表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
電気羊飼いと天使の卵  作者: モギイ
第四幕
148/256

ヨウコの大掃除

 数日後 居間に入ってきたローハンがサエキに話しかける。


「サエキさん、ヨウコの事なんだけど……」

「どうしたの?」

「最近しょっちゅう出歩いてるんだよ」


 サエキ、怪訝な顔をする。


「ええ? ヨウコちゃんならほとんど家にいるじゃないか」

「そうじゃなくて、ネットの中をうろうろしてるんだよ。少し前まで、俺がついてないとどこにも行けなかったのにさ」

「ああ、そういう意味か。ヨウコちゃん、すっかり人間を超えちゃったなあ。こないだの検査じゃ、あの『饅頭』が根っこ伸ばして育ってたぞ。あれはグロすぎて本人には見せられないよ」

「今のヨウコにはネットワークがジャングルみたいに見えてるんだ」

「『饅頭』がそう見せてるんだろ? すごいテクノロジーだよな」

「ヨウコ、ここんとこ様子が変なんだよ。この時代のネットは悪意や汚いもので溢れてるだろ? 普通にパソコン使ってれば見なくてすむモノも、ヨウコには全部見えちゃうんだ。俺たち、電源さえ入ってれば、オフラインのコンピュータにでも入り込めちゃうからね」

「ここには『天使』もガムラン達もいないからな。なんでも野放しだよ」

「ヨウコが心配なんだ。いつもあんな態度取ってるけど、本当は正義感が強いからさ、昨日の晩も泣いてたよ」

「目をつぶれないんだったら慣れるしかないだろうな。お前がいつも一緒にいてやらなきゃ駄目だぞ」


        *****************************************


 24世紀 『会社』の一室でサエキとガムランが話している。


「ヨウコさんは新しい身体に馴染んだみたいだな」

「ああ、もう使いこなしてるよ。俺なんかよりもずっと機械との相性がいいみたいだ」

「『饅頭』が活動をはじめたようじゃないか」

「ありゃ、凄いな。サイバースペースに入り込んでるんだ」

「入り込む? ニンゲンがか?」

「ローハンが言うには『饅頭』がネット上の情報を、人間の五感にも理解できる形に翻訳してるんだそうだ。そりゃ、お前ら機械みたいにはいかないだろうが、それでも凄いよ」

「面白いな。『饅頭』を詳しく調べられないのが残念だ」


 サエキ、笑う。


「救世主を解剖するわけにはいかんからな。ヨウコちゃんが殺されたのも『じいさん』のシナリオに入ってたんじゃないのか? ただの願い主ってわけじゃないのかもしれないな」


 ガムラン、うんざりした様子でヒゲに触る。


「クソじじいめ、この俺を振り回しやがって。そのうち尻尾をつかんでやる」

「おいおい、『じいさん』を怒らせるような真似はしてくれるなよ」


 ガムラン、サエキの顔を見てわざとらしい笑顔を浮かべる。


「そんなことするはずないだろ? 俺はお年寄りには親切なんだよ」


        *****************************************


 数週間後 サエキ、ハルノ、ローハンの三人がテレビでニュースを見ている。


 サエキがローハンを振り返る。


「この児童ポルノ関係者の摘発が続いてる件だけどさ、これ、ヨウコちゃんの仕業だろ? 人身売買グループが芋づる式に検挙されてるのもそうだな」

「ほかにもいろいろやってるよ。犯行予告とか自殺予告なんかも片っ端から通報してるしね」


 ハルノが不安そうにローハンの顔を見る。


「このままやらせておいていいのかしら?」

「俺の力じゃヨウコは止められないよ。ついこの間まではジャングルをさまよってたくせに、今じゃ空を飛びまわってる。ヨウコはやることが雑だから、俺は後の掃除をして回ってるんだ。足がつくことはないと思うけどね」

