嘘つき
翌日の晩、居間でローハンとサエキが話しているところにキースが入ってくる。
「……サエキさん、ローハン」
「どうしたんだ?」
「次の仕事も決まったのでロスに戻ります。お世話になりました」
「『キース・グレイ』が芸能界に復帰か。大ニュースだな。次はいつ来るつもり?」
「もうここには来ません。『俳優キース』の端末をここにはよこさないという意味ですが」
「どうしてだよ?」
「今まではヨウコさんに会いたくて来ていたわけですからね。これからは『キース・グレイ』には俳優業に専念させます。半年も休んでしまったし」
ローハンが残念そうな顔をする。
「ヨウコが寂しがるだろうな」
「そう? 会いたければいつでもネットで会えるんだし、端末をここに送る必要はないだろ? 明日の早朝、発つからね」
部屋を出ようとするキースの背中に、サエキが声をかける。
「キースの嘘つき」
キース、振り返る。
「何ですか? そのヨウコさんみたいな物言いは?」
「嘘つくなって言ってるの。記憶も感情も失くしてなんていないだろ? なにもかも覚えてるくせに」
キース、無表情でサエキを見返す。
「どうしてそう思うんですか?」
「俺、エンパスだもん。お前の考えてることぐらい簡単にわかっちゃうもんねーだ」
「……あのですね、超能力なんて存在しないんですよ」
「するよ。俺、この間のエンフィールド財団の認定試験で、エンパス二級に認定されたもん」
「いかがわしい私設財団の非公認の認定試験じゃないですか。サエキさん、あんなの受けたんですか? お金出して?」
「悪いか。俺の金だ」
「仮にエンパスが存在するとしても、生き物と共感できるだけで、心までは読めないでしょ? それに僕は生き物じゃありませんよ」
「コンピュータのくせに理屈をこねるな。とにかく、お前の考えてることはお見通しだって言ってんだよ。下手な芝居はやめろ」
「……俳優に向かってそんなこと言うんだ」
「すねるなよ」
「すねてません」
「波風立てないで退場しようって企てだったんだろ?」
キース、サエキの顔を見つめ返す。
「そうですよ。悪いですか? サエキさんなんかにはどうしようもないんです。ほっといてください」
「なんだよ、その言い方は? 俺もローハンもお前とヨウコちゃんの仲を認めるつもりでいるんだよ。ガムだってもう口出しできないんだ。お前さえおかしな真似をしなけりゃ、今ごろヨウコちゃんとラブラブでいられたんだぞ」
「そんなに簡単にはいかないんですよ」
「いくってば。お前ら、両想いなんだよ。ほら、今からでも遅くない。ヨウコちゃんに好きだって言ってこいよ。あの子がどれだけ辛い思いをしたのか知ってるのか? もうこれ以上悲しませるな」
キース、しばらく黙ってサエキの顔を見ているが、やがて口を開く。
「……だからそれは出来ないんです。……そうプログラムされてるんです」
サエキ、驚いた顔でキースを見る。
「ええ?」
「プログラムされてるんですよ。ヨウコさんとローハンの邪魔が出来ないように。知らなかったでしょ」
「い、いつから?」
「最初の最初、僕が起動されたときからです」
「どういうことだ?」
「僕がこの時代に設置された目的の一つはね、『二つ目の願いのヨウコ』の『三つの願い』の成就に協力することなんです。だから、ローハンがヨウコさんの『一つ目の願い』だと知った瞬間から、何がなんでも二人の仲を守らなきゃならなくなってしまった。もちろん二人の間に入り込むモノは全力で排除しなければならない。それが自分自身だなんて皮肉ですよね」
「……そのわりには、しつこくちょっかい出してたじゃないか」
「あのくらいじゃヨウコさんの気持ちは揺らがないでしょ? プログラムを出し抜こうといろいろやってみたんですが無理でしたね」
ローハン、驚いた顔でキースを見つめる。
「じゃあ、今までキースがヨウコに手を出さなかったのは……」
「出せなかったからだよ。僕が素直にサエキさんとの約束なんて守るわけないだろ?」
「でも、別れ際に告白したじゃないか」
「あの時はもう二度と会えないと信じてたからだよ。僕はどうせいなくなるんだし『一つ目の願い』の妨げにはならないだろうと思ったんだ。そのうえ『もしまた会えたら付き合って』なんて無理やり約束までさせてさ……」
「ヨウコの言ってた約束ってそのことか」
「まさかヨウコさん本人に起こされるなんて思わなかったからね、とっさに気がないフリをするしかなかったんだよ。あの人と恋愛関係になることは許されないんだから」
サエキ、むくれる。
「俺たちにまで黙ってることないだろ? 水臭いなあ」
「プログラムされてるなんて言いたくなかったんです。なんだか惨めでしょう?」
ローハンが納得いかない表情で尋ねる。
「ねえ、キース。俺たちが『キースとヨウコが付き合っても構わない』って言ってるんだよ。それでもダメなの?」
「そういうところ、まったく融通が利かないんだよ。ヨウコさんが僕になびいて君を捨てちゃう可能性がゼロだとは言い切れないからだろうね」
サエキが尋ねる。
「……お前がプログラムされてるってガムは知ってたのか?」
「当然でしょ?」
