帰還
深夜 街の中心部でアリサと友人がタクシーを捜している。車が止まって若い男が顔を出す。
「何してるの? 乗ってく?」
「何もしてません。ほっといて」
アリサ達、足早にその場を離れる。
「日本の女は簡単にひっかかるとでも思ってんのやろか?」
「アリサがかわいいからでしょ。リアリティショーに出てるアジア人モデルに似てるもん」
「そんなことないやろ? 送別会やなかったら、金曜の夜なんて家におるのになあ。酔っ払いしか歩いてへんやん」
アリサ、不安そうにあたりを見回す。
「タクシー、なんで走ってないんやろ? 表通りまで出るか」
「そうだね」
アリサたちが横道に入ったのを見て、若い男の集団が罵声を浴びせながらついてくる。
「嫌なのに見つかった。もうほっといて欲しいわ」
「なんだか性質が悪そうだね」
「走るか?」
アリサたち、前方からがっしりした体型の男が歩いて来るのに気づく。
「強そうな人が来たで。助けてもらおう」
アリサ、英語で男に声をかける。
「あの、すみません。絡まれて困ってるんです」
男、若者達の方に目をやる。
「頭の悪そうな奴らだな。わかった。ちょっと待ってろよ」
「あ、ありがとう」
男が近づくと、若者達がこそこそと引き返す。 男、振り返って笑う。
「もう大丈夫だ。あいつら、たいしたことないな」
「助かりました。ありがとう」
男、また笑うと、流暢な日本語で話し出す。
「相変わらずアリサは英語が下手くそだな」
「ええ? 日本語、話せるんか?」
友人、不思議そうにアリサを見る。
「アリサの知り合いなの?」
男、不安そうにアリサの顔を覗き込む。
「アリサ、もしかして俺がわからないのか?」
「だって初対面やんか。そうか、ヨウコ姉ちゃんの関係者やな?」
「本当にわからないのか? もしかして、もう新しい男が出来たのか?」
アリサ、男の茶色い目をじっと見つめる。
「……ウ、ウーフなんか?」
「なんだ、わかるんじゃないか」
「ウーフなん? ほんまにウーフなん?」
男(以下ウーフ)「犬は損だからな。身体を換えてもらったんだ」
「そんな事できるんか?」
ウーフ、自分の体を見下ろす。
「気に入らないのか? アリサ好みだと思ったんだけどな。アリサはラグビー選手みたいな男がタイプなんだろ? ちゃんと知ってるぞ」
友人が不思議そうに二人の顔を見比べる。
「やっぱり知り合いなの? 会話の意味がわかんないんだけど」
アリサ、笑う。
「うん、知り合いやったわ。ちょっと会わん間にすっかり見た目が変わってしもうて、全然わからんかってん」
ウーフ、唸る。
「知り合いって言い方はないだろ? 自分の男に向かって」
「ええ?」
「俺のこと、好きやってあれだけ抱きついてたくせに、やっぱり男ができたんだな?」
アリサ、おかしそうに笑いだす。
「できてへん。できてへんで」
「そこの角に車をとめてあるんだ。友達を送っていって、その後、アリサをヨウコの家まで連れて行ってやる」
「え? ウーフが運転すんの?」
「おかしいか?」
「ううん、やっぱりウーフは賢いんやなあ」
ウーフ、恨めしそうにアリサを見る。
「まだ犬扱いするのか? 傷ついたぞ」
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同日の深夜 キッチンでヨウコとローハンとアリサの三人が話している。
「ウーフ、あんなになってしもうて、びっくりしたわ」
「つきまとわれたでしょ? 戻ってきてすぐにアリサを迎えに行くって飛び出して行ったのよ」
「さっきは危ないところを助けてもらったんやで。ほんま、助かったわ」
「ウーフ、あんたにすっかり惚れちゃってさ。サエキさんが記憶を消すって言って連れて帰ったのよ」
「ええ? それでしばらくいなかったん?」
「うん。でも、保健所に連れて行かれる犬みたいに悲しい目をしちゃってさ、かわいそうで見てられなかったの」
ローハンがうなずく。
