かわいい端末
ルークの部屋 ヨウコとローハンがテレビの前に座って格闘ゲームで対戦している。
「あれ? ヨウコ、さっきからコントローラー、使ってないだろ? ズルいぞ」
「だって指が追いつかないんだもん」
「うわ、そんな技、ないだろ? 勝手に作るなよ」
「バレたか」
ルークが声を上げる。
「ああ! プレステから煙が出てる」
「あーあ、ゲーム機、焼き殺しちゃったよ。ヨウコ、無理しちゃダメじゃないか」
「だって遅いんだもん。軽く押してあげただけでしょ」
「かわいそうに。この間も一台壊したところなのに」
「おかあさん、ひどいよ」
「新しいのを買ってあげるってば。じゃあ、今度はローハンがゲーム機役やって」
「絶対にやだ」
「つまんないの。やっとローハンにゲームで勝てるようになったのに」
「それを『勝てる』とは言わないだろ? 強引なんだから」
ヨウコ、ルークに謝る。
「ごめんね、ルーク」
「いいよ、すごく面白かったから。俺もあんな技が使えたらいいのにな」
ローハン、ヨウコを睨む。
「ルーク、ああいうのは卑怯な手っていうんだよ」
「子供に変なこと教えないでよ」
「教えてるのはヨウコだろ?」
「おとうさん、やめときなよ。おかあさんを怒らせたらプレステみたいになっちゃうよ」
「ならないわよ。腹立つなあ」
「ヨウコはもうゲーム禁止ね」
「ええ! やめてよ。小学生じゃないんだからさ」
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暗い表情のマサムネがテーブルを挟んでサエキと話している。
「キースがヨウコさんのところに戻ってきたんですね」
「ああ」
「僕にはもう望みはないという事ですね」
「そういう事だ。あの子に三人目を受け入れる余裕はないよ」
「好きになってもらえなくても構わないと思っていましたが、まったく希望がなくなるのは辛いものですね 」
「諦めが付いたか?」
マサムネ、うつむく。
「僕はヨウコちゃんのために作られたんです。この姿も人格も、何もかも彼女だけのためにデザインされたものなんです。それなのに……」
「キースの復帰に手を貸してしまった事を後悔してるのか?」
「いいえ。ヨウコちゃんの顔を見れば、自分のしたことは間違いではなかったと思えますよ」
「ローハンを呼ぶぞ。いいな」
「待ってください」
「マサムネ、もう諦めろ。いつまでも苦しむことはないんだよ」
「このプログラムがなくなってしまったら、僕はどうなるんでしょうか? 以前のような空っぽの日々に戻るのが恐ろしいんです」
「それはないよ。これからは何にも縛られなくなるんだ。自由に人を好きになれるんだよ」
「本当なんですね」
「本当だ」
「僕が人間でなくても、誰か愛してくれるでしょうか?」
「人じゃないなんて大したことじゃない。お前なら大丈夫だよ」
マサムネ、寂しそうな笑顔を浮かべる。
「わかりました。……ローハンを呼んでいただけますか」
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数日後 キッチンでヨウコとローハンとルークの三人がお茶を飲んでいるところにサエキが入ってくる。
「お帰り。サエキさんもケーキ食べる?」
「うん。コーヒーも欲しいな」
サエキがぐったりとした生き物のようなものを取り出し、テーブルの上に置いたので、ヨウコが慌てて立ち上がる。
「ちょっと、死んだ動物なんてテーブルの上に置かないでよ」
ルーク、サエキを睨む。
「ひどいなあ。サエキさんが殺したの?」
「殺してないよ。これなんだけどさ……」
ローハンが苦笑いする。
「どうせ、キースに頼まれたんだろ?」
「うん。ここを離れてるのがとても寂しいらしい」
「ヨウコと離れてるのが、の間違いじゃないの?」
ヨウコが眉を寄せてサエキを見る。。
「何をわけわかんないこと言ってるのよ? この死体は何? フェレットの子供みたいに見えるけど……」
「うん。フェレットなんだけどね、これは死体じゃなくてロボットなんだよ」
ルークが身を乗り出す。
「これ、ロボットなの!」
サエキ、フェレットの首をつまんで持ち上げる。
「キース、準備いいよ」
サエキがテーブルの上に降ろすと、フェレットがちょこちょこ走ってヨウコの肩に駆け上がる。 ローハンが呆れた顔をする。
「ほうら見ろ。ヨウコにまとわりつくつもりだよ」
ヨウコが笑い出す。
「わかった。これ、キースの端末なのね?」
「鳥端末と同じ仕組みだよ。カメラとマイクが積んであるんだ。鳥だと家の中に入れるわけにはいかないからね」
「かわいいわねえ。ふわふわして本物みたい」
「おかあさん、俺にもさわらせてよ」
ルークが持ち上げたフェレットの顔をヨウコが覗き込む。
「キース、見えてる?」
キースが『通信』で返事をする。
『よく見えてるよ。この距離じゃヨウコさんの目玉しか見えないけどね』
ローハンが憂鬱そうな声を出す。
「これからはキースに24時間監視されるわけか」
「手乗りイタチだ。こんなの欲しかったのよね。抱っこして寝ようかしら」
「ダメに決まってるだろ?」
「冗談よ。でも、これでキースの顔を見て話せるね」
「顔って言っても小動物じゃないか。それにフェレットはこの国じゃ飼育禁止だろ?」
『登録しといたから平気だよ。僕は当分戻れないんだから、このぐらい構わないだろ? みんなの顔が見たいよ』
アーヤが入ってくると、フェレットを見て奇声をあげる。
「あー!」
アーヤ、ルークから素早くフェレットを奪って抱きしめる。
「アーヤ、気をつけないと壊れちゃうよ。そっとね」
「まーま、うーうー」
サエキが笑いながら通訳する。
「『おかあさん、これちょうだい』って言ってるよ」
ローハン、笑う。
「いいよ。アーヤにあげるよ。持っていって襟巻きにでもしな」
「何を勝手なこと言ってるのよ。アーヤ、それはおかあさんの……」
アーヤ、ふくれる。
「まーま、ぎぃぎぃ、ぶー」
「『おかあさんには大きいキースおじさんがいるからいいでしょ?』って言ってるんだ」
アーヤ、フェレットを抱いたまま逃げて行く。
「取られちゃったわ」
『アーヤに気に入られちゃったみたいだね』
ローハン、不思議そうな顔をする。
「どうしてあれがキースだってわかったんだろう?」
「あの子、すごく勘がいいのよ」
「まあ、いいか。これからはアーヤのお守りを頼むな。キース」
『わかったから助けに来てくれないかな。人形のドレスを着せられそうになってるんだ』




