お花畑の真ん中で
丘の斜面にアリサとウーフが座ってしゃべっている。
「なあ、リュウはもう戻ってこうへんのか?」
「ああ、呼び戻されたんだ」
「そうなんか。お別れぐらい言いたかったなあ」
「アリサはあいつが気になるのか?」
「だって、私ら、仲良かったやろ? いつも三人でしゃべってたやん。リュウと話してると妙に和めてなあ、楽しかったんや」
「そうだな」
アリサ、心配そうな顔でウーフを見る。
「何かあったんか?」
「何かってなんだ?」
「姉ちゃんが怪我したときからおらへんやろ? リュウも怪我したんとちゃうの? それとも姉ちゃん、守られへんかったから首になったんか?」
「そんなことはない。新しい任務を命じられただけの話だ」
「……そうなんか」
「アリサは寂しいのか?」
「うん。こっちで知り合った友達もどんどん帰国していくし、最近、人と仲良うなるのがこわなってきたわ。リュウまでおらんようになるとは思わんかった」
「俺はずっとここにいるぞ」
「おおきに。でも、そういう私も11月になったら帰国やねん。人のこと、言えんわ」
「ええ! アリサ、日本に帰る気なのか?」
「だって、ワーホリで来てるんやもん。一年間しかおられへんやろ?」
「俺がビザを書き換えてやるからずっといろよ。移民局のデータベースに入り込むのなんて簡単だ」
「そうはいかんわ。親がなあ、早よ戻ってきて見合いしろ、ってしつこいねん。もう三十前やしなあ」
「なんだと?」
ウーフ、立ち上がる。
「どうしたん?」
「アリサほどの女が見合い結婚する気か?」
アリサ、笑う。
「気に入ったらの話やで」
「待っていろ。俺がアリサを救ってやるぞ」
家に向かって走り出すウーフをアリサが笑いながら見送る。
「おもろい犬やなあ」
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キッチン ローハンがヨウコに話しかける。
「ねえ、ヨウコ、俺にちょっとついて来てよ」
「ネットの中? 待って。どこかに座るから」
「俺が抱いといてやるよ。おいで」
ローハン、ヨウコを抱き寄せる。
「どこに行くの?」
「いいから離れないでついて来てよ」
ヨウコ、突然明るくて広い場所にローハンと並んで立っている。
「ここ、どこ? どこに連れてきたの?」
ローハン、ヨウコの顔を見て微笑む。
「一度見せておこうと思ってね」
「だからどこなのよ?」
「ヨウコには何が見える?」
「一面のお花畑。こんなにきれいなところがあるんだね」
「そうなの?」
ヨウコ、空を見上げる。
「真っ青な空がどこまでも続いてるよ。明るいのに星がたくさん見える。ものすごく広いんだ。ねえ、ここ、どこなのよ?」
「俺の頭の中」
「ええ? ほんとに? 前に入り込んだ時はこんなんじゃなかったよ」
「あの時は俺の記憶を覗いただけだろ。ここは俺の心の中っていうのかな? 俺にもよくわかんないや」
「ロボットの頭の中って、こんな凄いことになってるの?」
「俺には『じいさん』のくれたチップが入ってるから、普通のロボットとは違うんだよ。夫がAIなのも悪くないだろ? ニンゲンじゃ頭の中まで見せられないもんな」
ヨウコとローハン、手を繋いで歩き出す。
「あなたの頭の中、花盛りだったのね。どうりで脳天気だと思ったわ」
「失礼なこと言うなあ。ヨウコにそう見えてるだけの話だろ?」
「ねえ、あれは何?」
「何って?」
ヨウコ、先の方を指差す。
「あのあたりだけなんだか暗くない?」
「俺にはわかんないよ」
ヨウコ、指差した方向に向かって歩き出す。
「冷たい風が吹いて来るよ。あそこだけ地面が白いの。……霜が降りてるみたい」
「どこだよ?」
ヨウコ、目を凝らす。
「あれ、どこだったのかわかんなくなっちゃった」
「気のせいじゃないの?」
「うん……」
ヨウコ、ローハンを見上げる。
「ねえ、ローハンってカミサマなの?」
「はあ?」
「だって、ここにいると凄いパワーを感じるよ。できないことも行けないところもないんでしょ?」
ローハン、ヨウコをじっと見つめる。
「何よ?」
「ううん。なんでもないよ」
「何を隠してるの?」
「隠してないって」
ヨウコ、笑う。
「『そんな俺にいとも簡単に侵入したヨウコこそ何者だ』って思ってるでしょ?」
