流れ星に祈る
居間 ヨウコとローハンとキースの三人が話しているところにサエキが入ってくる。
「よう、キース。早く着いたんだな」
ヨウコが期待に満ちた顔でサエキに話しかける。
「サエキさん、おかえり。今日は赤ちゃん、どうだった?」
「元気だよ。もうそろそろ外に出せるそうだ」
「早く会いたいなあ。寂しい思いしてないかな?」
「スタッフがしょっちゅう話しかけてくれてるから大丈夫だよ。今日もガムランが来てたな。毎日顔を出してるようだぞ」
「ふうん。ガムさんってほんとに子供が好きなんだね」
キースが無表情でヨウコを見る。
「どうせ、フリしてるだけだよ」
「そういえばキースはガムさんが嫌いだったよね」
「うん、大嫌いだよ」
サエキが真面目な表情でキースに向き直る。
「ガムランといえばだな、あいつからお前の処分を言い渡されたよ。暴走したことについては罰を受けてもらわないと示しがつかないそうだ」
「処分ですか? あいつ、嫌なことはいつだってサエキさんに押し付けるんですよね。本人が直接言えばいいのに」
ヨウコ、慌てて立ち上がる。
「キースを処分なんてさせないわよ。いくらガムさんでも、キースに手を出したらただじゃ置かないって言っといてくれる?」
ローハンが笑う。
「ガムランも命知らずだなあ」
サエキも笑い出す。
「あいつもそれはよくわかってるよ。ムカつくから、お前にはめちゃくちゃ達成困難な任務を押し付けてやる、ってさ」
「一体どういう任務なんですか?」
「『ヨウコ』の『二つ目の願い』を成就させること」
「僕が……ですか?」
ヨウコ、驚いてキースの顔を見る。
「キースが私の願いを叶えてくれるの?」
「ああ、『じいさん』から名指しで依頼があったんだそうだ。責任重大だぞ。まあ、以前からこっそり世直しの練習はしてたようだからな。大丈夫だろ」
「謹んでお受けします、って伝えといてください」
「大仕事じゃない。自信はあるの?」
キース、笑うとヨウコにキスする。
「私のキースに出来ないことはない、って言わないの?」
サエキがキースを見る。
「ところでさ、この時代と24世紀をネットワークさせる方法を教えろって、ガムが言ってるんだけど……」
「ダメよ。ガムさんには悪いけど、私たちしか知らない切り札にしておくわ」
「ええ?」
「キースに何かされちゃったら困るもん」
「いまさら何もしやしないだろ?」
「そんなのわかんないでしょ? キースがまた不始末をやらかしたらどうするのよ? 見張ってなきゃ何するかわかったもんじゃないわ」
キース、ヨウコを見つめる。
「……ヨウコさんはガムランと僕とどっちを信用してないわけ?」
「あんたよ」
「ええ?」
「だってキースってすごい嘘つきじゃない」
サエキ、笑う。
「嘘をつかせりゃこいつにかなう者はないからな」
「これだけ普段から嘘をつかされりゃ嘘つきにもなりますよ。どうして僕がアメリカ人や中国人に情報提供しなきゃならないんだかわかりません」
ヨウコ、驚いた顔でキースを見る。
「そんなことしてるの? 未来の情報なんか流したら歴史が変わっちゃうんじゃないの?」
サエキがニヤニヤ笑う。
「だからこいつが適当にでっちあげるんだよ。大国に恩を売っときゃ、いざというとき役に立つかもしれないだろ?」
「そうガムランが言うんでしょ? どの国も僕から情報を引き出そうと必死ですからね、最近はインチキ占い師になった気分ですよ」
*****************************************
家の表の丘の斜面にキースとヨウコが座って夕日を眺めている。
「最近、急に暖かくなってきたね」
「あと少しで春だもんね。あなたの天気予報じゃ明日は晴れかな?」
「うん。夕方からは少し曇るけどね。僕はその頃は飛行機の機内だな」
「今度はいつ戻れるの? あなたの誕生日には帰ってこれる?」
「うん、必ず戻るよ」
キース、ヨウコの顔を覗き込む。
「ねえ、ヨウコさん。僕も『じいさん』に会ったよ」
「え? どこで?」
