解呪
金色の丘がどこまでも続く仮想の風景の中 ヨウコがキースに歩み寄る。
「キース! ちょっと待ちなさいよ」
「なんなの、ヨウコさん?」
「やっぱりおかしいわ。あんた、何か隠してるでしょ?」
「何を言ってるの? おかしな言いがかりはやめて欲しいな」
ヨウコ、キースの周りを歩きながらじろじろと眺め回す。
「本当は私のこと、忘れてなんていないんでしょ?」
「ヨウコさんを想う気持ちは僕にとっても凄く大切なモノだったんだよ。でも、思い出せないものは思い出せないんだ」
「わかるのよ。私のこと、好きだって言ってるのが聞こえるもん」
「そんなわけないだろ? そういうのを妄想っていうんだよ」
「記憶を亡くしたのも全部嘘だね? 私が暗示を解いたのも、あなたの事が好きなのも何もかも知ってたんだ」
「ヨウコさん。こんな言い方したら悪いけど……諦め悪いよ」
「助けてほしいんだ。そうなんでしょ? だってキース、苦しそうな顔してる」
キース、慌てて自分の顔に触れる。
「『サイバースペース』じゃ、お得意のポーカーフェイスは使えないわよ。ほら、何を隠してるの? 話しなさいよ」
ヨウコが近づくと、キースが慌てて後ずさる。
「お願いだから僕のことは諦めて」
ヨウコ、キースの身体に黒くて細い物体が巻きついているのに気づく。
「それは何? その、糸みたいなの?」
「僕にはヨウコさんが何を見てるのかわかんないよ」
キース、さらに後ろに下がる。
「わかんないんなら見せてあげるわ。ほら、あなたの身体から出てるでしょ? それ、悪いモノじゃないんだけど……でも、あなたを縛り付けてるのね。いつからあったんだろ? 前には見えなかったのに」
「もう僕にはかかわらないで。僕には好きな人がいるんだよ。誰にも邪魔をして欲しくないんだ」
ヨウコ、苦笑いする。
「本心じゃないってわかってても、傷つくなあ」
ヨウコが手を差し伸べると、糸がキースを守るようにキースの身体に巻きつく。
「それに触っちゃダメだ。ヨウコさんを傷つけちゃうかもしれないよ」
いつの間にか現れたローハンが、ヨウコの後ろから声をかける。
「そいつの言ってること、全部嘘だから気にしなくていいよ。キースごときにヨウコを傷つけられるわけないだろ。それ以上、暴言を吐かないうちに助けてやりなよ。後悔するとかわいそうだ」
キース、焦りの表情を浮かべてローハンを見る。
「ローハン……」
「ヨウコに逆らっても無駄だってまだわかんないのか? コンピュータのくせに物覚えが悪いんだな」
ヨウコが笑う。
「なるほど、キースは呪いをかけられてる王子様だったのね。ほら、キース、もう逃げないで」
キース、ヨウコから離れようとするが、『ポウナム』が素早く後ろに回り込んで退路をふさぐ。
「やめて、ヨウコさん。僕に触らないで!」
「やだ、やめない。観念しなさい」
ヨウコ、キースを捕まえるとぎゅっと抱きしめる。糸が叫び声を上げてヨウコとキースに巻きつく。
「ほら、捕まえた。この糸をみんな取り払っちゃえばいいのね。……こんなのが身体の中に入り込んでて痛くなかったの?」
ローハン、笑う。
「ヨウコにはそれがキースを縛ってる糸に見えるんだね。ほんと、単純でわかりやすいな。ほかのモノを消さないように気をつけろよ」
「うん。こんなの簡単よ」
糸がすべて溶けるように消え、キースがぐったりとヨウコにもたれかかる。
「キース、気分はどう?」
「……相変わらず強引なんだから」
「強引なのはお互い様でしょ? 私の事、まだ嫌い?」
キース、ヨウコの顔を見て疲れた笑顔を浮かべる。
「うん、押しの強い女は大嫌いだよ」
「……あの糸はなんだったの?」
「『ヨウコ』の『三つの願い』を守るよう僕に命令していたプログラム。あれのおかげでヨウコさんとローハンの仲を妨げるような真似は一切できなかった」
「そうだったの。だから何がなんでも身を引こうとしてたのね」
ローハン、楽しそうに笑う。
「鬱陶しいプログラムから解放されてすっきりしただろ? 俺にも経験があるからよくわかるよ」
ヨウコ、驚いた顔でローハンを見る。
「もしかして、ローハン、最初から知ってたの?」
「キースから聞いてたもん」
「聞いてたの? それならさっさと教えてくれればいいのに」
「口止めされてたんだよ」
「馬鹿正直に黙ってなくてもいいでしょ? もしかしたらあなたにだって助けてあげられたんじゃないの?」
「俺の力じゃキースを傷つけてたかも知れないんだ。それに王子様を助けるのはお姫様の役目だろ? 王子様が王子様を助けるわけにはいかないよ」
「お姫様はレスキューされる方でしょ?」
「ヨウコはお姫様っていうよりはドラゴンか魔法使いって感じだな。 ほら、キース、早く言うこと言っちゃいなよ」
キース、ヨウコの顔を見つめる。
「ヨウコさん……」
「なに、キース?」
「愛してます」
ヨウコ、微笑む。
「もう少しで騙されちゃうところだったけどね。ほんとにあなたの声が聞こえたのよ。妄想じゃなくって」
「あんなことを言ったのはあのプログラムのせいだよ。許してくれる?」
「わかってるよ。もうあなたは私のモノだからね。誰にも渡さないよ」
ヨウコ、キースの顔を見上げる。
「キース?」
「なに? 僕がどうかした?」
「そんな優しい顔したキース、映画でしか見たことない」
「ここじゃ僕の感情が見えるんだろ?」
キース、ヨウコに向かって手を伸ばす。
「……いつもそんな顔して私を見てたの?」
「うん。いつもね」
ヨウコ、急に縮んで猫になる。
「ヨ、ヨウコさん?」
キース、不思議そうに猫ヨウコを抱き上げる。 ローハンが笑う。
「急に恥ずかしくなったんだろ。照れてるんだよ」
「ずいぶん、かわいくなっちゃって。不思議な照れ方するんだなあ」
キース、猫ヨウコの鼻にキスする。
「照れ終わったら元に戻ってよ」
「世話の焼ける二人だな。俺、先に戻ってるよ。ヨウコの身体、ソファの上に寝かしといたからね。戻ってくるときに落っこちちゃ駄目だよ」
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翌日の午後 ヨウコが座って本を読んでいるとキースから『通信』が入る。
『ヨウコさん、今、何してるの?』
「本、読んでるの。もうちょっとで終わりなんだ」
『ヨウコさんってミステリーも読むんだね。犯人、教えてあげようか?』
「ええ? ちょっと、勝手に人の目を使うのやめてよね」
『僕がヨウコさんに入り込めるわけないだろ?』
「じゃ、どうして何を読んでるのかわかったの?」
『ヨウコさん、今朝、髪の毛をとくの忘れただろ? 頭の後ろ、寝癖が残ってるよ』
「え、ええ?」
ヨウコが慌てて振り向くと、キースが真後ろに立っている。
「キース! 戻ってきちゃったの?」
キース、笑う。
「ヨウコさん、ただいま」




