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電気羊飼いと天使の卵  作者: モギイ
第四幕
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誕生日の贈り物

 一週間後の午後 キッチンでヨウコとローハンとキースの三人がコーヒーを飲んでいる。


 ローハンがオーブンに目をやる。


「ケーキのいい匂いがするね。誕生日祝いはいつするの?」

「子供たちが戻って来てからね。今朝からケーキ、三つも焼いちゃったんだよ」

「やったあ」

「キースの誕生日でしょ?」 


 キースがヨウコの顔を見る。


「18歳の? それとも33歳のかな?」

「両方よ。誕生日当日にうちにいるのは初めてだね」


 ローハン、笑う。


「それでも毎年きちんと祝ってもらってるよなあ」

「私ほどのファンがキースの誕生日を忘れるわけないでしょ?」


 ドアが開いて、布に包まれたものを抱えたサエキが入ってくる。


「ただいま。いい匂いだな」

「それ、何? 動いてるけど」


 サエキ、微笑む。


「誕生日プレゼントだよ」

「仔ウサギね?」

「なんでそうなるんだよ?」

「プレゼントにウサギばっかりくれる人がいるからよ」


 ローハン、戸惑った顔をする。


「ねえ、それ俺のこと?」


 サエキ、笑う。


「これは赤ちゃんだよ。さっき24世紀に戻って連れてきたんだ」

「ええ? 来月まで待つって言ってなかったっけ?」

「驚かしてやろうと思ってな」


 ヨウコ、顔を輝かせる。


「やった! 早く見せてよ」


 サエキがキースに歩み寄って赤ん坊を渡したので、ヨウコが怪訝な顔をする。


「ちょっと、なんでキースに渡すの? ……誕生日プレゼントってどういうこと?」


 サエキ、キースの顔を見て微笑む。


「ほら、キース。お前の子だよ。大事にしてやれ」

「……もしかしたら、って思ってたんです」


 ヨウコ、困惑した顔でサエキとキースを見る。


「どういう意味? 私の子を連れてきたんじゃなかったの?」


 ヨウコ、キースを睨みつける。


「……それよりなんであんたに子供がいるのよ? 愛してるのは私だけだって言ったじゃない。どこの女に生ませたわけ?」


 キース、慌ててヨウコから離れる。


「ヨウコさん、落ち着いて」


 ローハンがヨウコの腕を掴む。


「ヨウコ、そこでやめとかなきゃキースが壊れちゃうよ」


 サエキ、不思議そうにローハンを見る。


「……何が起こってるの?」

「わかりやすく言うと、『サイバースペース』側でヨウコがキースを羽交い絞めにしてる感じかな。サエキさん、早く説明してやりなよ」

「わ、わかったよ。ヨウコちゃん、その子は正真正銘ヨウコちゃんの子だよ。ただし父親はローハンじゃなくてこいつだ」

「……わけわかんない。なんにもしてないのに子供ができるわけないでしょ? 未だにチュウしかしてないのよ」


 キース、ヨウコに向き直ると頭を深く下げる。


「ヨウコさん、ごめん」

「はあ?」

「僕達、一度だけそういう関係になったことがあるんだ」


 ヨウコ、戸惑った顔でキースを見つめる。


「……そんなはずないでしょ? おかしなこと言わないでよ」

「あの時、ヨウコさん、酔ってたからさ。記憶も消させてもらったし」

「酔ってた? という事は……私がトニーのところに泊まった晩しかないわよね?」

「そう、あの時だよ。あの晩、僕がヨウコさんを迎えにトニーの所に行ったんだ」

「私が自分の気持ちに初めて気づいて、キースに恋心を封印された日だね?」

「うん。実はそれまでに、いろいろ起こったんだよ」


 キース、ヨウコの表情を伺う。


「……怒らないの?」

「私が誘ったんでしょ?」

「ううん。ヨウコさんはローハンは裏切れないって言ってた。僕が悪いんだよ」

「私は抱かれたくない人には抱かれないよ。だからキースには抱かれたくて抱かれたんだと思うけど……」

「そう言って貰えると嬉しいけど……」


 ローハンが口を挟む。


「でもさあ、妊娠させちゃうなんてどういうこと? せめて避妊しようとは思わなかったの?」

「安全日だし、まあいいかなあ、って」

「あの月はヨウコ、生理不順だったんだよ。お前らしくない失敗だよなあ」


 ヨウコ、二人の顔を睨む。


「ちょっと、どうしてあんた達が私の排卵周期を知ってるのよ?」

「生理前のヨウコは不機嫌だからに決まってるだろ?」


 キース、肩をすくめる。


「うっかりしたこと言えないからね」

「ムカつくなあ。……まあいいや、できたものは仕方ない」


 サエキが呆れた顔をする。


「相変わらず受け入れるの早いよなあ」

「だって、済んじゃった事はどうしようもないでしょ? ほら、赤ちゃん、見せてよ」


 ヨウコ、キースの腕から赤ん坊を抱き上げる。

「うわ、キレイな子ねえ。私の子とは思えないわ。女の子よね?」

