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電気羊飼いと天使の卵  作者: モギイ
第四幕
166/256

アーヤとキースケ

 キッチンに入ってきたローハンがヨウコに話しかける。


「キースのイタチ端末、どこに行ったの? 今朝から見かけないんだけど」

「『キースケ』ならアーヤと保育園に行ったわ」

「キースケ?」

「だってキースって呼ぶと紛らわしいんだもん。かわいいでしょ?」

「保育園になんて連れてっちゃっていいの?」

「だって、アーヤが離さないんだからしょうがないでしょ。最近、行きたがらないから助かったわ」


 ヨウコ、宙に向かって話しかける。


「キース、『キースケ』は大丈夫? どうしてる?」

『バッグの中に隠れてる約束だからね。時々アーヤが覗きにくるんだ。園児に見つかったら八つ裂きにされるよ』

「大きいキースおじさんはいつ戻ってくるのよ? スケジュール、決まったの?」

『知りたい?』

「うん、知りたい」

『土曜日の昼過ぎに戻るよ。二日間しかいられないけどね』

「あれ、一ヶ月先じゃなかったの?」

『撮影の予定が狂ったんで、空きができたんだ』


 ローハンが呆れたように笑う。


「狂ったんじゃなくて狂わせたんだろ? どこかのわがままな電子計算機がさ」

『うるさいな』

「図星だな。監督に告げ口してやろうか?」


 ヨウコ、うっとりした表情になる。


「キースに会えるなんて嬉しいなあ」

「ヨウコ? 視線がおかしいよ」

「ハリウッドスターが私のために仕事をサボタージュしてくれたのよ。ちょっとは浸らせてよ」

「あーあ。じゃあ、俺、その日はトニーと釣りにでも行ってくるよ。しばらくいちゃいちゃしてるんだろ」


 ヨウコ、厳しい視線でローハンを見る。


「トニーと何を釣りに行くのよ?」

「魚に決まってるだろ? ほかに何を釣るってんだよ?」

「あんた達ふたりが並んでたら、嫌でもほかのものが寄って来るわよ」

「ヨウコはキースに会うんだからそれでいいだろ? なんで俺の心配するわけ?」

「心配しないで欲しいの?」

「それも寂しいなあ」


 キースが口を挟む。


『夫婦喧嘩するなら、僕の聞こえないところでやって欲しいな』

「ごめん、キース」

『ところでアーヤなんだけどね……』

「うん」

『僕の言ってる事がわかるみたいなんだ』


 ローハンが怪訝な顔をする。


「あのイタチ、しゃべらないだろ?」

『うん、でも僕が話しかけると反応するんだ。超能力だな』

「あれ、超能力なんて存在しません、って言ってなかったっけ?」

『だって、クリスばあちゃんはどう考えてもエスパーだろ? サエキさんだって立派なエンパスじゃないか』

「なんだよ、それ?」

「アーヤって凄いのねえ」

「俺の血かなあ」

『君とは遺伝的には何の関係もないだろ? 似てるってだけでさ』

「わかってるけど、指摘されると寂しくなっちゃからやめてよ」


 ヨウコがローハンの肩を抱く。


「アーヤは誰がなんと言おうとあなたの子だよ。ほら、おとうさん、そろそろアーヤと『キースケ』を迎えに行って来てよ」

「うん。『キースケ』だけ、どこかに捨ててくるよ」

「キースおじさんに意地悪したら、アーヤ、おとうさんのことを嫌いになっちゃうよ。ちゃんと連れて帰ってきなさいよ」


        *****************************************


 キッチンでサエキがコーヒーを飲んでいるところに、ローハンが入ってくる。


「ああ、ローハンか。マサムネなんだけどな、もう一度試してみたいそうだ。週末にまた来るって言ってた」

「来たって無駄だと思うよ。あれじゃ俺にはプログラムは解除できない。本人に協力の意思がなきゃどうやったって無理だよ」

「俺には協力的に見えたけどな」

「でも、本心じゃヨウコの事を忘れたくないんだ。知らず知らずのうちに抵抗してるんだよ」

「参るなあ。あいつ、お前らと違って繊細でクソ真面目だからな。気の毒で見てられないよ」

「俺が同じ立場なら同じことしてただろうな。どんなに辛くてもヨウコの事を好きでいたいんだよ」


 サエキ、ため息をつく。


「これ、ヨウコちゃんには言うなよ。顔には出さなくても、かなり気に病んでるみたいだからな」

「うん、わかってる。俺もできるだけの事はしてみるよ。ところでさ、ヨウコ、また俺の車に乗ってっただろ?」

「最近、気に入ってるみたいだな」

「困るんだよ。俺の車だとさ、手離しで運転しちゃうんだ。この間なんて目までつぶってたもんだから、居眠り運転だと思われて、検問のパトカーに追跡されたんだよ。警察のネットワークを大混乱させて逃げてきたよ」

「ヨウコちゃんって基本的に面倒くさがりなんだよな。お前の車なんだろ? 止められないの?」

「俺にヨウコが止められるわけがないとは思わない?」

「そうだな。今どこにいるの?」

「魚屋だよ」

「ええっ! 魚屋に行くときは知らせてって言ったのに」


 サエキ、慌てて『通信』でヨウコに話しかける。


「ヨウコちゃん、聞こえる? イクラを買ってきて欲しいんだけど。……もう車、乗っちゃったって? いいだろ? 戻って買ってきてよ。今晩は俺がイクラ丼作ってやるからさ」

「ついでに、ハンドルから手を離すな、って伝えてくれる?」


 ヨウコが『通信』で答える。


『ローハン、言いたいことがあれば自分で言いなさいよね』


 キースが口を挟む。


『大丈夫だよ。僕が隣で見張ってるから』

「なんでキースが? ああ、『キースケ』も連れてったのか」

『だって、アーヤも一緒だもん』

『アーヤが離してくれないからね。キースおじさんが大好きなんだ』


 ローハン、むくれる。


「俺の子なのになあ」

『ヤキモチ焼くことないでしょ? 子守をしてくれて助かってるのよ。キースケの言う事はよく聞くのよね』

『ねえ、ヨウコさん。そんなにローハンが妬くんだったらさ……』

『なに?』

『……僕の子も産んでよ』

『えええ!』

『ヨウコさん、対向車線を走っちゃ危ないよ』

『だって、まだチュウしかしてない相手に、そんな事言われたらびっくりするでしょ?』


 サエキが驚いた声を出す。


「あれ、お前ら、何もしてないのか?」

『だって、この間、半日会っただけだもん。どうしろってのよ? キース、悪いけどさ、私の身体は作り物だからもう子供は産めないんだ』

『そんなの、なんとでもなるだろ?』

『え? なるのかな?』


 サエキが口を挟む。


「あー、ヨウコちゃんは一応まだ妊娠中だし、子供の話は後でもいいだろ? じゃ、イクラを頼んだよ」

『そ、そうよね。わかったわ』


 サエキ、『通信』を切ってローハンを見る。


「なんだ。キースの奴、父親になりたかったらしいぞ」

「それならなんの問題もないじゃないか」

「それじゃあ、そろそろ『キース・グレイ』の隠し子発覚と行くか」


 ローハン、おかしそうに笑う。


「一番驚いちゃうのが両親だなんて、とんだ隠し子もあったもんだね」


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