「昨夜、東京駅の防犯カメラの前に突然『じいさん』が現れてね、ヨウコさんの『二つ目の願い』を叶えるように正式に依頼された」
「防犯カメラじゃ声なんて聞こえないんじゃないの?」
「唇ぐらい読めるよ。僕は俳優なんだから」
「そういうもんなの? じゃ、これからは21世紀に好きなだけ介入しちゃっていいんだね」
「自分が救世主だったなんて思ってもみなかったな」
「それは救ってからのセリフでしょ?」
「僕が失敗すると思ってる?」
「思ってないよ」
「ヨウコさんはこれからは何もしなくていいからね」
「え? だって……」
「『じいさん』からそう言い渡されたんだ。力を貸して欲しいときには僕から頼むよ」
「なんだ。それじゃ仕方ないね」
「ヨウコさんは自分の人生をもっと楽しんでよ」
「十分に楽しんでるんだけどな。このところ波乱万丈過ぎて先が見えないけどね」
「『二つ目の願い』を叶えるのが僕でよかった。これで胸を張ってヨウコさんの傍にいられるね」
「なに言ってるのよ? そんな理由なんていらないでしょ?」
キース、ヨウコを抱き寄せる。
「やっとチームの一員になれた気がするよ」
「そうなのかしら? あなたのことは最初の最初から筋書きに入ってた気がするわ」
「『じいさん』の書いた筋書きに?」
「うん。最初から『二つ目の願い』を任せるつもりだったんじゃないかしら」
「もしそれが本当なら『じいさん』に感謝しなきゃな」
「散々振り回されて悔しい気もするけどね」
ヨウコ、キースの顔を見る。
「……そうだ、聞きたいことがあったんだ。私ね、24世紀であなたに会ったの。心当たりはある?」
「ヨウコさんが撃たれた後だね。どこで会ったの?」
「私の頭の中で」
「頭の中?」
「新しい身体が動かせないのがショックで自分の中に引きこもってたらね、あなたが私の前に現れたの。これから面白いことが起きるって言ってた」
「その頃は僕は眠ってたんだから、ヨウコさんに会いに行けるはずないだろ?」
「そうだよね……。じゃああれはなんだったのかなあ?」
キース、首をひねるヨウコを見て笑う。
「ヨウコさん、来月末から日本に行くことになったんだ。僕の日程に合わせて里帰りしない?」
「それいいな。子供の休みにも重なるし。おとうさんたちに改めてキースを紹介しなくっちゃ」
「私の愛人ですって言うの?」
「……まずいかな?」
「普通はそうだろうね」
「なんだか本当に不倫してる気分になってきたわ」
「この時代じゃこういう関係を不倫っていうんだろ?」
ヨウコ、笑う。
「キースが愛人だなんて贅沢な響きだなあ」
キース、ヨウコの肩に手をかけると草の上に押し倒す。
「うわ、なにすんのよ?」
「心ゆくまでキスしようかと思って」
「こんなとこで? 不倫現場をローハンに見られちゃうわよ。いくら公認でも、さすがに目の前は気がひけるよ」
「見えやしないよ。真上にあった偵察衛星、軌道からはずしておいたから」
「ええ?」
「たくさんあるんだから一個ぐらい平気だよ。もうすぐ落ちてくるのが見えると思うけど」
「落としたの?」
「小さいものだからすぐ燃え尽きるよ」
「もったいない。高価なモノなんでしょ?」
「単純なつくりだからね。攻撃衛星ほどじゃないよ。原価350円ってとこかな? 寿命が来たら落っことすんだ。宇宙ごみになっちゃ困るからね」
「そんなに安いんだ。じゃあ、攻撃衛星は?」
「2980円」
「特売みたいね。あ、流れ星!」
「思ったより早かったな」
「……もしかして、今のが落っことした衛星?」
「うん。願い事した?」
「そんなの思いつかなかった」
「もう一個、落とそうか?」
「いいよ。願い事は『じいさん』にしたのだけで十分だよ」
「そうだったね。僕はちゃんと願い事したよ」
「何を願ったの?」
「言えないよ。人に話すと叶わなくなるって言うからね」
「心ゆくまでヨウコにチュウしたい、とか願ったんでしょ?」
キース、笑うとヨウコにキスする。
「キスぐらいならわざわざ星に願うこともないだろ?」




