初めてのお留守番
キッチンでローハンがぼんやりと座っているところに、サエキが入ってくる。
「あれ、ヨウコちゃん、いないの?」
「出てったんだ」
「出てった? また怒らせたのか?」
「ルークを学校に迎えにいくって……。たまには一人で行って来るからくつろいでてって。俺のこと、邪魔になったのかなあ……」
「それは出てったとはいわんだろ?」
「もうすぐ学校に着くよ。今 ビクトリア通りだ……。角曲がった。あーあ、金曜のこの時間帯はスペンサー通りを回ったほうが早いのに」
「GPS情報を追っかけてるのか?」
「車をとめてる。なんであんなに駐車が下手なのかなあ」
「せっかく時間作ってもらったんだからほかの事したら? お茶入れてよ」
「今、校門を通った。立ち止まった。誰かと話してるのかな……。男だ」
「お前、今、偵察衛星につながってるだろ」
「真上からだとよくわからないよ。ケイトリンちゃんのおとうさんかな。あの人離婚してるんだよな。優しそうだし顔もいいんだ。ヨウコが口説かれちゃったらどうしよう」
サエキ、呆れた顔でローハンを見る。
「そんなに気になるんだったら、盗聴器でもつけておいたら?」
「サエキさん、そんなもの使ったらヨウコのプライバシー、どうなっちゃうのさ? 俺はヨウコを信じてるから盗聴なんてしないもんね」
「はあ?」
ローハン、そわそわする。
「やっと動き出した。教室の前まできたぞ」
「お前さ、ヨウコちゃんが帰ってきて『なにしてたの?』って聞かれたらなんて答えるんだよ。ずっと見張られてるなんて気分悪いぞ。ケーキでも焼いて待ってたら?」
「そのほうがポイントあがるかなあ?」
「なんのポイントだよ?」
「『ビュッシュ・ド・ノエル』なんてどうだろう」
「クリスマスはまだだろ。第一、材料があるのか? バナナブレッドにしてよ。傷みかけのバナナがたくさんあっただろ?」
ローハン、しぶしぶお菓子作りの用意を始める。
「あれ、車が家と反対方向に向かってる」
「ひとりで行きたいところもあるだろ。今すぐ、ヨウコちゃんを追跡するのをやめなさい。わかった?」
「……はーい」
「ほんとにやめたんだろうな。もしかして今までヨウコちゃんと離れたことないの?」
ローハン、お菓子作りをはじめる。
「うーん、この間、150メートルほど離れのが最高記録かな?」
「そりゃ、息が詰まるぞ」
「え! 息が詰まるの?」
「当たり前だろ。一人で出かけたくもなるよ。もうちょっと距離あけてやれよ」
「だって、ヨウコ、ずーっと一緒にいたいって言ってくれたよ。素直な気分のときだけど」
「そんなの文字通りとってどうするんだよ。お前、おかしいぞ。歳いくつだ?」
「俺、まだ半年も生きてないんだけど。知ってるだろ? もしかして俺のこと、鬱陶しかったのかな?」
「それはないと思うけどさ、お互いのプライベートな時間も大事にしなくっちゃ」
「……俺はプライベートな時間なんていらないのになあ」
「お前の性格の設定に問題があるのかなあ。いくらヨウコちゃんが最優先だからって言っても、趣味くらい作ればどうなの?」
「うん……」
サエキ、急に真剣な顔でローハンに向き直る。
「なあ、お前、本当によくやってるよな」
「え?」
「ヨウコちゃん、最近急に明るくなっただろ? 前はなんだか無理してるみたいなところがあったのに。意地悪発言は相変わらずだけどな」
「ヨウコね、いつだっていいことが続いたと思ったら、すぐに段落が変わっちゃうんだって言ってた」
「段落って?」
「次の段落の書き出しはね、『しかし、その幸せは長くは続きませんでした』なんだってさ」
「そうか……」
