悪夢
キッチンでヨウコとローハンとマサムネの三人がテーブルを囲んで話しているところに、サエキが入ってくる。
「おう、マサムネ。来てたのか」
「お邪魔してます。さっき着いたところなんですけど、博士から緊急呼び出しがあったんで、もう戻らなくちゃならないんです」
マサムネ、ヨウコに微笑みかける。
「ねえ、ヨウコちゃん」
「なに?」
「僕は決めたよ」
「やっと決心が付いたのね」
ローハンが椅子から腰を上げる。
「それじゃプログラムを解除するよ。早いほうがいいだろ?」
「ううん、そうじゃないんだ。僕はこのままでいることにしたよ」
「このままって?」
「このままずっとヨウコちゃんを見てるってこと。僕を好きになって欲しいなんて言わないから心配しないでね」
ヨウコ、狼狽して立ち上がる。
「そ、そんなの、駄目だってば。早くそのプログラムをなんとかしてもらってよ」
「嫌だよ。ヨウコちゃんが存在してるってだけで僕は幸せな気分でいられるんだ」
マサムネ、ヨウコに微笑みかける。
「じゃ、また来るからね」
マサムネ、立ち上がり、唖然としているヨウコを残して部屋から出て行く。サエキが慌てて後を追いかける。
「おい、本気なのか? 」
マサムネ、サエキを振り返る。
「本気ですよ」
「今だって相当辛いはずだぞ。お前はローハンよりも繊細だから、ウサギも心配してるんだ。本当に大丈夫なのか?」
「想って貰えないのは辛いんですけどね、それでも気分は悪くないんです。おかしなものですね」
「その気持ちはわからないでもないな。恋っていうのはそういうもんだ」
マサムネ、微笑む。
「自分の正体を知ったっていうのに、今の方がずっと人間らしい気持ちでいられるんです。それじゃ、行きますね」
出て行くマサムネをサエキが浮かない表情で見送る。
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数日後 サエキがテレビの芸能ニュースを見ている。隣で本を読んでいたヨウコがサエキに話しかける。
「サエキさん、暇そうね。お目付け役に復帰したっていうのに、ちっとも変わらないのね」
「それは嫌味だな?」
「ハルちゃんの手伝いをしてあげればいいのに」
「あの子はやることがないと落ち着かないんだよ。ガムの奴、首にすることないのになあ」
「ガムさん、ハルちゃんが21世紀にいられるように気を使ってくれたんじゃないのかな? ほかの仕事に就いたら、24世紀勤務になっちゃうんでしょ?」
「でも、ハルちゃん、本当にこっちにいたいのかな? あの子、むこうじゃ第一線で働いてただろ。仕事にもプライド持ってたみたいだしな」
「当たり前でしょ? ハルちゃん、サエキさんが大好きなのよ。好きな人のそばにいるのが一番じゃない」
サエキ、自信のなさそうな顔になる。
「……そうだよな」
「家事をほとんどやってくれるから助かっちゃうわ。メイドさんが来てくれたみたい」
ヨウコ、サエキを横目で見る。
「メイドのコスチュームを着せてみたいなあ、なんて思ってないでしょうね?」
「思ってないよ。俺、どんな奴だと思われてるわけ?」
「でも、今、着せたら似合うだろうなあ、って思ったでしょ」
「それは思ったな」
サエキ、ふとテレビを見上げる。
「ヨ、ヨウコちゃん、あれ……」
「なに?」
テレビの画面にキースとソフィア・ケイラーが映っている。
「街の中で撮られてるぞ。キースとソフィア、熱愛発覚だって」
「共演してるんだもん、一緒にいてもおかしくないよ。またガセだって」
「まあそうだろうけどな。でも、最近いろんなところに二人で出没してるって言ってるぞ」
「ふうん」
「あいつが、プライベートで女と出歩いてるのを撮られるのなんて初めてじゃないか? ヨウコちゃんと東京で写真を撮られたのは別にしてだな」
「ソフィアと並ぶと絵になるよね。ふたりとも格好いいなあ」
「浮いた噂が嫌いなくせに、何を考えてるんだろう? 本人に聞いてみるか」
サエキ、キースに『通信』で話しかける。
「おい、キース。今、チャンネル4を見てるんだけどさ。……ええ? えええ?」
サエキ、うろたえた様子でヨウコの方を見る。
「どうしたの?」
「えーと、それがだなあ……なんでもないよ」
「なんでもないはずないでしょ?」
ヨウコ、サエキに聞くのを諦めて、直接キースに話しかける。
「キース、何があったの?」
『ああ、ヨウコさんもテレビ、見てたの?』
「うん。サエキさん、どうしてこんなに驚いてるのよ?」
『さあ? ソフィアと付き合い始めたって言っただけなんだけどな』
「え?」
『先週の金曜日に一緒に食事をしたら、すっかり意気投合してね、何時間も話し込んじゃったんだ。それからは時間があれば一緒に過ごすようにしてる。まだ公表はしてないんだけどね』
「だ、だって……恋愛感情、失くしちゃったんでしょ?」
『そうなんだけどね、ソフィアといると楽しいんだよ。彼女といればいつか失くした感情も取り戻せるような気がするんだ。すごく優しい子でね、僕のことも気に入ってくれてるみたいだよ』
「……そうなの。よかったね、キース」
『うん、ありがとう』
「……私、もう行かなきゃ。じゃあ切るね」
ヨウコ、『通信』を切ると立ち上がる。
「……ヨウコちゃん、大丈夫か?」
「うん、平気。キースの事はもう諦めちゃったから。諦めるのは得意なんだ。……ハルちゃん、手伝ってくるね」
ヨウコ、下を向いたまま部屋から出て行く。 サエキ、キースに話しかける。
「キース、俺はエンパスだって言っただろ? あの子がどれだけ傷ついたかわかってるのか?」
『こうでもしないとヨウコさんは僕のことを忘れようとはしないでしょう?』
「だからって今のはやり過ぎだ。ヨウコちゃん、泣いてたじゃないか。機械のお前には加減がわからんのかもしれんがな」
『……それなら僕をあのまま眠らせておいてくれればよかったんです。誰も傷つかずに済んだのに』
キース、『通信』を切る。
「おい、キース?」
サエキ、ソファにもたれてため息をつく。
「またすねた。俺もこの仕事、辞めたくなってきたよ」
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ヨウコ、キースとソフィアが明るい廊下のような場所にいるのを天井の近くから見ている。二人が笑顔で会話をしているが、声はまったく聞こえない。キースが慣れた様子でソフィアを引き寄せるとそっとキスする。
突然キースがヨウコの方を向くと、自分たちを隠すかように手のひらを向ける。そのとたん、ヨウコの視界が真っ暗になる。
ヨウコがベッドの中で目を開くとローハンが心配そうに覗き込んでいる。
「ヨウコ、どうしたの? 大丈夫?」
「な、なによ、今の?」
「夢を見てたんじゃないの? うなされてたんだよ」
「……違う。あれは……あれはカメラからの映像だった」
「ヨウコ……何を見たの? またネットに入り込んでたの?」
ヨウコ、泣きそうな表情でローハンを見上げる。
「ううん、だって、私、眠ってたでしょ? ……眠ってたよね? やっぱり夢だったんだわ」
「ヨウコ?」
「あれは夢だったの。夢じゃなきゃ……」
ローハン、ヨウコを優しく抱き寄せる。
「夢だよ。ただの悪い夢。ほら、もう一度眠ったほうがいいよ。嫌な夢がヨウコに近づかないように朝まで俺が見張っててやるよ」




