で映画のヒロイン気分にひたってたのに」
「ヨウコさんはいつだって僕のヒロインだよ」
「……よくもそんな臭いセリフを顔色も変えずに言えるよね。ローハン以上だわ」
キース、笑ってヨウコの顔を覗き込む。
「陳腐なセリフも言えないようじゃ俳優失格だろ?」
「うわ、朝からどうしてそんな完璧な顔してるのよ。心臓に悪いわ。そ、そんなににこやかに笑わないで」
キース、真っ赤になったヨウコをそのままベッドに押しつける。
「昨夜は逃げられちゃったけどね。今度はそうは行かないよ」
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居間 サエキが入ってくると、タネにミルクをやっているキースに話しかける。
「おはよう。今朝もダメだったんだな」
「ヨウコさんの潜在意識下では嫌われているのかもしれません」
「いじけるなよ。まだ一緒にいるとリラックスしきれないんだよ。ついつい力を使ってしまうんだろうな」
「やっかいですね。僕といるとそんなに緊張するのかな」
「そのへんはお前じゃローハンにはかなわないよ」
「ローハンか……。もうちょっと間抜けな演出を心がけたほうがいいですか?」
「最近のお前は十分に間抜けに見えるけどなあ」
「もういいです。……そうだ、見てください。タネがやっとミルクを飲んでくれるようになったんですよ」
「よかったじゃないか。知らないおじさんは嫌だけど、おなかが空くのはもっと嫌だから仕方がない、って諦めたんだな」
キース、無表情でサエキを見る。
「……エンパスなんて存在しませんから」
「すまん。でも、このまま続けていけば、いつかは『知らないおじさん』から『知ってるおじさん』になれるさ」
「そんなのちっとも嬉しくないです」
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翌朝 ヨウコが玄関でキースを見送っている。
「ヨウコさん、次に会うのは日本だね」
「うん、タネにお別れは言ったの?」
「よく寝てたから顔だけ見てきた。『キースケ』を通して成長を見守るよ」
キース、ヨウコを抱きしめるとキスする。
「昨夜はごめんね。あなたのことは大好きなんだよ」
「わかってるよ。謝らなくてもいい。でも、いつかは抱かれてくれるんだろ?」
ヨウコ、何も言わずに目をそらす。
「……何で黙ってるんだよ?」
「だって、こんな格好いいキースと裸になってあんなことやこんなことするのよ。そんな恥ずかしい真似、できっこないってば」
「……今、断言したね」
「そういうわけじゃないけど……」
「わかった。それなら格好よくない端末を借りてくるよ」
「そんなのやだ。このキースがいい」
キース、力なく笑う。
「……ヨウコさん、次に会うまでに解決策を考えておいてくれるかな?」




