ヨウコとローハン、トニーを訪ねる
トニーの自宅、 ヨウコがドアをノックする。しばらくしてトニーがドアを開ける。
「ヨウコ! よく来てくれたわね」
「トニー、ローハン覚えてるでしょ?」
「もちろんよ。あれ以来、お店にも来てくれないしさ、いつ会わせてもらえるのか気になってたのよね。まあ、お互い知り合うのに忙しかったんでしょうけど」
トニー、ローハンをまじまじと見る。
「この人、あたしが先に出会いたかったわ」
「ごめんね。絶対にトニーのタイプだと思ったからさ、プライベートじゃどうも会わせにくかったのよね」
トニー、怒った顔をしてみせる。
「親友の彼氏に手を出したりしないわよ。それに彼、ストレートでしょ?」
「いつもそう言っときながら興味津々なんだもん。私とまったく男のタイプが同じなのよね」
「そうなのよねえ。まあ入って頂戴。ちゃんと紹介してよね」
トニー、先に立って歩いていく。ローハン、ヨウコに話しかける。
「ヨウコが会わせたがらなかったわけがわかったよ」
「それだけが理由じゃないのよ。あの人、すっごく勘がいいの。頼むから正体がばれちゃうような真似はしないでね。まあ、おかしな奴だって先入観はあるだろうから疑われることはないと思うけど」
「心配しなくていいよ。トニーとはどこで知り合ったの?」
「もともとは私の友達の旦那さんだったんだ。五年前に本人が自分はゲイだと気づいて別れたのよね」
「ヨウコ、あの人自身もヨウコのタイプだろ」
「わかった? 優しいし話も合うし美形だしさ、ゲイじゃなきゃ親友なんかで終わらせてないわよ」
奥の部屋に入ると壁際にモニターが並んでいる。
「今、仕事中だったから散らかってるけどごめんなさいね」
ローハン、興味津々に部屋の中を見回す。
「片付いてる時のヨウコの部屋よりきれいだよ。トニーってカフェのオーナーさんじゃなかったの?」
「カフェはフルタイムで入らなくてもいいからさ、在宅でプログラマーもしてるの。最近は半分趣味みたいなもんだけどね。そういえばローハンもプログラマーだってヨウコが言ってたけど」
「そうなんだよ。そういえば」
ヨウコ、ローハンにささやく。
「『そういえば』じゃないでしょ?」
トニー、ローハンに近づく。
「言語はなにを?」
「えーと、たいていはわかるけど」
「本当に? 凄いわ。守備範囲が広いのねえ」
ヨウコ、トニーとローハンの間に割って入る。
「トニー、ちょっとローハンに近づきすぎ」
「まあ、怖い。ちょっとぐらいいいじゃない。お茶入れてくるわ。いつものでいいわね?」
「うん、ローハンも同じでいいよ」
ローハン、トニーのパソコンのモニターを覗き込む。
「トニーのパソコン、触ってもいい?」
「ローハンに見られるなんて恥ずかしいわ。でもデスクトップの右上にある秘密のフォルダを開けないって約束してもらえれば別にいいわよ」
トニー、キッチンに消える。
「危ないなあ。かなり気に入られてるわよ。私たちの友情はどうなったのかしら」
「俺はヨウコ一筋だから、どんなにトニーが素敵でも心配いらないよ」
「そういう問題?」
ローハン、マウスを握ると画面をスクロールする。
「マウスって使うの初めて。楽しいかも」
「こんなの見ても全然わかんない。トニーも結婚してた頃はこれが本職だったんだけどね。今はカフェとモデル業で忙しいんだって。黙ってれば超格好いいのよね。ローハンと同じで」
「なんだよ。じゃ、これから俺、黙ってるよ。しゃべんないからね」
「そうだ、この後、映画行かない? 今日はルークは友達のところにそのまま遊びに行くから迎えに行かなくていいんだ」
「行く! 今週は何やってたっけ。ネットで調べるよ。どの映画館に行きたい?」
「黙ってるって言わなかった?」
「もう。ヨウコ、ひどいよ」
「私はかわいいローハンが好きだっていったでしょ?」
「わかってるけどさあ」
ヨウコ、ローハンにキスする。トニーが戻ってくる。
「いいわねえ。こんなにハッピーそうなヨウコは見たことない。ローハンはヨウコに譲るしかないみたいね」
「うわ、早かったね」
「お湯、沸かしてきただけよ。ほら、二人ともお座りなさいよ」
ローハン、モニターを指差す。
「トニーってすごくきれいなプログラム書くね。ヨウコと正反対の性格なんだろうな。鉛筆貸りるよ。あのさ、ここなんだけどこうしたらどう?」
「あら、そこ、悩んだのよね。書いといてもらえたら助かるわ。ちょっと待って、……これ全部目を通したの? 今?」
ヨウコ、あわてて立ち上がる。
「ローハン、人の仕事に口出しちゃ駄目よ。トニーもプロなんだからさ」
「いいのよ、ヨウコ。この仕事、ちょっとやっかいでさ。気が乗らなかったのよね。依頼主もいやなジジイだし。早く終わらせられれば嬉しいわ」
「ならいいけど……」
「ねえ、ローハン、他に気になるところはなかったかしら?」
「俺が言っちゃってもいいの?」
「あなたの意見なら喜んで聞くわ」
トニー、ローハンの隣に立つ。
「トニー、その手はどこに行こうとしてるのかな」
「あなたの奥さん、厳しいわねえ」
ローハン、真っ赤になる。
「あらま、心底ヨウコに惚れてるのね」
「トニー、からかわないでよ。ほら、ここ、見て」
ローハン、マウスを持たずに画面をスクロールさせ、見ていたヨウコが叫ぶ。
「ローハン! 馬鹿!」
トニー、自分の握っているマウスに目を落とす。
「……今どうやったの? マウス持ってるの、私よね」
ヨウコ、慌てて口を挟む。
「トニー、今のイリュージョンだから。脅かしちゃおうと思ってさ」
トニー、冷ややかにヨウコを見る。
「うそね。あたし、ヨウコが嘘付いてもすぐわかるのよ」
「嘘じゃないけど……」
「そういう事にしてあげてもいいけど」
ローハン、もじもじとトニーの顔を見る。
「トニー……あの」
「いいのよ。話さなくても。誰にでも秘密はあるからさ。お湯沸いたみたいだからお茶を淹れてくるわね」
トニー、部屋から出て行こうとするが、振り返って二人を見る。
「でも、やっぱり話す気になったら話してよね」
トニーが出ていくと、ヨウコがローハンを睨む。
「どこまで怪しいのよ。あんたは」
「ごめん、ヨウコ。俺、こっちでやっていけるのかなあ」
「そうねえ、さすがに誰も『ニセ人間』だとは思わないだろうからなんとかなるでしょ。お茶を飲んだら帰るわよ。これ以上ボロ出されちゃかなわないわ」