「男だよ。キースにそっくりだろ?」

「男の子なの? キースに似たら頭もよくなるかしら?」


 サエキが笑う。


「いや、それはどう考えても遺伝しないだろ? でも、『俳優キース』のDNAは知能の高い人間のものをベースにして組まれてるはずだよ」


 ヨウコ、赤ん坊に話しかける。


「ごめんね。普通に生んであげられなくて」

「そうでもないよ。『会社』でかわいがられて育ってるから、ヨウコちゃんに胎教されるよりもずっとよかったんじゃないか?」


 キース、サエキに話しかける。


「突然、子持ちになるなんて驚きました」

「誕生日プレゼントにはぴったりだろ?」


 ローハン、ヨウコから赤ん坊を取り上げる。


「キースケはかわいいなあ。目つきだけはヨウコに似てるよ。性格、悪くなりそうだ」

「おい、勝手に名前をつけないでくれよ。それにそれはフェレットの名前だろ?」

「なんだよ。そんなかわいいモノ、独り占めするつもり? それじゃ、ヨウコ、俺の子ももう一人作ろうよ。作る手間は惜しまないよ」

「だから、もういらないって言ってるでしょ? この子だって予定外だもん。誰かさんのせいでさ」


 キース、探るようにヨウコを見る。


「……やっぱり怒ってる?」

「ううん。びっくりしたけどすごく嬉しい」


 キース、サエキを振り返る。


「どうしてすぐに教えてくれなかったんですか?」

「お前がなかなかヨウコちゃんとくっつこうとしないからだろ? それならローハンの子として育てたほうが子供のためにもいいからな」

「こいつ、だんだんキースに似てくるし、ヨウコが気づくんじゃないかって心配してたんだよ」


 ローハン、ヨウコに赤ん坊を手渡す。


「じゃ、親子水入らずにしてやるよ。サエキさん、行こう」

「おう、ルークたちは俺が迎えに行ってくるよ」


 ローハンとサエキが出て行くと、キースがおずおずとヨウコの顔を見る。


「……ヨウコさん、あの……」

「ほら。この子、おとうさんの顔を見てるよ」

「……僕の子か」

「よろしくね。おとうさん」

「これからは家族のために仕事しなきゃな」

「いつも仕事ばっかりじゃない。家族のためなら、もっと家にいてくれたほうが嬉しいけどな」

「……ヨウコさんがアーヤを身籠ったとき、ローハンがうらやましかったんだ。人間でもないのに子供を欲しがるなんて、自分でもおかしかったけどね」


 キース、ヨウコの肩に腕を回す。


「ごめんね。無責任なことをしたね。ヨウコさんとこの子を残して僕はいなくなるところだった」

「もう謝らないでよ。実を言うとね、その時のこと、なんとなく覚えてるんだ。でも、夢だとばかり思ってた。私を抱きながら何度も愛してるって言ってくれたでしょ?」

「覚えてるの? まさか……」

「夢の中で、あなたは私に向かって『忘れなきゃいけない』って言ったんだ。でも、私は忘れたくなかったの」

「知ってるよ。暗示をかける間、ヨウコさんは『絶対に忘れないから』って繰り返してた。あのまま一緒に朝を迎えられないのが辛かった。どうあがいてもプログラムには逆らえないからね。眠っているヨウコさんを置いて部屋を出たんだ」

「あなたがそんなに苦しんでたなんて、ちっとも知らなかったよ」

「あの晩はヨウコさんを抱くつもりなんてなかったんだよ。お互いの気持ちを知ってからは沈んだ雰囲気になっちゃってね、二人でずっと抱き合ってたんだ。ヨウコさんが悲しい目で僕を見てたよ。僕が『抱くよ』って言ったら、何も言わずにぎゅっと抱きしめてくれた」


 ヨウコ、黙ったままキースを見つめる。


「その後、シャワーを浴びて夜食を作ってね、普通の恋人同士のフリして昔の話ばかりしてたんだ。自分たちの関係に未来なんてないのはよくわかってたからね。あんなに楽しくて幸せで、それでいて惨めなのは初めてだったな。……最後に僕が手を引いてヨウコさんをベッドに連れて行った。お別れを言うためにね」

「私、泣いたでしょ?」

「翌朝、目が腫れてちゃまずいから泣くなって言ったんだ。ヨウコさん、必死で我慢してたよ。最後に一度だけキスをして僕が薬を打った。それでもう、あの夜は存在しなかったことになるはずだった」


 ヨウコ、キースを見上げる。


「この子が現れなければ黙ってるつもりだった?」

「酔ってるのをいい事に手を出すなんて犯罪者みたいだろ? ヨウコさんは許してくれないと思ってたからね」

「やっぱりキースは信用できないや。女を妊娠させといて誤魔化そうだなんて、芸能人みたいな真似してくれるわね」

「妊娠したなんて知らなかったんだってば。それに僕は芸能人だよ」


 ヨウコ、笑う。


「次回は記憶は消さないでね」

「……抱いても……いいの?」

「子供まで産ませておいて、いまさら何を言ってるのよ?」


 キース、赤ん坊の顔を見て微笑む。


「ほんとだね」


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