「ウーフは犬の姿はしてるけど、頭の中身は俺とたいして変わらないんだ。入ってる身体が違うだけの話なんだよ」
「ローハン兄さんと同じ? それやったら、記憶なんて消されたらたまらんな」
「だから、ウーフにはしたいようにさせてやってくれ、って頼んだのよ。私の家族の一員なんだから私が守ってやらなくちゃ。ウーフには危ないところを助けてもらった恩もあるしね」
「ほかならぬヨウコの頼みなんで、なんとかして貰える事になったんだ。ウーフがもう犬なんて嫌だっていうんで、身体を換えてもらったんだよ」
ヨウコ、笑う。
「好きな人の記憶を失くしちゃうよりは、辛くても失恋したほうがましだと思ったのよ。フラれりゃ犬に戻りたがるかもしれないし」
アリサ、不思議そうにヨウコの顔を見返す。
「フラれる?」
「さっさと諦めさせてやりなさいよ」
「でも、私、ウーフやったら付き合ってみてもいいで」
「はあ? 犬よ?」
「でも、犬の姿をしてただけで、中身はローハン兄さんと変わらへんのやろ?」
「それはそうだけど……」
「今はえらい格好ええやん。ラグビーの選手やと思ったで」
ヨウコ、笑う。
「そうなのよね。予想外にナイスなボディを貰ってきたんで驚いたわ。ウーフとわかっていながらも目が行っちゃうのよねえ」
「ヨウコ、ラグビー選手の太もも、好きだもんな」
「でもさ、犬じゃないって言ってもロボットよ? 人間とは違うのよ?」
「ローハン兄さんやってロボットやん。問題あるんか?」
「……今のところは別にないかなあ? 本人が自分がロボットだってことを根に持ってるぐらいで」
ローハン、むくれる。
「それは昔の話だろ?」
「だって、時々寝言で『俺はロボットなんかじゃないよう』って言ってるわよ」
「兄さん、寝言なんて言うん?」
「よく出来てるのよ。でも、アリサ、本気なの?」
「付き合ってみんとわからんけどな。お見合いよりは面白そうやろ?」
ローハン、笑う。
「じゃあ、いいんじゃない。でも、ウーフが犬に戻ってくれないとなると、番犬がいなくなっちゃうね」
「あんたも番犬みたいなもんでしょ? 一匹いれば十分よ」
「俺、犬?」
「頭の中身はウーフと同じじゃない」
「犬のウーフがおらんようになって、ルークが寂しがってるんとちゃうの?」
「それなら大丈夫よ。お兄ちゃんが出来たみたいに喜んでたから。……リュウがいなくなってから寂しがってたのよ」
サエキとウーフが入ってくる。
「話は終わったのか?」
ウーフが嬉しそうにアリサに声をかける。
「アリサ、久しぶりに会ったんだから散歩に行こう」
「もう、夜中やで」
「俺と一緒なら大丈夫だ」
「そうやね。じゃ、行こか」
アリサ、ウーフに手を差し出す。
「お手」
「面白くない冗談だ」
「散歩やったら紐もつけんといかんやろ?」
「アリサ、しつこいぞ」
一緒に出て行くアリサとウーフを見て、サエキがつぶやく。
「うまくフッてくれりゃいいんだけどな」
「アリサちゃん、付き合ってみるって言ってたよ」
「ええ? ウーフだぞ?」
ヨウコが首を傾げる。
「おじさんたちにはなんて言おう。うちの親ほど柔軟じゃないから、人間ってことにしとかないとまずいよね?」
サエキ、困った顔をする。
「ちょっと待てよ。アリサちゃんと付き合うなんて想定外だ。こっちの一般市民とロボットを付き合わせるわけにはいかないよ」
ヨウコ、サエキを睨む。
「それじゃ、なんであんな格好いい身体をあげたのよ?」
「あいつの注文がうるさかったんだよ」
「それに私だって一般市民よ」
「ヨウコちゃんは救世主だろ?」
「じゃあ救世主の従姉妹も入れといてよ。それじゃなきゃ世界なんて救ってやらないわ」
「参ったなあ。ガムにどやされそうだ。ヨウコちゃんは本当にいいの? ウーフだよ?」
「ウーフはおしゃべりだけど頼りになるわよ。あんないい男なんだもん。大丈夫でしょ」
ローハンが楽しそうに笑う。
「サエキさん、牧羊犬がいないと不便なんだ。新しい犬、貰ってきてよ。今度は女の子に惚れる心配がないのにしてね」




