キース、誘う
居間 キースがタネに哺乳瓶をくわえさせようとしている。隣に座っているアーヤがキースに話しかける。
「だーうー、ぶー」
「うん、アーヤ、わかってるよ。でも、どうして飲まないのかなあ?」
「うー、うー、ぎぃぎぃ」
「ええ? 知らないおじさんは嫌だって言ってる? 僕は父親なんだけどなあ」
アリサとハルノが入って来る。
「あれ、キースがミルクをあげてるの?」
「うまく飲んでくれないんだよ。お腹がすいてるはずなのにな」
ハルノが笑う。
「スーパーコンピュータにもできないことがあるのね。ヨウコさんはどうしたの?」
「滅多に帰ってこないんだから、ここにいる間はしっかり父親しろって言われたんだよ」
「そういえば今日は仕事に戻る予定じゃなかったの?」
「急に子持ちになったもんだから、滞在を延ばしたんだ。明後日の朝までいられるよ」
アリサ、嬉しそうにタネの顔を覗き込む。
「かわええなあ。ほんまにキース、そっくりや。姉ちゃんが気づかんうちに子供を産ますなんてキースって凄いんやなあ。24世紀のストーキングテクニックなんか?」
「この件に関してはヨウコさんに聞いてくれないかなあ」
「なんや、話しにくいんか。さては悪いことしよってんな」
ハルノ、タネの足に触れる。
「ちっちゃくてかわいいなあ」
キース、顔を上げてハルノを見る。
「ハルちゃんは子供は欲しいの?」
「……私、人間じゃないもん」
「僕だって人間じゃないよ」
「でも、サエキさんとじゃ無理みたい。最近、なんだかよそよそしいの。時々、私を見て困った顔してるんだ。別れ話でも考えてるんじゃないかしら」
アリサが不思議そうな顔をする。
「サエキさんがか? そんなことないやろ?」
「私、そういうの見落とせないようにできてるんだよね。あーあ、人間に生まれたかったなあ」
「なんでや? 」
「だって、機械よりは人間の方がいいに決まってるでしょ?」
「ウーフもロボットやけど、気になったことなんかないで? 姉ちゃんの男なんて二人とも機械やけど幸せいっぱいやんか。そうやろ、キース?」
キース、笑う。
「ヨウコさんのこだわりのなさは普通じゃないけどね。でも、サエキさんがそんな事を気にするとは思えないな。ハルちゃんはずいぶんとコンプレックスがあるんだね」
「24世紀じゃロボットはモノ扱いだもん。付き合ってた人にあっさり捨てられてから、なんだか怖くなっちゃったの」
「そいつには見る目がなかったって事だよ。サエキさんはそんなことしないさ」
タネがむずかるのを聞いて、通りがかったローハンが入ってくる。
「飲まないの?」
「うん。お腹すいてないのかな?」
「そんなことないだろ? 俺に貸してよ」
ローハン、タネと哺乳瓶を受け取るとソファに座る。
「ほら、キースケ、飲みな」
「勝手に名前をつけるなよ」
タネ、哺乳瓶の乳首に吸い付くとミルクを飲み始める。
「飲んでるよ」
「……何がいけないんだろう? ミルクの温度も哺乳瓶の角度もヨウコのさんのやった通りなんだけどな」
「ヨウコなんて元々いいかげんだから、真似したってなんの役にもたたないよ。毎週会いに行ってた俺のことを親だと思ってるんだろうな」
「ええ?」
「お前、また三週間いなくなるんだろ? ますます俺になついちゃうと思うよ」
「それはまずいよ。なんとかしないと」
「心配するなよ。俺が息子として責任持って育ててやるからさ」
「だからそれがまずいって言ってるんだろ?」
タネ、急に顔をしかめると身体をこわばらせる。
「あれ、うんちしちゃったみたい」
キース、素早く立ち上がる。
「オムツ、替えてくるよ」
アリサが笑う。
「赤ん坊のオムツを替えるハリウッドスターなんておもろいなあ。ついでに兄さんにやって貰ったらええのに」
「そうはいかないよ。せめてこのぐらいはやらないと、本当に忘れられちゃったら困るだろ?」
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同日の夕方、キッチンに入ってきたキースが、料理をしているヨウコに声をかける。
「夕飯はなに?」
「今日はタネの命名祝いにお寿司にするんだ。手巻き寿司だけどね」
「ふうん。イクラもある?」
キース、ヨウコに近づくといきなり後ろから抱きすくめる。ヨウコ、握っていた包丁を取り落とす。
「危ないなあ。そこまで驚くことないだろ?」
「ちょ、ちょっと人に見られるよ」
「……このぐらい見られてもかまわないだろ? それとも人に見られて困るようなことを期待してるのかな?」
キース、ヨウコの髪をかき上げると、首筋にキスする。ヨウコ、真っ赤になる。
「ち、違うってば」
ローハンが後ろから声をかける。
「人は見てなくても、ロボットが見てるんだけどなあ」
キース、無表情で振り返る。
「……そこで何してるの?」
「寿司の準備の手伝いに決まってるだろ? イクラは一人250粒づつだからな。ごまかすなよ」
ヨウコ、呆れた顔をする。
「細かいなあ」
キース、ヨウコの耳元でささやく。
「ねえ、ヨウコさん、今夜は僕の部屋に泊まってくれる?」
「ええ?」
「いいだろ?」
「で、でも……」
「嫌なの?」
ヨウコ、また赤くなる。
「嫌じゃないけど……」
「よかった」
キース、笑ってヨウコにキスすると部屋から出て行く。ヨウコ、ローハンを振り返る。
「ええと……こういう事態になってるんだけど……」
「何度も言うけどさ、ヨウコとキースは恋人同士なんだから、それらしく振舞ってくれればいいんだよ」
「で、でも……」
「月に数日しか会えないんだろ? あいつがこっちにいる間は一緒に過ごしてやれよ」
「ありがとう、ローハン。でも、夜中にタネの面倒も見なきゃいけないし……」
ローハン、嬉しそうに笑う。
「今夜は俺に全部任せてよ。俺の顔を見ると笑うようになったんだ。かわいいんだよ」
ヨウコ、苦笑いする。
「……それ、キースには絶対に言わないほうがいいわよ」
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夕食後、サエキがキースに話しかける。
「ヨウコちゃん、落ち着かない様子だったな。何かあったのか?」
「僕が部屋に誘ったからですよ」
「ああ、なるほどな。どうして今まで何もしなかったんだ?」
「この家の中じゃなんとなく手を出しにくいでしょう?」
「なんだ、遠慮してたのか」
「子供までいる仲ですから、もう遠慮はやめました」
「お前らの関係って面白いよなあ。ちょっとこっちに来い。うまくいくおまじないをしてやるよ」
サエキ、手を伸ばしてキースの髪をくしゃくしゃにする。
「……なんてことするんですか」
「お前は完璧すぎるんだよ。少しは隙がないと相手が緊張しちゃうだろ?」
「ヨウコさんの前では完璧でいたいんです」
「先輩のアドバイスは素直に聞いたほうがいいと思うけどなあ」
「気持ちだけいただいておきますよ。では」
キース、立ち上がると部屋を出て行く。




