家族会議
ヨウコとキースが居間のソファに座って話している。
「……仕事中だったんじゃないの?」
「抜けてきちゃったんだ」
「どうして? 大切な撮影だったんでしょ?」
「あのプログラムに邪魔されずに会うのが待ちきれなかったんだよ」
ヨウコ、申し訳なさそうな表情を浮かべる。
「ごめんね、もっと早く気づいてあげられなくって」
「僕がそう仕組んだんだから、ヨウコさんのせいじゃない。昨日は追いかけてきてくれて嬉しかったよ」
「だって、幸せなはずのキースがちっとも幸せそうじゃなかったんだもん」
キース、笑う。
「あの後、ルークから電話をもらったんだ。僕がソフィアと浮気してるから、おかあさんが泣いてるって叱られた」
「また勝手に私の携帯使ったのね」
「トニーにも叱られたな。『あんたがヨウコを忘れられるはずないでしょ。ふざけんじゃないわよ』って」
「トニー?」
「彼は僕のメル友だからね」
「もしかしてあの人、あなたが私の事を好きだって知ってたの?」
「うん。最初から気づいてたよ」
「なによ、それ? 親友だと思ってたのに」
「怒らないであげてよ。僕が黙っているように頼んだんだ」
「ソフィアとは……付き合ってたんだよね?」
「うん。誰かと付き合えばヨウコさんも諦めがつくだろうと思ったんだ。彼女なら愛せそうな気がしたんだけどね、無理な相談だったよ」
「でも、パーティで恋人宣言するつもりだったんでしょ?」
「いいや? あんな純粋な子を利用するわけにはいかないだろ?」
ヨウコ、恨めしそうな顔をする。
「ローハンのくせに嘘ついたわね」
「何の話?」
「いいの。気にしないで」
キース、ヨウコを抱き寄せる。
「ねえ、キスしてもいい?」
「ダメ」
「え?」
「よくも散々チュウしてくれたわね。役作りのお手伝いだと信じ込んでたんだからね。騙されちゃって馬鹿みたい」
「どうしてもキスしたかったんだよ。許してよ」
「今までの成果を見せてくれるんだったら考えてもいいけど」
「それは保証するよ」
キース、目をつぶるヨウコにそっと口づける。いきなりドアが開いてサエキが入ってくるが、二人を見て立ち尽くす。
「キ、キ、キース……お前、ヨウコちゃんに何してるんだ?」
「見ての通りです」
「どうしてここにいるんだよ? プログラムはどうなっちゃったんだ?」
慌てて入ってきたローハンが、サエキに声をかける。
「サエキさん、邪魔しちゃダメだろ?」
「じゃ、邪魔? 何が起こってるんだよ?」
ローハン、サエキの腕を引っ張る。
「いいんだよ。ほら、行こうよ」
「よくないだろ? 何がどうなってるか説明してくれ。今から家族会議、キッチンに五分後に集合だからな。キースもヨウコちゃんもチュウは後回しにしなさい。わかったね」
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キッチンでサエキがローハンと話している。
「あれはありえないだろ? どうやったんだよ」
「ヨウコがキースにかけられてた魔法を解いたんだよ」
「ええ? あのプログラムを解除したって言うのか?」
「昨日、俺がヨウコにやらせたんだ。これ以上、あの二人を引き離してはおけないだろ?」
「ヨウコちゃん、そんな複雑なことまでできるのか」
ローハン、笑顔でサエキの前にコーヒーを置く。
「俺のヨウコにできないことはないんだ。サエキさん、今日は砂糖を入れたい気分だろ?」
しばらくしてヨウコとキースが入ってくる。ヨウコの顔を見てローハンが笑う。
「ヨウコがやっと元気になったよ」
「ローハン、ありがとう。でも、私とキースのこと、本当に構わないの?」
「いいんだよ。キースの分際でヨウコ以外の女に手を出すなんて許せないだろ? 一体何様のつもりでいるんだよ?」
サエキが笑う。
「気持ちはわかるんだけど、夫の口から聞くとおかしいよ」
「キースにはヨウコしかいないんだから仕方ないんだよ。こいつの正体を知ってて、それでも好きだって言うのはこの世にヨウコだけなんだから」
ヨウコ、首を傾げる。
「そうなのかなあ?」
「ぶよぶよの鏡餅の集合体でも平気なんだろ?」
キース。ローハンを睨む。
