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電気羊飼いと天使の卵  作者: モギイ
第四幕
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失われたもの

 どこまでも金色の丘が続く風景の中 草の上に座っているヨウコの前に、ぼんやりした表情のキースが立っている。


「ヨウコさん? ヨウコさんなの?」


 ヨウコ、キースの顔を見て笑う。


「いつまでも寝てるんだもん。起こしに来てあげたのよ」

「ここは……この景色はヨウコさんが僕に見せてるんだね? どうやって?」

「きれいでしょ?  ここ、お気に入りの場所なんだ。あなたが寝てる間に、私にもいろいろあったのよ。まだ半分眠ってるみたいね。目が覚めるまで一緒にいてあげる」


 キース、ヨウコの隣に座りこむ。


「僕を起こしたのはヨウコさん?」

「そうよ。そうは言っても『雪ダルマ』がほとんどやってくれたんだけどね」

「雪……ダルマ?」

「『笑ってるエノキダケを食べた口のない雪ダルマ』よ。でもね、本当は口があったんだ。裏側についてたなんて驚くでしょ?」


 キース、ヨウコを見て首を傾げる。


「……言語処理ユニットに異常があるみたいだ」


 ヨウコ、笑う。


「あなたはおかしくないよ。後でゆっくり説明してあげるわ。ほら、さっさと起きなさい。さっきからコーヒーを三杯も飲んじゃったわ」


 キース、ヨウコを見る。


「僕の身体、まだあるの?」

「サエキさんが保管してくれてるよ」

「そうか。ローハンもサエキさんもそこにいる?」

「うん、みんな、あなたに会うのを楽しみにしてる。一度戻って様子を見てくるわ。すぐに戻ってくるから待っててね」

「ヨウコさん」

「何?」

「僕が完全に目覚めるまで一人にしておいてくれる? まだ不安定なんだ。外部の影響は受けないほうがいい」


 ヨウコ、微笑む。


「わかったわ。じゃあ、あっちで待ってるからね」


        *****************************************

              

