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電気羊飼いと天使の卵  作者: モギイ
第四幕
144/256

トリック

 ヨウコの家の前庭 ヨウコがバスケットボールをドリブルし、軽快にジャンプシュートを決めるが、そのまま数歩進んで地面に倒れこむ。


「いたたた! 私の身体、もっと丁寧に扱ってよね」


 少し離れたところに立っていたローハンが、声をかける。


「はい、次はヨウコの番だよ。今のもう一回、やってみようか」


 ヨウコ、膝についた泥を払いながら立ち上がる。


「できるわけないでしょ?」

「何を甘えたこと言ってるんだよ? ヨウコの今の身体なら、オリンピック選手にだってなれるんだよ」

「肝心の運動神経がないんだってば。脳みそを全部変えてもらわなくっちゃ無理ね。これだけ動けるようになったらもう十分でしょ?」


 ローハン、嬉しそうに笑う。


「ずいぶん早く動けるようになったね。ヨウコのリハビリ、楽しかったのにな」

「もう身体を乗っ取られるのはたくさんよ。あとは自分で練習するわ」

「さびしいなあ。ヨウコが俺から離れていっちゃうよ」

「何言ってんのよ? しょっちゅう頭の中に入ってくるくせに」

「ヨウコが元通りになってよかった」


 ヨウコ、ローハンにぎゅっと抱きつく。


「ローハンのおかげだよ。ありがとう」


 赤くなったローハンを見て、ヨウコが笑う。


「いつまでたっても赤くなるんだね」

「いいだろ、別に」

「かわいいなあ」

「からかうのはやめてよ」

「やっと家に戻って来れたんだもん。もう病人扱いはおしまいにしてね」


 ヨウコ、ローハンを見上げる。


「ねえ、あの時、私が殺されるって、あなたは知ってたんだね」

「……うん。あの事件の少し前にね、24世紀でヨウコの墓が見つかったんだ。墓石にあの日の日付が刻んであったんだよ」

「でも、私は死ななかったよ。それなのにどうしてお墓があるの?」

「だから、ヨウコの身体を全部新しいのに換えたんだ。古い身体はそのお墓に埋葬しちゃったんだよ」

「つまり死んだことにしちゃったのね?」

「24世紀ではヨウコはあの日に死んだことになってるよ。発表したら見つかったとき以上の大騒ぎになっちゃった」

「こっちで普通に暮らしてても大丈夫なの?」

「うん、もう疑ってる奴はいないからね」

「だって、調べれば簡単にまだ生きてるってわかっちゃうでしょ」

「21世紀でも法律上は死んだことなってるんだ。この時代でもヨウコの情報はほとんどがデータ化されてるからね、全部改ざんしちゃった。俺とマメとで常時モニターしてるから、もし誰かがヨウコの事を調べようとしたらすぐにわかる。心配ないよ」

「でも、去年も私の事なんて誰も知らないはずなのに、さらわれたり撃たれたりしたじゃない?」

「情報を漏らしてた奴は捕まったんだ。ガムランも信頼していた人間だったんだよ。『会社』の関係者で上院議員も勤めてる大物だったんだ」

「そうだったんだ」

「なんとかヨウコを救おうと、サエキさんと二人で必死で考えた。その時にキースの残した言葉を思い出したんだ」


 ヨウコ、怪訝な顔でローハンを見る。


「キース?」

「キースがね、自分の映画の筋書きを参考にしろって言ったんだ。あいつの言ってたのはこの事だと気づいた」

「どんな筋書きだったの?」

「そのまんまだよ。命を狙われてる人間がね、自分は死んじゃったことにして生き延びる話なんだ」

「その映画なら何度も見たよ。キースはまだ二十歳過ぎだったでしょ? 主役じゃないんだけど格好よかったなあ」

「そうだな。あいつ、格好よかったんだな」


 ヨウコ、笑う。


「やっとキースの魅力がわかったの? あの人、私に何が起こるか知ってたのかな?」

「『守護天使』に会ったって言ってたからね。『天使』に入れ知恵されたんじゃないのかな?」


 ローハン、急に真面目な顔になる。


「だから、ヨウコには死んでもらうことにしたんだ。守るのが無理なら、撃たれた後、救う手立てを考えようということになった」

「守るのは最初から諦めてたの?」

「そういうわけじゃないけどね。でも死体がある以上、守りきれなかったと判断するべきだろ。撃たれた後すぐに救命処置を取ってもらえるように、24世紀側で待機してもらってたんだ」

「用意周到だったのね。全然気づかなかった」

「サエキさんがガムランを説得してくれたんだよ。ガムランは歴史に干渉するのを嫌うからね。当然反対されると思ったのに、この計画が面白いと思ったらしくて全面的に協力してくれた。集められるだけの専門家を待機させてたんだ」

「じゃ、ガムさんにはもっと感謝しなくちゃいけなかったのね」

「脳さえ無事ならなんとでもなるからね。だから頭を撃たれたのを見たときには、もうダメだと思ったよ。運び込んだときはぎりぎりの状態だったんだ」

「ずいぶん危なっかしい計画だったのねえ」


 ローハン、微笑む。


「そうでもなかったんだよ。だってヨウコの墓に死体が入ってただろ? その時点でおかしいじゃないか」

「どういうこと?」

「ヨウコは『土葬は絶対に嫌だ、もし死んだら火葬にして灰を撒いてね』って言ってただろ? それなのに俺やサエキさんがヨウコのリクエストを無視して埋めてしまうと思う?  つまりあのお墓は本物の死体が入った偽モノってことなんだよ。それに気づいたサエキさんが、このトリックがうまく行く証拠だって言って話を進めてくれたんだ」

