侵入
数日後 ローハンとヨウコがネットの中の仮想世界で草の上に座っている。金色に光る草に覆われたなだらかな丘がどこまでも広がっている。
ローハンがヨウコに話しかける。
「ここ、気持ちがいいな」
「うん。クイーンズタウンに行く途中にこんなところがあったね」
「さっきからヨウコは何をしてるの?」
「夕飯のレシピ、探してるの。いつもお母さんの作るモノは同じだってルークが文句を言うからさ、レパートリーを増やそうと思って」
「……ねえ、ヨウコの身体のイメージ、最近はヨウコが自分で作ってるって気づいてる?」
ヨウコ、驚いて顔を上げる。
「え? ローハンが作ってくれてるんでしょ?」
「ヨウコ、無意識に自分でやってるんだよ。ついでに俺のイメージまでね。俺は何もしてないんだよ」
ヨウコ、自分の身体を見下ろす。
「そんなの、私にできるはずないじゃない」
「この風景だってそうだよ。目に見えるものすべて、ヨウコが自分で作りだしてるんだ」
「ほんとにローハンがやってるんじゃないの? 私、そんな器用なことできないよ。いくら身体が新しくなったって言っても、私は普通の人間でしょ?」
「そうだよ。普通の人間だよ」
「その言い方、なんだか怪しいなあ。あんた、何か知ってるんでしょ? 教えなさいよ」
ヨウコ、ローハンに詰め寄ると顔をじっと見つめる。
「うそ……私の頭に何か入れたのね? 『じいさん』が持ってきた……何よ、それ! 私に何をしたの?」
「ヨウコ、やめて! 俺の中に入ってこないで!」
二人の周りの風景が消える。
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ヨウコ、現実世界で庭のベンチに座っているのに気づく。隣でローハンが怯えたような表情でヨウコを見つめている。
「……ごめん。今、私……ローハンに入り込んじゃったのね」
「家に戻ろう」
ローハン、立ち上がると先に立って歩き出す。ヨウコ、慌てて立ち上がる。
「ローハン!」
ローハン、振り返ると優しく笑う。
「そろそろ晩御飯の用意をしなくちゃね。今夜は日本のカレーだよ」
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サエキが居間に入ってくるとローハンに話しかける。
「ヨウコちゃん、どうかしたのか? 凄く動揺してるんだけど」
「この間からヨウコが自分の身体のイメージを自分で作ってるって話しただろ? さっき尋ねてみたら、やっぱり自分じゃ気づいてなかったんだ。今日なんてネット上の生のデータに信じられないスピードでサーチかけててさ、『ブラウザ』も通してないのに、それにも気づいていないんだ」
「俺なんて『ブラウザ』使うのも苦手なのになあ」
「サエキさんは機械との相性が悪すぎだよ。24世紀でよくやってこれたね。それも『会社』でだよ。どんな手を使って出世したのさ?」
「ほっといてくれよ。だから、今ここで愉快に楽しく暮らしてるんだよ」
「さっきね、ヨウコに侵入されたんだ」
「さすがにそれは無理だろ? 勘違いじゃないの?」
「本当だってば。試してみる? サエキさんがヨウコを呼んでくれるかな? 俺だと気まずいみたいだから」
しばらくして不機嫌そうな顔をしたヨウコが入ってくる。
「サエキさん、どうかしたの?」
「さっき、ヨウコちゃんがローハンに入り込んだって聞いたよ。もう一回やってみてくれないかな?」
「嫌よ。ローハンに嫌われちゃう」
「俺がヨウコを嫌うはずないだろ? 頼むからやってみてよ」
「あなたのあんな顔、もう見たくないの」
「ごめん、さっきはびっくりしただけだよ。まさか侵入されるとは思わなかったからさ」
ローハン、立ち上がってヨウコを抱きよせる。