「だけどさあ、これじゃ24世紀が介入してるとバレちゃうだろ? 介入はまずいよ」

「ヨウコはこの時代の人間だよ。頭の中の『饅頭』だって24世紀のものじゃないんだろ? 知らない顔してればいいよ」


 ハルノが尋ねる。


「今のところ、苦情は出てないみたいだけど、上に報告するべきかしら?」

「ハルちゃんもサエキさんも知らなかったことにすればいいんだよ」

「ええ? そんないい加減なことでいいの?」


 サエキが笑う。


「ハルちゃん、このポストのいいところはね、ガムランの目が届きにくいって事なんだ」

「そんな事言って、キースの件じゃガムランに叱られたんじゃないの? サエキさんが私の補佐役に回されただけで許してもらえたなんて、信じられないわ」


 ローハンが懇願するようにハルノに話しかける。


「ハルちゃん、俺はヨウコを止めたくないんだよ。見て見ぬフリをしなくていいってわかって、やっと落ち着いてきたんだ。一日中やってたら身体がもたないから、ネットに入っていい時間も決めさせた。食事もできるようになって、やっと元のヨウコに戻ってきたところなんだよ」

「わかったわ。共犯者になった気がしないでもないけど、今の話は聞かなかったことにする。ローハン、ヨウコさんを頼んだわよ」


 ヨウコが入ってくる。


「私がどうかしたの?」

「ああ、ヨウコちゃんが大掃除してる話を聞いてたんだ」

「大きなゴミでいっぱいなのよ。まだしばらくかかりそうね」


 ヨウコ、テレビで流れている国際ニュースに目をやる。


「ああ! あいつらあの男を釈放する気だわ。やっと逮捕させたのに。少なくとも15人の子供の売買にかかわってるのよ」

「証拠不十分だったらしいな」

「これ、CNNの国際放送よね? いつ公式発表されたんだろ? 見落としてたわ」


 ローハンがヨウコの顔を見る。


「ほかの国際放送局でも配信されてるよ。ずいぶんと扱いが大きいんだね」

「証拠が足りないって言うんだったら足らせてあげようじゃない。ちょっと行って来る」


 ソファにもたれかかったヨウコにローハンが慌てて話しかける。


「ダメだってば。さっき戻ってきたところだろ? 今日はもう時間切れだよ」

「嫌よ。売られた子供がどうなったか知ってるの? あんな奴、野放しにしとくわけにはいかないでしょ?」

「でも、ヨウコの身体がもたないよ」


 ローハン、ヨウコの肩に手をかけようとする。


「触らないで」


 ローハン、向きを変えるとテーブルに置いてあったペンを手に取って自分の顔に文字を書く。不思議そうにハルノが尋ねる。


「何をやってるの?」

「俺がやってるんじゃないよ。ヨウコだよ」


 サエキが呆れた顔をする。


「身体を乗っ取られたのか? 立場逆転だな。『バーカ』って書いてあるぞ。それ油性マーカーだし」

「子供が絡むと止めようがないんだよ。……あれ、おかしいな」

「どうした?」

「このニュースだよ。なんだか不自然なんだ。そうか、ヨウコを呼び寄せるための囮なんだな」

「どういうこと?」

「国防総省ご用達のハッカーがずらりと張ってるよ。なんで今まで気づかなかったんだろう」

「へえ、ネットを利用せずに組織したのか。たいしたもんだな」

「あ、『シンデレラ』さんがいる。話しかけてみよう」

「知り合い?」

「うん。コネチカットに住んでる初老のおじさんで、きつねうどんが好きなんだ。ヨウコを怒らせないうちに手を引くように言っとくよ」

「ご用達のハッカーがそんなバレバレでいいのか?」

「そりゃ、俺たちとは違うよ。あの人たち、ヨウコの事を大規模なハッカー集団だと思ってるんだ。捕まえたら賞金が出るんだよ」

「ハッカー集団か。ヨウコちゃんも立派な賞金首になっちまったわけだな」

「ヨウコなら大丈夫だとは思うけど、後をつけられないように俺が見張ってるよ」


 ヨウコが目を開ける。


「ただいま」

「早かったな」


 ヨウコ、顔をしかめて立ち上がる。


「あのニュース、罠だったみたいね。なんだか鬱陶しいのがたくさんいたわ。私が入り込んだのに気づきもしなかったけどね。気分が悪いからマザーボード、全部焼いてやった」