「わかったの?」
「だって、ローハンの心の中にいるんだからさ、筒抜けよ」
「そりゃそうだよな。じゃ、俺がヨウコの事、どう思ってるかもわかる?」
「うん」
ヨウコ、慌てて下を向く。
「ヨウコ?」
「もう戻ろうよ。コーヒーが冷めちゃう」
ローハン、優しく笑う。
「泣かせちゃった?」
「泣いてない」
次の瞬間、ヨウコ、キッチンでローハンに支えられて立っている。 ローハン、ヨウコの顔を覗き込んで笑う。
「ほら嘘だ。すぐに泣くくせに」
「だってローハンが私の事……あんなに……」
ヨウコ、ローハンに抱きつく。
「俺も捨てたもんじゃないだろ?」
ルークが入ってくる。
「あ、おとうさんがおかあさんを泣かしてる」
「ち、違うよ、ルーク」
「おとうさん、おかあさんを泣かしたら出てくって約束だろ?」
「ええ? その約束、まだ有効なの?」
「約束は約束だろ? ロボットのくせに約束破る気?」
ローハン、途方にくれた様子でヨウコを見る。
「困ったなあ。俺、ここ追い出されたら行くとこないよ」
ヨウコ、ローハンの顔を見て笑い出す。
「息子相手に本気になってどうするのよ。やっぱりカミサマにはほど遠いわね」
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キッチン サエキが入ってくるとヨウコに話しかける。
「ヨウコちゃん、ウーフなんだけどさ、しばらく連れて戻ってもいいか?」
「メンテならこの間、済ませたでしょ?」
「そうじゃないんだ。あいつ、アリサちゃんにつきまとってるだろ?」
「うん。よくなついてるわね」
「連れて戻って頭を冷やさせる」
「はあ?」
「ありゃ、本気で恋してるぞ。この間はアリサちゃんの見合い結婚をやめさせるって騒いでただろ?」
「嘘でしょう? 犬よ?」
「あいつの頭脳はローハンのモデルのプロトタイプだって言ったろ? 使い道に困ってボディガード犬に流用したって。感情は人間と変わらないんだよ」
「そういえばそうだったわね」
「思い詰めてトラブルを起こさないうちになんとかするよ」
「トラブルって……キースみたいに?」
サエキ、気まずそうにヨウコを見る。
「ヨウコちゃん、ウーフにはヨウコちゃんの警護という大切な任務があるんだ」
「それはわかってるけど……。アリサの事を忘れさせるつもりなの?」
「そうせざるを得ないだろうな。今日、俺、あっちに戻るからその時連れてくな」
ヨウコ、複雑な表情で、部屋から出て行くサエキを見送る。
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ヨウコが薄暗い密林の中を歩いている。何度も足を取られてよろめくが、倒れずに歩き続ける。時折不気味な姿をした生き物がヨウコの前を横切っていく。ヨウコ、大きな泡を見つけて立ち止まると、泡の中をじっと覗き込む。
「何よ、これ? ひどい……」
「ヨウコ、ここにいたの」
ローハンの声にはっとしてヨウコが振り向く。
「ローハン?」
「またこんなところをふらふらしてる。夜はしっかり寝ないとダメだよ」
「これ、なに?」
「これ? どっかのサーバーだよ。どうして?」
「この膜の中に嫌な虫みたいなのがうじゃうじゃいるの」
「膜? 虫? ヨウコには何が見えてるの? 俺にもヨウコが見てるものを見せてよ。……うわ、気持ち悪いな」
「これ、全部退治しなきゃいけないの。でもこの膜が邪魔するんだ」
「この虫は画像ファイルだね。……これはひどいな。ヨウコ、見ちゃダメだよ」
「早く消して。気分が悪くなってきた」
「ヨウコ、見てて」
ローハンが膜に手を差し入れる。
「向こうに気づかれたくなければこうやるんだ。もちろん破っちゃってもいいけどさ」
ローハンが手を動かすと、膜がはじけて消える。
「ほら、全部消えたよ」
「ありがとう。ローハン」
ローハン、ヨウコの肩を抱く。
「さあ、戻ろうよ。眠らないとダメだよ」
「でも、ほっとけないのよ。こんなのがたくさんあるの。早くなんとかしなきゃ」
「明日また一緒に戻ってきてあげる。虫退治の仕方も教えてあげるから。ね」
ヨウコ、疲れた顔でローハンを見上げる。
「わかった、戻るわ。迎えに来てくれてありがとう」




