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電気羊飼いと天使の卵  作者: モギイ
第四幕
168/256

フギンのお手並み

 同日の晩 キッチンでローハンとキースが話している。


「ヨウコにすべてのことから手を引くように言ったんだってね」

「うん」

「それって本当は『じいさん』の指示じゃないよな?」

「うん」


 ローハン、微笑む。


「ありがとう、キース」

「礼には及ばないよ」

「ヨウコには人を傷つけて欲しくないからね」

「君にもそんな真似はして欲しくないよ。君はヨウコさんの『一つ目の願い(ファーストウイッシュ)』さえ叶えてればいいんだ」

「ヨウコはすべての人を助けたいんだよ」

「知ってるよ」

「でも、誰かを救おうとすれば別の誰かが犠牲になるのも理解してる。だから辛いんだ」

「僕なら犠牲を最小限にとどめることができる。誰を切り捨てるべきなのか迷うこともない。『じいさん』は適任者を選んだよ」

「キースだって辛いだろ?」

「選択の余地はないよ。やるべき事をやらないと誰も24世紀まで生き残れないからね。ヨウコさんに軽蔑されるような事もしなければならないだろうけど」

「ヨウコは軽蔑なんてしないよ」

「……うん、そうだね」

「感情を持ってしまったことを後悔してない?」

「僕が? まさか」


 ローハン、笑う。


「昨日はヨウコにチュウしまくってくれたな」

「気づいた?」

「気づかないはずないだろ? ヨウコ、しばらく上の空だったよ」

「君に謝るべきなのかな? それとも開き直ったほうがいい?」

「恋人同士がチュウして謝る必要なんてないよ」

「本当に君は構わないの?」

「俺と一緒にヨウコを守ってくれるのなら、こんなに心強いことはないと思ってるんだ。キースならヨウコを絶対に裏切らないからね」


 ローハン、キースを見て笑う。


「これで俺の身に何かあっても、ヨウコの心配をしなくて済む。肩の荷が下りたよ」

「ローハン……どうかしたのか?」

「ううん。でも、これからはますます何が起こるかわからないだろ?」

「そうだね」

「ただし二度とヨウコを泣かせるなよ」


 キース、笑う。


「それは約束できないな。ヨウコさん、ああ見えても涙もろいからね」


        *****************************************


 24世紀 『会社』の一室でヨウコの赤ん坊を抱いたガムランがサエキと話している。


「こいつ、連れてっちゃうんだな」

「そろそろ親に会わせてやらないとかわいそうだろ? ヨウコちゃんも気になってしかたないみたいだしな」

「いつ連れて行くんだ?」

「検査の結果も良好だったから、来週、連れて行っていいってさ」


 ガムラン、残念そうな顔をする。


「そうか」

「愛着、湧いたのか?」

「ああ、持ってくのはほかの子にしないか?」

「無茶を言うなよ。子供が欲しけりゃお前の架空の奥さんに頼め」

「その手があったな。それじゃ、説得してみるか」


 ガムラン、赤ん坊をサエキに手渡す。


「『二つ目の願い(セカンドウィッシュ)』はフギンに来たか。あいつも買われたもんだな」

「キースなら適任じゃないか。いざとなりゃローハンとヨウコちゃんの力も借りれるわけだしな」

「結局あいつはヨウコさんを手に入れたわけだ。子供まで産ませるとは思わなかったけどな」


 サエキ、驚いた顔でガムランを見る。


「ええ? 気づいてたのか? ……そうか、遺伝子解析の結果を見たんだな」


 ガムラン、笑う。


「そんな事しなくても顔見りゃわかるだろ? あいつの俳優端末にそっくりじゃないか」

「そう言われりゃ確かにそうだな。お前、キースが嫌いなくせにこの子はかわいいのか?」

「子供に罪はないからな。それにあいつの子だって気づいたのは七ヶ月目に入ってからだよ。しかしサエキさんがついていながらこんな事になるとはなあ」

「面目ない」


 ガムラン、窓辺に歩いていくと外を眺める。


「フギンの奴、諦めが悪いからサエキさんには手に負えなかっただろ。まあ『一つ目の願い』にさえ支障がなければ、俺はぜんぜん構わないんだけどな」

「ええ? そんなあっさり認めるんだったら、どうして最初から許してやらないんだよ?」

「そうは行かないよ。今回はたまたまうまく行っただけの話だろ」


 サエキ、真面目な顔になる。


「ひとつ気になってることがあるんだ」

「なんだ?」

「たとえばの話、ヨウコちゃんがローハンを捨ててキースに走ったとするだろ? それでもヨウコちゃんが幸せな一生を送ることができれば『一つ目の願い』は叶ったことになるのかなあ? ぶっちゃけた話、最初、キースに『一つ目の願い』を任せようか、って案もあっただろ?」


 ガムラン、振り返る。


「……そんな案、誰が? 俺は聞いてないぞ」

「会議前の雑談でちらっと出ただけなんだけどな。ヨウコちゃんの理想は『キース・グレイ』なんだから、フギンの端末に恋人役をやらせれば手っ取り早いんじゃないかって。でも、ハリウッドスターじゃ知名度が高すぎて現実的じゃないよな、ってことでその話は終わった」

「何にしろ、その案を認めるわけにはいかなかっただろうな。『ヨウコ』を本当に愛せなきゃ『じいさん』の条件には合わないんだから、感情のないAIなんかに任せられる任務じゃない」

「でも、今のキースなら条件にぴったりじゃないか?」  

「そればかりは『じいさん』に聞いてみなきゃわからんよ。まあ、ヨウコさんがローハンを捨てるとは思えんけどな」

「もしもの話をしてるんだろ? しかし、あいつら、仲よくやってくれてるから助かるよ」


 ガムラン、鼻で笑う。


「ローハンは相変わらず人がいいよな。キースはヨウコを絶対に裏切らない、か。笑っちゃうよ」

「……何の話をしてるんだ?」


 ガムラン、サエキの質問を無視して笑う。


「それでは救世主フギンのお手並み拝見といくかな」

「お前ってほんとにキースに冷たいな。なんかあったの?」

「若造が調子に乗ってるのが気に入らないだけだよ」

「ほんとにそれだけ? お前、恋愛なんてしたことないもんだから、羨ましいんじゃないの?」


 ガムラン、真顔になってサエキを見る。


「うちの奥さんとは大恋愛の末に結ばれたんだぞ。今となっちゃ尻に敷かれてるけどな」

「またそれか」


 ガムラン、窓辺から離れるとドアに向かう。


「サエキさん、どうせ暇なんだろ? ウサギさんたち誘ってカフェに行こうよ」


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