マサムネ
居間 博士とヨウコが向き合って話をしている。
「で、何かわかりました? 私の頭の中で何が起こってるんですか?」
「いえ、何もわかりません。今日はデータを取らせていただいただけですから」
「はあ」
「しかしながら、ヨウコさんにはネットワーク上のリソースを、自分の都合のいいように使ってしまうといいますか、自分の一部として取り込んでしまう能力があると推察されます。もちろんデータを解析するまでははっきりとした事は言えませんが」
「わけがわかんないわ」
「専門用語を交えたほうが理解しやすいでしょうか」
「いえ、余計わかんないと思います。結果がわかったら、まずサエキさんに知らせてくださいね。わかりやすく説明してもらうから」
「ヨウコさんの能力を使えば、ガムランですら制圧できますよ」
「制圧?」
博士、目をチカチカと点滅させる。
「制圧です。ガムランも所詮はリソースに過ぎないですからね」
マサムネ、ヨウコにささやく。
「この間、博士、ガムランと口論になったんだ。今、絶交中だよ」
「絶交? 小学生じゃあるまいに」
「普段は割と仲いいんだけどね。二人とも我が強いからよく衝突するんだ」
博士、マサムネの方を見る。
「それではそろそろお暇いたしましょう。マサムネ君、行こうか」
「博士、もう少しこちらに残ってもよろしいですか?」
「明日の朝、出てきてくれさえすれば構わないが」
「ありがとうございます」
サエキが、急いで立ち上がる。
「博士、『穴』までお送りしますよ」
サエキと博士が出て行くと、マサムネが笑顔でヨウコに歩み寄る。
「さて、邪魔者がいなくなった」
「邪魔者?」
マサムネ、ヨウコの腰に手を回すと引き寄せる。
「あの、マサムネさん、何してるの?」
「だってヨウコちゃん、僕に興味があるんでしょ?」
ローハン、呆れた顔で苦笑いする。
「あーあ、こうなるんじゃないかと思ったよ」
「何の話?」
「だって、ヨウコ、マサムネさんのことじろじろ見てただろ? 24世紀じゃ今からやりませんか、って誘ってるようなもんだよ」
「え? ほんとに?」
マサムネがうなずく。
「ほんとだよ」
「ごめん。それはちょっと出来ないよ」
マサムネ、眉を寄せる。
「つまり、僕を誘ってたんじゃないんだね」
「あんまり格好いいから見惚れてただけなのよ。誤解させちゃったんだったらごめんね」
「でも、僕を気に入ってくれてるんだよね? それなら別に問題ないんじゃないの?」
「21世紀じゃそうはいかないのよ。私にはローハンがいるからね」
ローハン、笑う。
「そうなんだよ。一対一が基本なんだ。慣れるまで俺も戸惑ったけどね。申し訳ないけど諦めてよ」
「それにあなたは私になんて興味ないでしょ? 凄くモテそうだもんね」
マサムネ、驚いた顔をする。
「どうしてそう思うの? ヨウコちゃん、魅力的だよ? 会ったときから誘おうと決めてたんだけどなあ」
「悪いけど諦めてよ。ヨウコは俺の妻なんだから」
「そう言われちゃどうしようもないな。残念だけどこっちの習慣を尊重したほうがいいみたいだね。」
ローハン、不思議そうにマサムネを見つめる。
「でも、どうして君がヨウコに惹かれるの? 君は、ロボ……」
ローハン、そこまで言ったところでヨウコに睨まれて、口が動かなくなる。
「あのさ、そっちのお誘いには応じられないけど、カフェでお茶ぐらいならご一緒させてもらうわよ。それじゃダメかな?」
マサムネ、困惑した顔をする。
「お茶はいいの? 基準が難しいなあ。もっと勉強してこればよかったよ」
「お茶も状況によるけどね」
ローハン、笑う。
「ややこしいだろ。こっちじゃなんだって浮気扱いされるんだよ」
「私、浮気なんてしないもんね」
ヨウコ、ローハンの顔を見て、急に表情を曇らせる。
「そうか……私、前科があるんだ」
ローハン、慌ててヨウコを抱きよせる。
「そんな顔するなよ。キースはヨウコの恋人だって言っただろ? 浮気だなんて思ったことないよ」
「うん。ありがとう、ローハン」
うつむいたヨウコにローハンが笑いかける。