 目を閉じてソファにもたれているヨウコの隣で、ローハンと眠そうな顔をしたサエキが話している。


「サエキさん、俺はヨウコとキースの仲を認めるつもりだからね。子供の事もあるしさ」

「いまさら俺が止めるわけないだろ?」

「そりゃ、そうか。でも、あの二人の関係ってなんだか不思議だよね。なんなんだろう?」

「この時代の言葉で不倫って言うんだよ」


 ヨウコ、ソファの上で目を開ける。


「ちょっとそこ、人が聞いてないと思って何の話? 真ん中の前方後円墳みたいなのはほとんど起動し終わったわよ。回りのごちゃごちゃ数珠繋ぎになってるのがまだだけど」

「いつもながら不思議な説明をするなあ」

「だって、346年先のコンピュータなんて、どうやって説明すればいいのかわかんないじゃない」


 サエキが怪訝な顔をする。


「あれ、キースの本体は鏡餅じゃなかったのか?」

「あっち側からは鏡餅には見えないのよ」

「あいつ、どんな具合だ?」

「なんだかぼーっとしてるわ。急に起こされてショックだったんじゃないかしら。しばらく一人でいたほうがいいんだって」

「ガムが気づいたよ。さっき俺に連絡が来た。とっても驚いたフリをしておいたけどね」

「なんて言ってた?」

「起こしちゃったものは仕方ないなあ、だってさ」

「それだけなの?」

「これからはヨウコちゃんにキースを任せるそうだ。あいつに暴走されたほうが、ヨウコちゃんに暴走されるよりもましだと判断したんだろうな」

「ありがとう、って伝えておいて」

「ガムのお許しが出たから、あっちに戻ってキースの身体を取ってくるよ。すぐ戻る」


 サエキ、立ち上がると部屋から出て行く。


        *****************************************


 数時間後 ソファの上に横たわっているキースの人型端末が目を開く。ヨウコが心配そうに覗き込む。


「気分はどう?」

「うん、動かしてみるよ」


 サエキが声をかける。


「冷蔵庫で保存してあったからな。まだ無理するなよ」


 ヨウコ、驚いた顔をする。


「ええ? 冷蔵庫?」

「だって、腐ったら困るだろ?」


 ゆっくりと上体を起こすキースにローハンが話しかける。


「お帰り、キース。久しぶりだね」

「半年も寝てたのか。身体が重いよ」


 サエキが厳しい顔でキースを見る。


「危うくインターフェイスの交換をされるところだったんだぞ。ヨウコちゃんに感謝しろ。馬鹿なことしやがって」

「僕は失業したんですか?」

「ガムがまた働いてもらうって言ってたよ。マメの奴、ちっとも役に立たんからな」

「そうだと思った。でも、二、三日、休みをもらいますよ」


 キース、一同の顔を見渡す。


「また会えて嬉しいよ」


 ヨウコがおずおずとキースに話しかける。


「あの、あなたが別れ際に私とした約束だけど……」

「……僕、ヨウコさんと何か約束したの?」


 ヨウコ、眉をひそめる。


「覚えて……ないの?」

「24世紀に侵入した直後からの記憶が全くないんだよ。それじゃ、僕は終了される前にヨウコさんと話したんだね」


 サエキが驚いた顔をする。


「そうなのか? 向こうで何があったのか聞こうと思ってたのに。お前、『守護天使』に会ったって言ってたんだぞ」

「『天使』? 僕がですか?」

「再起動のショックで記憶が飛んじゃったのかなあ? ほかに問題はない?」


 キース、首を傾げる。


「どうでしょうね。僕は再起動することを前提に作られていないんです。ほかにも問題が出てくるかもしれませんね」

「考えてみりゃ、素人だけで無理やり起こすなんて、かなり無謀なことしたからな。なにがどうなってるかわかんないし、一度診て貰えよ」

「そうします」


 ローハンがキースの顔を覗き込む。


「キース、ヨウコに好きだって言ったのは覚えてる?」

「いや、ヨウコさんを探しに行ったところまでしか記憶がないんだ。告白なんてしないつもりだったのに、気が変わったのかな?」

「でも、ヨウコのことは好きなんだろ?」


 キース、首を振る。


「ヨウコさんを好きだったのは覚えてるんだけど、どうも感情が伴わなくって」


 困惑した顔でサエキが尋ねる。


「……どういうこと?」

「恋愛感情というのがわからなくなりました」

「ええ?」

「細やかな感情を失くしてしまったようなんです。ほかにもいろいろと思い出せない事があって……」

「感情なんてデリケートなものだからなあ。これも再起動の影響かな?」

「きっとそうだと思います。僕にとってヨウコさんは大切な存在ですが、恋しているのとは違いますね」


 ヨウコ、笑う。


「そっか。まあその方がややこしくなくていいよね。私、人妻だし、正直、困ったなあって思ってたんだ。問題が一つ片付いたってわけだ」


 ローハン、驚いてヨウコを見る。


「ヨウコ?」


 ヨウコ、キースに笑いかける。


「あなたにまた会えて嬉しいよ。あの時は私を守ってくれようとしたんだね。本当にありがとう」

「ヨウコさんこそ、僕を起こしてくれてありがとう」

「今度は私があなたを守ってあげるから。あの時は何もできなかったけど、今は違うよ」


 ローハンが笑う。


「それよりもヨウコを怒らせないように気をつけろよ」


 ローハン、自分で自分の耳をひっぱる。


「いたた……。やめろよ、ヨウコ。言ってる傍からこうなんだから」

「横から余計なこと言うんだもん」

「ねえ、ヨウコがキースとした約束ってなんだったの?」

「ううん、覚えてないならいいんだ。せっかくみんな揃ったんだから、お茶を入れてくるよ」


 ヨウコ、部屋から出て行く。後からついてきたローハンが後ろから話しかける。


「あんな事言っちゃって、ヨウコはあいつが好きなんだろ? どうして好きだって言わないんだよ?」

「別れ際の記憶がないんだから、キースは私の恋心が封印されたままだと思ってるんでしょ? それなら、このまま友達でいた方がいいじゃない」

「でも、ヨウコ、すごく悲しそうな顔してる」

「……また昔と同じようにみんなで過ごせるんだから、これでいいよ」


 立ち止まってうつむいたヨウコを、ローハンが後ろから抱き寄せる。


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