「ぶよぶよしてないって言ってるだろ? 一度触ってみろよ。許すから」
ローハン、笑う。
「今までみたいにみんなで仲良く暮らせるんだったら、俺はそれでいい。俺たちの時代じゃこういう関係は普通なんだから、ヨウコが合わせてくれればいいんだよ。それにキースには悪いけど、ヨウコは俺の方が好きなんだからな」
「わかってる。そこまでは望んでないよ」
サエキが三人の顔を見回す。
「まあ、今までと状況が変わるわけでもないし、うまく行くだろ。でも、三人とも三角関係を円満に保つための努力はしてくれなきゃ困るよ」
「円満な三角関係なんて初めて聞いたわ」
キースがうなずく。
「わかってます。ヨウコさんが僕のことを好きだって言ってくれるだけで満足ですから」
ローハンが笑う。
「謙虚なキースなんて珍しいな」
「うるさいよ」
サエキが二人を睨む。
「だからさあ、努力しろって言ったところだろ」
ヨウコがソワソワと二人の顔を見る。
「なんだか落ち着かないなあ」
「気が変わったなんて言わないでよ」
「そんなこと言わないわよ。でも、こんないい男を二人も独り占めして、罰が当たったらどうしよう」
ローハン、笑う。
「またヨウコがネガティブになってる。もっと自信をもたなきゃダメだろ」
「うん。それじゃ、ローハン、キース、これからもよろしくお願いします」
「なにそれ?」
「挨拶よ」
キース、微笑む。
「よろしくね。ヨウコさん」
「ほら、キースは素直じゃない」
ローハン、むくれる。
「いまさらいい子ぶってどうするんだか」
ヨウコ、時計を見上げる。
「あれ、そろそろルークを迎えに行かなきゃ」
「僕も行ってもいいかな? ルークに謝りたいんだ」
ローハン、うなずく。
「今日はキースにヨウコを譲るから、一緒に行っておいでよ。ルークといえばキャサリンから昨日電話があったんだよ」
「喧嘩の件でしょ? なんて言ってた?」
「キースにサイン貰っといてって。ファンなんだってさ」
「……ルークの言ったこと、疑いもしないんだ」
「あの先生、ヨウコの事をファンタジーワールドへの出入り口みたいに思ってるから、何でもありなんだろ。ウーフが人間の姿で学校へ行っても驚きもしなかったじゃないか」
キース、笑う。
「じゃあ、ついでにキャサリンにも会ってサインして来るよ。行こう、ヨウコさん」
サエキ、出て行こうとするキースに声をかける。
「おい、キース」
「なんですか?」
「よかったな」
キース、サエキに向かって深く頭を下げると、部屋から出て行く。
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キース、運転しながらヨウコの顔を眺めている。
「どうしてこっち見てるのよ? 前を見て運転してよ」
「生きてればいい事もあるんだなあ、と思って」
「機械のくせに悟ったのね」
「ヨウコさん、キスしてよ。さっきはサエキさんに邪魔されちゃったからね」
「だから前を見て運転してってば」
「僕が事故を起こすとでも?」
「いくらあなたでも目玉は二つしかないでしょ?」
「車の前後にカメラがついてるから大丈夫だよ」
「……ほんとだ。うわ、地面が近くて気持ち悪い」
「覗かなくてもいいだろ? すっかり人間離れしちゃったな」
ヨウコ、身を乗り出してキースにキスする。
「……ヨウコさん、言いにくいんだけど……」
「にんにく臭かった? 出てくる前に昨日の残りのギョウザをつまんじゃったの。お腹がすいてたのよ」
「違うよ。僕はもう今夜の便で発たなきゃならないんだ」
「うん、大事な仕事をほったらかしてきたんでしょ?」
「かまわないの?」
「当たり前じゃない。私のキースはハリウッドスターなんだから」
「監督を怒らせちゃったよ」
「大丈夫なの?」
「嘘ついても仕方ないと思って、正直に理由を話して謝った」
「自分は24世紀製のコンピュータで、人妻に横恋慕していたのですが、このたびめでたく不倫関係とあいなりました、って言ったの?」
「さすがにそこまでは話せないなあ。ずっと片想いだった人に会いに行くんだ、って言ったんだよ」
「許してくれた?」
「今まで遅刻やドタキャンなんて一度もしたことのない僕のことだから、よっぽどの事情なんだろう、ってね」