「ほら、さっさとカフェに行って来いよ。ついでに観光にも連れて行ってあげたら? マサムネさん、21世紀は初めてなんだろ?」
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トニーのカフェ ヨウコとマサムネが向かい合って座っている。
「ここ、いい雰囲気だね。カフェは24世紀とあんまり変わってないみたいだ」
「ええ? 300年以上経ってるのに?」
「メニューもほとんど同じだな。僕の好きな『キップルンダ』がないけどね。あれが流行るのは23世紀半ばだったかな」
「それっておいしいの?」
「病みつきになるよ」
「カフェがあるなんてやっぱり24世紀っていいところなのね」
マサムネ、真剣な顔になる。
「さっきの話なんだけどね。ヨウコちゃん、ローハン以外にも好きな人がいるの? キースって言ってただろ?」
「うん。でも、もう会えなくなっちゃったんだ」
「……もしかして亡くなった?」
「ううん。眠ってるの」
「眠ってる?」
「フギンのことは知ってる?」
「21世紀に配備されてた大型コンピュータだね。不具合を起こして停止させられたって聞いたけど」
「不具合なんかじゃないよ。全部、私のせいなんだ」
マサムネ、怪訝な表情を浮かべる。
「……ヨウコさんの好きな人とフギンと何の関係があるの?」
「私はフギンが好きなの。私たちはキースって呼んでたんだけどね」
マサムネ、ヨウコをじっと見つめる。
「キースはね、人間そっくりの端末を持ってたんだ。俳優やってて、ハリウッドスターになっちゃったの。最初はもちろん人間じゃないなんて知らなかったのよ。正体を知って驚いたけど、すぐに慣れちゃった。キースはね、私の事が好きだったの。忙しいのに暇を見つけては遊びに来てくれてた」
「……AIなのに?」
「うん」
「どうして停止させられたの?」
「私が狙われるようになってね、犯人がなかなか捕まらないもんだから、キースは24世紀のネットワークに侵入したの。自分なら犯人を見つけられると思ったのか、何か裏があるって疑ったのか……真相は誰も教えてくれないんだけどね……」
ヨウコ、コーヒーのカップを見つめる。
「……また会えるんだったら、どんなことでもするのに。声だけでいいから聞きたいよ」
「素敵な人だったんだね。でも、コンピュータなのにヨウコさんのことを好きだったなんて信じがたいな」
「どうして? 機械だから? そんなこと言ったらローハンだってロボットじゃない」
マサムネ、驚いた顔でヨウコを見る。
「え! 本当に?」
「うん。もしかして知らなかった?」
「いや、全然、知らなかったよ。でも、ヨウコちゃんと結婚してるんだろ?」
「そういえば建前では人間だって事になってるのよね。話したらいけなかったのかな?」
「誰にも言わないよ。安心して」
マサムネ、微笑む。
「マサムネさん、彼女はいないの? モテるんでしょ?」
「自分で言うのもなんだけどね、ものすごくモテるよ」
「それならわざわざ人妻の私なんて誘わなくってもいいのに」
「そんなことないよ。二年半の人生で、僕から声をかけたのはヨウコちゃんが初めてなんだ」
「はあ?」
「もう帰るっていうのに、引きとめてくれないから焦ったよ」
「はあ?」
マサムネ、にこやかに笑う。
「今までほかの誰にも惹かれたことがないんだ」
「は、はああ?」
勢いよくドアを開けてサエキとローハンが入ってくると、ヨウコ達のテーブルに歩み寄る。
「あれ、どうしたの?」
「おい、マサムネ。お前、そろそろ戻ったほうがいいぞ」
「どうしてですか? 呼び出しはかかってませんよ?」
「いいから、とりあえず家まで戻ろう。わかったな」
トニー、カウンター越しにサエキに声をかける。
「あら、サエキ。私のお客を連れて帰っちゃうの? 彼、特上じゃない。あとでゆっくりお話しようと思ってたのに」
「ちょっと訳があってさ。ごめん。この埋め合わせはするから」
ローハン、ヨウコの肩を抱くと耳元でささやく。
「ちょっとまずいことになってるんだ」
「何があったの?」
「家で話すよ。早く行こう」
ヨウコ達、不審な顔のトニーを残してカフェから出て行く。