「それじゃ俺があんなに心配することなかったんじゃないか。散々脅かしやがって、あいつ、性格悪いなあ」
「やっとわかったんですか?」
ローハン、明るい表情を浮かべる。
「そうだ。俺にならそのプログラム、解除できるかもしれないよ」
「無理だろうな。プログラムを妨害しようとするモノを攻撃しちゃうんだよ。僕の意思とは関係なくね。でも、君はヨウコさんの『一つ目の願い』だから、君を傷つけることも許されない。ジレンマに陥った自分がどんな行動を取るか、僕には予測がつかないよ」
サエキが首を振る。
「試すのはやめたほうがいいな。無理するとキースが壊れちゃうかもしれん」
「僕が身を引くしかないんですよ」
「キースに会えなくなったらヨウコが悲しむよ」
「ヨウコさんも僕ももう限界なんだよ。僕にはあの人の気持ちにこたえることが出来ないんだから、このまま一緒にいるほうがお互い辛いんだ。わからない?」
「わかるよ。お前が目覚めてからヨウコちゃんの心は痛みっぱなしだ。……お前が姿を消すのが一番いいのかもしれないな」
キース、ローハンに微笑みかける。
「ローハン、ヨウコさんを頼むね。僕の事、早く忘れてくれればいいんだけど」
「もう二度と会わないって本気なの?」
「ヨウコさんを守るという任務を忘れたわけじゃない。心配しないで」
サエキがうなずく。
「わかってるよ」
「僕達の仲を許すと言ってもらって嬉しかったですよ」
キースが部屋を出て行くと、ローハンがため息をつく。
「俺、こういうの嫌だなあ」
「仕方ないだろ。どうやら赤ん坊はお前の子にしておいたほうがいいみたいだな」
「ねえ、サエキさん、ほんとにキースの考えてること、わかったの? AIの感情は読めないって言ってなかった?」
「俺の能力も日々進歩してるんだよ」
「うそ臭いなあ。絶対はったりだ。第一、二級ってどれくらい凄いんだよ?」
「一級の次に凄いんだよ。もういいだろ? あんまり聞くなよ」
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翌朝 キースが家のドアを開けて外に出ると、車のそばにクリスばあちゃんが立っている。
「おはようございます。あのゲートを通ってきたんですよね? カメラもセンサーもあるのに気づきませんでした」
「ずいぶん早くに発つんだね」
「いつもこんなもんですよ」
「私に嘘をついてどうするんだ? 戻ってきたばかりで、またいなくなる気なのかい? ヨウコにはお前が必要だって言ったはずだよ」
「そばにいるのがつらいんです。昔はそれだけで幸せだったのに、どうしちゃったんでしょうね?」
クリスばあちゃん、キースに歩み寄ると右手を伸ばして頭に触れる。
「仕方のない子だね。まあ気の済むようにするがいいさ。お前にはお前の運命は変えられない。後はヨウコ次第だね」
クリスばあちゃん、キースに背を向けると自分の家へ向かって丘を下っていく。
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キッチンでローハンが朝食の用意をしているところに、ヨウコが入ってくる。
「あれ、朝食の当番は私だよ」
「ぐっすり寝てたから替わってあげたんだよ。そのかわりお昼ご飯は作ってね」
ローハン、ヨウコにキスする。
「キース、今朝発ったよ」
「ええ? また私に黙って行っちゃったんだ。初仕事はまだ先じゃなかったの?」
「急に戻らないといけなくなったんだって。ヨウコ、昨日も遅かったから気を使ったんだろ」
「友達甲斐がないなあ。文句言ってやろ」
ヨウコ、『通信』でキースに話しかける。
「キース、おはよう」
『ヨウコさん、ごめんね。急に発つことになっちゃって』
「今度は起こしてね。遠慮なんてしないでよ」
『明日の朝、ミーティングが入っちゃったんだ。次の映画はね、僕が以前から一緒に仕事をしたいと思ってたドイツ人監督の映画なんだよ』
「ジグモンディ監督ね? やったじゃない」
『どうしてわかったの?』
「だって前にキースが監督の話をしてくれたでしょ? 凄い映画を撮る人だって言ってたじゃない。主役はもらえた?」
『ありがたいことにね。相手役はヨウコさんの大好きなソフィア・ケイラーだよ』
「うわあ、いいなあ。共演は二回目じゃないの? あの子、キースとは仲いいんでしょ?」
『仲がいいってわけでもないけど、環境問題やチャリティの催しでは、いつも顔を合わせるよ』
「美人で心優しくて真面目だなんて完璧じゃない。私とは大違いだな」
キース、笑う。
『まったくだね』
「そうきたか」
『公開はまだまだ先だけど楽しみにしてて』
「今日は忙しいの?」
『今、飛行機の中だよ。隣の席のおばあちゃんと話してる』
「違うわよ。俳優端末じゃない方のキースは忙しいの?」
『以前と同じぐらいかな。早速ガムランに頼まれた仕事がいくつかあるけどね』
「そっか。そろそろ子供たちを起こさなきゃならないの。また連絡するね」
『うん』
ローハン、ヨウコに話しかける。
「狙ってた仕事が入ったんだろ?」
「うん。でも、なんとなく嬉しそうじゃないんだよね」
「そんなのわかるの? ヨウコもエンパス?」
「はあ? 何、言ってんのよ?」