「よかった」
「やっと本当の君と話せたな、って言われたよ。いつもの僕はにこにこ笑ってる好人物だから、胡散臭いと思われてたんだな。凄く勘のいい人なんだ」
「にこにこ笑ってるキースなんて、映画やテレビでしか見たことないなあ」
「もっと笑って欲しいの?」
「私が好きなのは無愛想なキースだから、今までみたいにたまに笑ってくれればそれでいいよ」
「無愛想にしてるつもりはないんだけどなあ」
「じゃ、今笑って見せて」
キース、ヨウコに向かって大きな笑顔を浮かべて見せる。
「うわ、鼻血出そう」
「この端末をデザインしたサルバドールって人はね、元々は彫刻家だったんだけど『守護天使』に出会ってから人間の身体のデザインを始めたんだって。『天使』にふさわしい身体を創り出すのが目標だっていつも言ってる」
「ローハンをデザインしたのと同じ人よね。この人も『天使』に会ったんだ」
「いまや売れっ子デザイナーになっちゃって、量産モデルでさえなかなか手に入らないんだ。それなのに僕の端末をデザインしてくれるように頼んだら、二つ返事で引き受けてくれた。21世紀で俳優をやろうってアイデアが気に入ったらしいよ」
「あなたもローハンもオートクチュールなんだね」
「僕達が24世紀を歩いてたら目を引くと思うよ。彼のデザインは特徴があるからすぐにわかるんだ」
「でも、サルバドールのデザインの身体に入ってる人はたくさんいるんでしょ?」
「うん。ブランド物の服を買うようなものだからね。でも、誰にでも着こなせるかというとそうはいかないだろ?」
「わかる気がする。ローハンもキースも動きがきれいだもんね」
「ローハンがあっちでどれだけモテたか想像ついた?」
「うん、納得したわ。そのうえ誰にでも優しいしね」
「彼なら『天使』の身体に相応しいかもしれないな」
「キースだってそうでしょ?」
「僕はローハンみたいに心優しくも純粋でもないからね」
「そんなことないよ」
キース、おかしそうに笑う。
「ヨウコさんがそう思ってくれるんだったら、そういう事にしておくよ」
「あなたも24世紀で『天使』に会ったんでしょ? サエキさんに聞いたよ」
「うん。でもね、その話はできないんだ。『天使』に口止めされてるから」
「話せないようにプログラムされちゃったとか?」
「ううん、約束したんだよ。そのときが来るまでは誰にも話さないってね」
「そのときって?」
「いつかはまだわからないけどね。でも、きっと話してあげるよ。終了寸前のコンピュータに口止めなんておかしな話だと思ったんだけど、『天使』は僕が再起動されるのを知ってたんだね」
ヨウコ、キースを見つめる。
「ねえ、これから私はキースと一緒にいられるんだよね?」
「『一緒』をどう定義するかによりけりだな。ヨウコさんが僕の本体に会うことはないだろうし、この端末とは月に一度ぐらいしか会えないからね」
「意味、わかってるくせに」
キース、笑う。
「ずっと一緒だよ」
「私が年を取っておばあちゃんになっても?」
「うん」
「……そうか、私、キースよりも先に死んじゃうんだよね」
「ヨウコさん、今はそんなことは考えなくてもいいよ。僕だってせいぜい22世紀の終わりまでしか存在しないことになってるんだから」
ヨウコ、キースの顔をじっと見つめる。
「ヨウコさん?」
「一瞬だけど強い悲しみを感じたわ」
「凄いな、ヨウコさんは」
「ごめん。私が変なこと言ったからだね」
「ううん、そうじゃない。ほかに理由があるんだ」
「どんな理由?」
「これも今は話せない。でも、いつかきっと教えてあげる。ごめんね」
「いいよ、気にしないで」
キース、片手でヨウコを引き寄せてキスする。
「ずっと好きだった。飛行機の中で会った日からね。もしかしたら、初めて電話で話した時から惹かれていたのかも。あれからずっとヨウコさんの声が聞きたくて仕方なかったから」
「サエキさんの目を盗んで何度も電話してきてくれたもんね。フ・ギ・ン」
「やめてよ。変な名前だって思ってるんだろ?」
「そういえば、あの時、キースに会わせて欲しいって頼んだのよね。願いを叶えてくれてありがとう」