「偽モノのお墓か。そこまでは考えなかったな……。ああ! 私の身体、土葬されちゃったんだ!」

「仕方ないだろ?」

「暗い地面の下に一人ぼっちだなんて、かわいそうじゃない」

「ヨウコはここにいるだろ? あの身体は抜け殻だと思えばいいんだよ」

「親にもらった身体なのになあ」

「おとうさんもおかあさんも気にしてないからいいんじゃないの? そりゃ、撃たれたって聞いた時にはびっくりしてたけどさ、その身体なら病気もしないし、かえって喜んでたみたいだけど?」

「あの人たち、変なのよ。『三つの願い』の話や、私は実は『救世主』なんだって話を聞いて素直に面白がってたし」


 ローハン、ヨウコの肩を抱く。


「ヨウコが年を取って死ぬときは俺も一緒だから、ひとりぼっちにはさせないよ。でも、俺もヨウコも人工部品がたくさん入ってるから、火葬じゃ焼け残るかもなあ。たぶん24世紀から回収に来てもらうことになるよ」

「ええ? 粗大ごみみたいで嫌だなあ」


        *****************************************


 居間 ハルノが入ってくると、雑誌を読んでいるヨウコに話しかける。


「ヨウコさん、今日はご飯、何がいい?」

「ハルちゃんに任せるよ。私もそろそろ料理を始めなきゃね。身体も自由に動くようになったし」

「回復が早くてよかったわ。私、家事は好きだから気にしないでね」

「私のいない間に家の中がすっかり片付いちゃったね」

「勝手にいろいろ動かしちゃった。気にした?」

「ううん、整理整頓が苦手だから助かるわ。サエキさんと一緒に暮らしてどんな感じ?」

「サエキさん、自分と一緒にいて楽しいか、とか幸せなのか、とか何度も聞くのよ。どうしてだろう? 私、つまらなそうに見える?」

「ううん。ハルちゃん、いつも楽しそうだけどな」

「私ってどこかおかしいのかなあ? 人間とはやっぱり勝手が違うのかしら?」

「あの人、エンパスでしょ? きっとハルちゃんの感情が見えないもんだから不安なのよ。もっとはっきり自分は幸せだ、愛してる、って言ってあげたら?」

「そういうの苦手なのよ」

「そっか。私も自分の気持ちを見せるのが下手だからなあ。でも、サエキさんといたいんでしょ?」

「うん」

「じゃ、気にすることないよ。今度聞かれたら『黙れ』って言ってやればいいのよ」


        *****************************************


ヨウコたちの寝室 ヨウコが裸で鏡の前に立っている。ベッドに入って本を読んでいたローハンが顔をあげる。


「素っ裸で何してるのさ?」

「まだ自分の身体をゆっくり見てないのよ。偽物だなんて思えないわ。よくできてるなあ」

「一番グレードの高いのにしてくれたんだよ」

「ふうん。ねえ、胸が前よりもかなり大きくなってない?」

「ヒルダが前のままじゃあまりにもかわいそうだって言い張ってさ」

「あの女か。小さくて悪かったわね。かわいそうって誰が? 私? ローハン?」

「さあ?」

「走るときには小さいほうが邪魔にならなくていいのよ」

「ヨウコが走るの見たことないけど?」

「ブラジャー、全部買い替えないといけないじゃない」

「ブラぐらいいくらでも買ってあげるよ。でも俺にも選ばせてね」


 ヨウコ、自分のお腹をつまんでみる。


「妊娠線はそのままなんだね」

「俺が残してもらうように言ったんだけど。ない方がよかった?」

「ううん、あったほうがいい。あの傷はもうないのね。やけどの跡もないや」

「あんなのいらないだろ」

「うん……」


 ヨウコ、鏡の中の自分をじっと見つめる。


「どうしたの?」

「ううん。身体が柔らかくなって若返った気分だわ」


 ヨウコ、慌てたように足を高くあげる。


「ヨウコ、それ、誘ってるの?」

「え? ああ、まだどうも自分の身体じゃない気がしてさ」

「もう、早くこっちにおいでよ。初エッチしようよ」

「初エッチ?」

「その身体でセックスするの初めてだろ? 初期不良がないか確認しとかないと」

「嫌なこと言うなあ。……初めてってことは痛いのかしら?」

「さあ?」

「やっぱやだ。また今度にしとこうよ。そろそろ結婚記念日だからその時とかさ」

「ええ? 結婚記念日はヨウコが意識不明の間に終わっちゃっただろ? あれだけ誘っといてそんな事いうの?」

「誘ってないってば」


 ローハン、笑う。


「いいよ。身体を乗っ取ってこっちに来させちゃうから」

「やめなさいってば」


 ヨウコ、ローハンを睨む。 ローハン、戸惑いの表情でヨウコを見返す。


「……どうやったの?」

「え?」

「今、どうやって俺をブロックしたの? キースでも俺をブロックできなかったんだよ」

「そんなの知らないわよ」

「ふうん」


 ふくれっ面で布団に潜り込んだローハンを見て、ヨウコが笑い出す。


「あーあ、すねちゃった。わかったわよ。処女はローハンにあげるわよ。そんなかわいい顔されたら逆らえないじゃない」


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