「あれぐらいで俺がヨウコを嫌いになると思う?」
「だからってもう嫌だよ」
「でも、すごく大事なことなんだ……ちょっと、泣かないでよ」
ヨウコ、サエキの顔を見る。
「私の頭の中に何か入れた事と関係があるんでしょ? それって何なの? 隠してないでちゃんと説明して」
サエキがうなずく。
「わかったよ。全部話すから座ってくれる?」
ヨウコ、ソファに腰を降ろす。
「ヨウコちゃんが撃たれて24世紀に運ばれただろ? その直前に『じいさん』が『会社』に現れてね、ヨウコちゃんに入れてやってくれってチップを残していったんだよ」
「直前に? じゃ、何が起こるか知ってたのね」
「そういうことだろうな」
「そのチップ、言われた通りに入れちゃったの? ローハンの時みたいに?」
「ローハンのチップは結果的には入れて正解だっただろ? タイミングもぴったりだったから、ヨウコちゃんにも入れたほうがいいとガムが判断したんだ。脳の修復ついでだったから、指定された場所にチップを埋め込むのも簡単だったしな」
「正体はわかってるの?」
「それがさ、全然わからないんだ。チップと言っても『饅頭』みたいな白くて柔らかい塊なんだ。24世紀の科学力では解析できなかったよ」
「私の脳の中にそんなわけのわからないモノが入ってるのね?」
「ヨウコちゃんが無意識にいろんなことをやりだしたのは、その『饅頭』のせいだと思うんだ。ローハンの時とまったく同じだな」
ローハンが口を挟む。
「ヨウコがどうなっちゃったのか調べたいんだ。だから協力してよ」
「わかった。じゃ、できるかどうかわかんないけど試してみるよ。さっきもどうやったのか、自分じゃよくわかんないのよ」
「よし。じゃ、俺の考えてることを読んでみて。今日の夕飯は何でしょう?」
「……カレー」
サエキ、驚いた顔でヨウコを見る。
「ほんとに早いな」
ヨウコ、ローハンを睨む。
「さっき夕飯は日本のカレーだって言ってたじゃない。あんたこそ大丈夫なの?」
「そうだった」
ヨウコ、下を向く。
「ねえ、やっぱりやりたくないな」
「じゃ、俺が24世紀で一番仲良くしてたセフレの女の子の名前はわかる?」
ヨウコ、顔を上げてローハンを睨みつける。
「ジェン・ルイス・キム。25歳。めちゃめちゃかわいい子じゃない。やだ、ローハンがよその女と抱き合ってるのなんか見たくない!」
「ヨウコ、そこまで! ストップ!」
ヨウコ、立ち上がる。
「ローハンの馬鹿! こんなことさせないで!」
勢いよく部屋を飛び出して行ったヨウコを、サエキが驚いた顔で見送る。
「凄いな。あんなの初めて見たぞ。ブロックしてたんだろ?」
「さっきは不意を突かれたからだと思ってたんだ。今度は俺も入り込まれないようにしてたんだよ。なのに、あんな深いところにしまっといた記憶まで……」
「行ってあげなよ。ヨウコちゃん、別の意味でショックを受けてたみたいだぞ。なんでお前、あんな事を聞いたんだよ?」
「あんな事じゃないと、ヨウコは本気にならないだろ? でも、かわいそうなことしちゃった。謝ってくるよ」
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ヨウコたちの寝室 ヨウコがうつむいてベッドの上に座っている。ローハンが入ってくると隣に座る。
「ヨウコ、ごめんね」
「……ねえ、ローハンはあの娘の事、好きだったの?」
「友達としてはね」
「友達にあんな事するんだ」
「え?」
「私にはやってくれないのに」
「……やってもいいの?」
ヨウコ、赤くなってうなずく。ローハンも赤くなる。
「じゃ、今晩ね」
開いたドアからサエキが部屋を覗く。
「お前ら、何を二人で赤くなってるんだよ? 心配した俺が馬鹿だったよ」