「だから、俺が最後のページの最後の行は絶対に『…and they lived happily ever after. (そうして彼らはその後幸せに暮らしましたとさ)』で終わらせるって約束したんだ」
「そりゃ、凄い約束をしたもんだな」
「『一つ目の願い』を叶えるんだから、つまりはそういうことなんだろ? そんな約束も守れないようじゃ、俺にはヨウコのそばにいる資格は最初からないよ」
「そうだな。お前って自分の幸せについて考えたことはある?」
「俺はここでヨウコと死ぬまでずっと一緒にいられれば幸せなんだ」
「ほんとにヨウコちゃんのことが好きなんだな」
「そういう風に作ったんだろ? 何見てんのさ?」
「お前って凄いなあ。まるで人間だ」
「作り物でも人間は人間って言ったの、サエキさんだろ?」
「え? ああ、すまん。お前は本物の人間より凄いっていう意味だよ」
ローハン、手を止めて振り返る。
「ヨウコたち、戻ってきた。今ゲートのカメラに車が映ったよ。出迎えてくるね」
「おい、ここで落ち着いて待ってろよ。すぐに入ってくるから。犬みたいだな」
テーブルの下で寝ていたウーフ、顔をあげる。
「犬みたいってどういう意味だ?」
「お前を馬鹿にしたわけじゃないよ」
ローハン、ため息をつく。
「わかったよ。待てばいいんだろ」
「そんなにそわそわしてると嫌われるぞ」
「そんなことないよ」
「男はどっしり構えてるほうが格好いいけどなあ」
ヨウコ、入ってくる。
「ただいまー」
「おかえり、ヨウコちゃん、ルーク」
ルーク、嬉しそうにローハンに駆け寄る。
「あー、ロボットが何か焼いてるぞ」
「ローハン、何を焼いてくれたの? いい匂いだね」
ヨウコ、ローハンのところに行くと顔を覗き込む。
「おかえりくらい言えば? あ、すねてる。おいてっちゃったから怒ってる?」
「ううん、別に」
「言ってくれないとわかんないよ。私、ローハンのその顔に弱いんだよね。チュウしちゃえ」
ヨウコにキスされて、ローハン 赤くなる。
「わかった。私と離れてさびしかったんだ」
ローハン、うなずく。
「ローハン、かわいすぎ。明日は一緒に行こう。今日はね、ちょっと理由があったんだ」
ローハン また顔を曇らせる。
「誰かに会いに行ったの?」
「違うよ、なんで? その顔ほんといいわあ。気を引こうと思ってわざとやってるんでしょ」
ルークがローハンに話しかける。
「今日はみんなにロボットはどうしたんだって聞かれたよ」
「そっか」
「でも女の子たちにも人気なんだ。なんでだろ? ロボットって男の世界だろ?」
ヨウコ、笑う。
「ローハン、格好いいもんね」
「でも、トランスフォーマーのほうが格好いいよ」
「変形されちゃ困るわよ」
ローハン、おずおずとヨウコに尋ねる。
「ねえ、ヨウコ。俺といると息詰まる?」
「うん、詰まる」
「ええ!」
「うそだよ。そんなわけないでしょ。変なローハン」
ローハン、サエキを恨めしそうに横目でみる。ヨウコ、かばんから小さな包みを取り出す。
「ほら、これ買いに行ってたんだ。ローハンにあげる」
「何、それ?」
「プレゼント。いつも一緒だとこっそりプレゼントなんて選べないでしょ?」
「俺に? ありがとう。ところで何のプレゼント?」
「出会って今日で一ヶ月だからさ、記念にと思って。アニバーサリーは11ヶ月先だし、346年先に生まれる人の誕生日ってどう計算したらいいかわかんないしさ。……変かな?」
「ちっとも変じゃないよ」
嬉しそうにヨウコを抱きしめるローハンに、サエキが申し訳なさそうに話しかける。
「えーと、今思い出したんだけどさ、来週末、検診に戻ってもらわなきゃならないんだ。二泊三日ぐらいかかるかな」
「ええ? ……ヨウコも連れてってもいい?」
「絶対にだめ」




