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電気羊飼いと天使の卵  作者: モギイ
第四幕
153/256

マサムネ

 居間 博士とヨウコが向き合って話をしている。


「で、何かわかりました? 私の頭の中で何が起こってるんですか?」

「いえ、何もわかりません。今日はデータを取らせていただいただけですから」

「はあ」

「しかしながら、ヨウコさんにはネットワーク上のリソースを、自分の都合のいいように使ってしまうといいますか、自分の一部として取り込んでしまう能力があると推察されます。もちろんデータを解析するまでははっきりとした事は言えませんが」

「わけがわかんないわ」

「専門用語を交えたほうが理解しやすいでしょうか」

「いえ、余計わかんないと思います。結果がわかったら、まずサエキさんに知らせてくださいね。わかりやすく説明してもらうから」

「ヨウコさんの能力を使えば、ガムランですら制圧できますよ」

「制圧?」


 博士、目をチカチカと点滅させる。


「制圧です。ガムランも所詮はリソースに過ぎないですからね」


 マサムネ、ヨウコにささやく。


「この間、博士、ガムランと口論になったんだ。今、絶交中だよ」

「絶交? 小学生じゃあるまいに」

「普段は割と仲いいんだけどね。二人とも我が強いからよく衝突するんだ」


 博士、マサムネの方を見る。


「それではそろそろお暇いたしましょう。マサムネ君、行こうか」

「博士、もう少しこちらに残ってもよろしいですか?」

「明日の朝、出てきてくれさえすれば構わないが」

「ありがとうございます」


 サエキが、急いで立ち上がる。


「博士、『穴』までお送りしますよ」


 サエキと博士が出て行くと、マサムネが笑顔でヨウコに歩み寄る。


「さて、邪魔者がいなくなった」

「邪魔者?」


 マサムネ、ヨウコの腰に手を回すと引き寄せる。


「あの、マサムネさん、何してるの?」

「だってヨウコちゃん、僕に興味があるんでしょ?」


 ローハン、呆れた顔で苦笑いする。


「あーあ、こうなるんじゃないかと思ったよ」

「何の話?」

「だって、ヨウコ、マサムネさんのことじろじろ見てただろ? 24世紀じゃ今からやりませんか、って誘ってるようなもんだよ」

「え? ほんとに?」


 マサムネがうなずく。


「ほんとだよ」

「ごめん。それはちょっと出来ないよ」


 マサムネ、眉を寄せる。


「つまり、僕を誘ってたんじゃないんだね」

「あんまり格好いいから見惚れてただけなのよ。誤解させちゃったんだったらごめんね」

「でも、僕を気に入ってくれてるんだよね? それなら別に問題ないんじゃないの?」

「21世紀じゃそうはいかないのよ。私にはローハンがいるからね」


 ローハン、笑う。


「そうなんだよ。一対一が基本なんだ。慣れるまで俺も戸惑ったけどね。申し訳ないけど諦めてよ」

「それにあなたは私になんて興味ないでしょ? 凄くモテそうだもんね」


 マサムネ、驚いた顔をする。


「どうしてそう思うの? ヨウコちゃん、魅力的だよ? 会ったときから誘おうと決めてたんだけどなあ」

「悪いけど諦めてよ。ヨウコは俺の妻なんだから」

「そう言われちゃどうしようもないな。残念だけどこっちの習慣を尊重したほうがいいみたいだね。」


 ローハン、不思議そうにマサムネを見つめる。


「でも、どうして君がヨウコに惹かれるの? 君は、ロボ……」


 ローハン、そこまで言ったところでヨウコに睨まれて、口が動かなくなる。


「あのさ、そっちのお誘いには応じられないけど、カフェでお茶ぐらいならご一緒させてもらうわよ。それじゃダメかな?」


 マサムネ、困惑した顔をする。


「お茶はいいの? 基準が難しいなあ。もっと勉強してこればよかったよ」

「お茶も状況によるけどね」


 ローハン、笑う。


「ややこしいだろ。こっちじゃなんだって浮気扱いされるんだよ」

「私、浮気なんてしないもんね」


 ヨウコ、ローハンの顔を見て、急に表情を曇らせる。


「そうか……私、前科があるんだ」


 ローハン、慌ててヨウコを抱きよせる。


「そんな顔するなよ。キースはヨウコの恋人だって言っただろ? 浮気だなんて思ったことないよ」

「うん。ありがとう、ローハン」


 うつむいたヨウコにローハンが笑いかける。