「また余計なことをするんだから」


 ヨウコ、ローハンを睨む。


「あんたも焼き切るわよ。そこどいて」


 ヨウコが部屋から出ていく。


「ヨウコちゃん、カリカリしてるな」


 ローハン、ふくれて見せる。


「かわいくないなあ」

「そんな事、全く思ってないだろ。どうしてにやけてるんだよ? 少しは夫らしく厳しく叱ってやったらどうなんだ」

「はーい。じゃ、叱ってくるね」


 ローハン、ヨウコの後を追って部屋を出る。


        *****************************************


 ヨウコたちの寝室 ローハンがドアを開けるとベッドに座っていたヨウコが顔をあげる。


「ローハン、さっきは酷い事言ってごめんね。頭に血がのぼっちゃったの」

「ううん、いいんだよ。ねえ、ヨウコには俺がまだ必要なのかな?」

「何を馬鹿なこと言ってるのよ? 当たり前でしょ」

「ならいいんだけど。俺よりずっとパワフルになっちゃってさ。もうヨウコに追いつけなくなっちゃった」

「あなたがいなきゃ、こんな事怖くてできないよ。いつも傍にいてくれてありがとう。さっきも後ろで見守っててくれたでしょ」


 ローハン、ヨウコの肩を抱く。


「ねえ、ヨウコ。昔、俺が『サイバースペース』の中で何かを待ってるって言ったの覚えてる?」

「うん。私が誘拐されたすぐ後だね。あなたはまだ待ち続けてるの?」

「ううん。さっき、やっとわかったんだ。俺があそこで待ってたのはね、ヨウコだったんだよ」

「はあ? だって、私がこんな事になるなんて、あの時には知らなかったんでしょ?」

「そうなんだけどね、でも間違いないよ。俺はずっとヨウコを待ってたんだ。ネットの中でヨウコが迷ってしまわないように、飛び方を教えてあげられるようにね」

「……私、最初から死ぬことになってたのかな?」

「『じいさん』にはすべてお見通しだったのかもね」


 ヨウコ、ローハンを見上げる。


「ねえ、今日はもうどこにも行かないから、一緒にいてよ。最近あなたとゆっくり話してなかったね。子供たちもほったらかしにして悪いことしちゃった」


 ローハン、笑ってヨウコを抱き寄せる。


「大丈夫だよ。二人ともおかあさんが人助けしてるってわかってるから。明日はお休みだからみんなでビーチに行こうよ」



        *****************************************


 キッチン ヨウコとアリサが座ってコーヒーを飲んでいる。


「ヨウコ姉ちゃん、顔色ようなったな。最近また調子悪かったやろ?」

「心配かけてごめんね。急に新しいことが出来るようになったもんだから、慣れるのに時間がかかっちゃった」

「その身体、本物やないなんて全然わからんわ」

「凄いでしょ? もう自分でも違いがわかんないもん。前よりもずいぶん軽い感じがするけどね」

「赤ちゃんの様子はどうなん? 」

「元気に育ってるって。ローハンが行くたびに様子を見てきてくれるんだ。私が会いに行けないのは残念だけどね。順調なら十月までにはこっちに連れて来れそうだって」

「そうか。それやったらこっちにいるうちに会えるなあ。楽しみやわ」


 アリサ、急に心配そうな顔になる。


「なあ、ウーフは帰ってこないん? もうずいぶん経つやろ? サエキさんは修理のためやって言うてたけど、直らんぐらい壊れてしもうたんやろか?」

「時間がかかってるだけよ。きっと元気で戻ってくるよ」

「それやったらええんやけどな。リュウもウーフもおらんようになってしもうて、寂しいなあ」

「ねえ、アリサ。 ワーホリが終わったら本当に帰国するつもりなの?」

「うちの親、姉ちゃんとこより厳しいからなあ。そろそろ結婚せんとおさまらへんねん」

「こっちで彼氏を作っちゃいなよ。私たちもアリサがいなくなったら寂しいよ」


 アリサ、笑う。


「そうは言っても、こればっかりは簡単にはいかへんわ。姉ちゃんみたいに、ええ男が突然現れてくれたら嬉しいんやけどなあ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