「ほら、さっさとカフェに行って来いよ。ついでに観光にも連れて行ってあげたら? マサムネさん、21世紀は初めてなんだろ?」


        *****************************************



 トニーのカフェ ヨウコとマサムネが向かい合って座っている。


「ここ、いい雰囲気だね。カフェは24世紀とあんまり変わってないみたいだ」

「ええ? 300年以上経ってるのに?」

「メニューもほとんど同じだな。僕の好きな『キップルンダ』がないけどね。あれが流行るのは23世紀半ばだったかな」

「それっておいしいの?」

「病みつきになるよ」

「カフェがあるなんてやっぱり24世紀っていいところなのね」


 マサムネ、真剣な顔になる。


「さっきの話なんだけどね。ヨウコちゃん、ローハン以外にも好きな人がいるの? キースって言ってただろ?」

「うん。でも、もう会えなくなっちゃったんだ」

「……もしかして亡くなった?」

「ううん。眠ってるの」

「眠ってる?」

「フギンのことは知ってる?」

「21世紀に配備されてた大型コンピュータだね。不具合を起こして停止させられたって聞いたけど」

「不具合なんかじゃないよ。全部、私のせいなんだ」


 マサムネ、怪訝な表情を浮かべる。


「……ヨウコさんの好きな人とフギンと何の関係があるの?」

「私はフギンが好きなの。私たちはキースって呼んでたんだけどね」


 マサムネ、ヨウコをじっと見つめる。


「キースはね、人間そっくりの端末を持ってたんだ。俳優やってて、ハリウッドスターになっちゃったの。最初はもちろん人間じゃないなんて知らなかったのよ。正体を知って驚いたけど、すぐに慣れちゃった。キースはね、私の事が好きだったの。忙しいのに暇を見つけては遊びに来てくれてた」

「……AIなのに?」

「うん」

「どうして停止させられたの?」

「私が狙われるようになってね、犯人がなかなか捕まらないもんだから、キースは24世紀のネットワークに侵入したの。自分なら犯人を見つけられると思ったのか、何か裏があるって疑ったのか……真相は誰も教えてくれないんだけどね……」


 ヨウコ、コーヒーのカップを見つめる。


「……また会えるんだったら、どんなことでもするのに。声だけでいいから聞きたいよ」

「素敵な人だったんだね。でも、コンピュータなのにヨウコさんのことを好きだったなんて信じがたいな」

「どうして? 機械だから? そんなこと言ったらローハンだってロボットじゃない」


 マサムネ、驚いた顔でヨウコを見る。


「え! 本当に?」

「うん。もしかして知らなかった?」

「いや、全然、知らなかったよ。でも、ヨウコちゃんと結婚してるんだろ?」

「そういえば建前では人間だって事になってるのよね。話したらいけなかったのかな?」

「誰にも言わないよ。安心して」


 マサムネ、微笑む。


「マサムネさん、彼女はいないの? モテるんでしょ?」

「自分で言うのもなんだけどね、ものすごくモテるよ」

「それならわざわざ人妻の私なんて誘わなくってもいいのに」

「そんなことないよ。二年半の人生で、僕から声をかけたのはヨウコちゃんが初めてなんだ」

「はあ?」

「もう帰るっていうのに、引きとめてくれないから焦ったよ」

「はあ?」


 マサムネ、にこやかに笑う。


「今までほかの誰にも惹かれたことがないんだ」

「は、はああ?」


 勢いよくドアを開けてサエキとローハンが入ってくると、ヨウコ達のテーブルに歩み寄る。


「あれ、どうしたの?」

「おい、マサムネ。お前、そろそろ戻ったほうがいいぞ」

「どうしてですか? 呼び出しはかかってませんよ?」

「いいから、とりあえず家まで戻ろう。わかったな」


 トニー、カウンター越しにサエキに声をかける。


「あら、サエキ。私のお客を連れて帰っちゃうの? 彼、特上じゃない。あとでゆっくりお話しようと思ってたのに」

「ちょっと訳があってさ。ごめん。この埋め合わせはするから」


 ローハン、ヨウコの肩を抱くと耳元でささやく。


「ちょっとまずいことになってるんだ」

「何があったの?」

「家で話すよ。早く行こう」


 ヨウコ達、不審な顔のトニーを残してカフェから出て行く。


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